――エピローグ―― これからの世界
第43話 これからの世界
今日も新たに巨人の子どもたちを受け入れる。
それは、いつか終わりにしなくてはならない。しかし終わりは見えてこなかった。巨人の子どもたちは、生み出し続けられている。
種子となった来瀬の涙は、成長して神聖な巨樹となり巨人の子どもたちを受け入れる玄関として機能していた。
巨樹の周囲は舗装されて、何台もの車が絶え間なく走行していた。その大通りで佐久夜は赤信号を待っていると、楠瀬と来瀬がとなりに立った。
「涼子さんと紗綾さんが会いに来るそうね」
「感動の再会になると思っていた。でも、隔たりは大きく今日だって会うためだけに来てくれるわけではない」
「それでも、今は会えるだけでいいじゃない」
「楠瀬は、母を恨んではいないのか? どんな理由であれ、宮・クレイトシス司令が殺害される原因を作ったのは母だ」
「私が巨人の子どもたちの一人であることを、母と涼子さんは教えてくれた。それは悪い真実ではなかったと思う。それに命を賭してまで真実を教えてくれた母の愛は、きっと忘れられない」
来瀬は言った。「私は母さんと妹に会えることを嬉しく思ってるよ。でも私たちは生き続けて、私たちを知る世代は死んでいく。それが怖い」
幼かった来瀬は、時間を取り戻したかのように成長していた。
もう来栖と間違えることもない。俺は大人びるほど成長した来栖を知らなかった。
「ここを脅かすようなことにはしない。だから話し合わなくてはならない」
横断歩道を渡って、巨樹の中に入った。
母と紗綾はすでに到着していた。
佐久夜だけが、二人の待つ応接室に入った。
「久しぶり、母さん」
嬉しい感情は抑えて、冷静に言葉を発した。
「佐久夜も元気そうで嬉しいよ」
母さんの表情もにこやかであったが、声は低く冷静だった。
紗綾は、堂々と母さんの隣に座れるほど成長していた。
佐久夜は会釈をして、椅子に腰を下ろした。
親子としての会話は、あれで終わりなのだと、緊迫した空気が告げていた。
「単刀直入に申しますと、いつまで巨人の子どもたちを受け入れなくてはいけない状況が続くのでしょうか?」
「私も努力している。今は軍人だけではなく、様々な職につけるようになっている」
「いずれ新たな血統の巨人が生み出されるかもしれません。そうなる前に、巨人技術は根絶されるべきです。その第一歩として、来栖を成仏させてください。今も亡霊を生み出し続けています」
「もう、我々は時代を巻き戻せない。巨人の子どもたちは生み出され続け、海底巨人はそれを受け入れ続けるしかない。なりそこないの巨人がいるかぎり、海底巨人は安泰だ。私たちが唯一、湊崎血統で海底巨人と交信ができる巫女となった。私たちの目だけが、巨人の子どもたちの尊厳を守れる」
まるで、ここは廃棄物の最終処分場ではないか。
殺処分しないという見せかけの倫理観だけが、ここを存続させている。
「来栖を苦しみから解放できるのは、母さんしかいないんだ。でも、母さんも紗綾も人間なんだよね。俺たちのように巨人から生まれた、小さな巨人の子どもたちとはわかり合えない。二人も、こっちに来ない?」
「私たち湊崎家は何も変わっていない。昔から巨人のおかげで繁栄している。だから、どんな世界になろうと巨人から離れられない。最後にたどり着くのも、巨人なんだから」
「そうだよね……。俺はわかっていなかった。湊崎家は現状に恵まれている。巨人の子どもたちを苦しませないでください。いつでもここで待っていると、伝え続けてください」
紗綾は力強く言った。「佐久夜さんが悲観しない未来、ひいては巨人技術が根絶される未来ではなく本当に巨人の子どもたちと共生できる未来を作り出します。そこは佐久夜さんの悩みがすべて杞憂に終わる未来でしょう」
「巨人の子どもたちを守るには、巨人が必要とされ続けるしかないということはわかっています。そして、巨人技術の発展には母が必要です。この均衡を守っていくしかないのでしょう」
ノックをして楠瀬が入室した。
「涼子さん、紗綾さん、お久しぶりです」
楠瀬はおじぎをした。
「元気そうでよかった、きっと宮も喜んでいる」
佐久夜は立って、楠瀬の横に並んだ。
母さんの顔がほころんでいった。
何が真実で、何が嘘かわからない。こうして親の仇の息子が楠瀬のとなりに立つことができても、本当は仲が悪いのかもしれない。
今も楠瀬は、母を恨んでいるのかもしれない。
それでも、見たままを母は信じようとしてくれた。
俺も、母と紗綾を信じよう。
どんなに変革が起きようと、完璧な世界はない。
そこにわだかまりが残り、再び変革を望む。
どんなに変革を繰り返そうと、世界は良くなったりしないのかもしれない。
それでも、そうして最善が願われ未来は紡がれていく。
小さな巨人計画 ――巨人の子宮内殺人事件―― 冠いろは @Kanmuri_Iroha
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