第42話 小さな巨人計画40


 暗闇の中、何度も出会ってきた来栖に似た女性が一人で体育座りをして、テレビを見るように外の様子をうかがっていた。


 佐久夜は少し離れた位置から彼女の背中を見て言った。「きみが来栖に似ていたから、俺は本能という存在に抵抗がなかった。きっと母さんはきみを助けるために、俺たちをここに送ったんだと思う。一人は、寂しいもんな……。でも、きみがここにいてはならない。本当に海底巨人も、巨人のクローンから細胞を供給されて生まれたことになってしまう」


「そんなことを言ったら、ダメだよ」楠瀬は佐久夜の肩に手を置いた。「彼女は悪くない。どうして子宮に搭乗すると思う? 彼女は、そこでしか生きられないと言ったのよ。きっと、それには理由がある。涼子さんも、ただ娘を実験台にしたわけではないはずよ」


 彼女がどんな境遇であったにせよ、俺は選んでここに来た。大事にされてきたきみに、少し嫉妬してしまったんだ。


「やっと、会えた……」


「佐久夜の活躍は、ここから来瀬といっしょに見ていたよ。来瀬は巨人の子どもたちが来ることに賛成してくれた。でも、不安は大きく緊張している。来瀬も、早くこっちに来て」


 来瀬は立ち上がり、小さな歩幅でまだ髪を切ったことがないかのような長い黒髪を揺らして歩み寄った。

 体も小さく、幼い容姿は姉と思えなかった。

 まじまじと見つめれば見つめるほど、彼女は来栖と似ていなかった。俺はわずかに感じる来栖の面影を、いつまでも追い続けていたのだろう。


「こんにちは、湊崎来瀬です。体は、まだ自分の成長を思い描けなくて……」


「さっきは酷いことを言ってしまった、ごめん。この世界は、その……寂しいね。何もない」


「そうですね。向こう側の人間であった楠瀬たちには、そう感じるのかもしれないですね。私からしたら、あなたたちの世界はたどり着けない別世界でしかありませんでした。私の世界を広げてください。こんな暗闇から、理想の世界を作っていきましょう」


 来瀬を中心に、巨人の子どもたちが続々とあらわれた。暗闇が巨人の子どもたちの認識によって照らされていく。

 きっとこの暗闇は、ちっぽけな来瀬が生成している心の中だ。

 彼女の心を照らす光になれたら、きっとここは世界のどんな場所よりも美しくなれる。だって、晴れやかな心ほど、美しいものはないのだから。


「きみは無垢で美しい。でも、寂しすぎる。これからは俺たちがいっしょにいる」


 何もない大地に来瀬の涙が滴り落ちる。それは種子となり心に根づいた。


「私、泣いたこともなかった」


「これから、からっぽな心は成長していく」


「私たちは、ずっといっしょよ」


 自由な未来は絶対にある。それを掴むために、俺たちは集結したんだから。


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