第41話 小さな巨人計画39


 楠瀬が搭乗していた巨人の輪郭が、ぼんやりとした視界でもはっきりとわかるほど近づいた。

 その顔に触れることはできるが、体を起こして彼女の面影を残した顔を拝むことはできない。

 こんな体では彼女の背中から細胞管を取りはずせたとしても、取りつけられないではないか。

 それほど肝心なことも、考えられなくなっていた。


 大きな足音が、幾重にも重なって聞こえた。

 また、ここで戦闘が起こってしまうんだ。

 楠瀬……、俺は失敗したよ。


 第三勢力圏所属の巨人が、視界に入った。

 もう、おしまいだ。楠瀬が、来瀬に会えていたらいいな……。


 佐久夜を見下ろした巨人が、楠瀬の背中につながっていた細胞管を奪い取った。

 待ってくれ。それは楠瀬のものなんだ。

 懇願するように手を伸ばそうとするが、腕は動かなかった。


 佐久夜は抱きかかえられた。

 どこに連れていくんだ。せめて、ここで死なせてくれ。楠瀬の近くで。


 背中に細胞管が装着された。思いがけないことに、緊張がほぐれて体の力が抜けた。

 司令部との通信回線が回復すると、母の声が聞こえた。


「有麻穂乃佳は、巨人の子どもたちが海底巨人の本能になることを推奨する。そこでは、きみたちが何にも縛られずに生きていけることだろう」


「大陸国家連合議長のギリス・バーベイトは、巨人の子どもたちが海底巨人の本能になることを推奨している。海底巨人できみたちを待っている二体の巨人は、すでに宇宙巨人を連れていった。きみたちも、願うなら同じ場所に行ける。そこはきみたちを今の境遇から解放してくれるだろう」


「父さん、母さん、ありがとう」


 佐久夜の思いは、細胞管を通して司令部に届けられた。


「母さんが父さんとやり直せたのは、佐久夜のおかげ。佐久夜は、行きなさい。宮が残した楠瀬を幸せにしてあげなさい」


「父さんはこうなることを反対していたようだけど、どうして賛成してくれるんだ?」


「二人でいる場所を、自らが決めたからだ。ただ命令に従っていただけなら、賛成できなかった」


「ありがとう。次は、紗綾にも会いたいな」


「紗綾を受け入れてくれてありがとう。私たちも早く、あなたたちと会いたい」


「きっと俺たちの再会は、歴史的なものになる。残された巨人の子どもたちを、よろしく――」


 二人は、巨人の子どもたちへの呼びかけを再開した。

 細胞管が第三勢力圏のものに差し替えられた。


「第三勢力圏統括理事会議長アルベルト・ガルシアは、巨人の子どもたちが自由になれることを望みます。それは海底巨人の本能という場所だけではありません。どこにいてもそうなれることを望み、第三勢力圏は巨人の子どもたちを受け入れます」


 宇宙巨人と海底巨人の殺害を果たせなかった第三勢力圏も十年前の俺と同じで、それが最善だと信じて疑ってこなかっただけなのだろう。十年前、俺が海底巨人の殺害を失敗したから、今がある。第三勢力圏も、海底巨人と宇宙巨人の殺害に失敗したから、その選択をしてくれた。


 体が再生して立ち上がると、多くの巨人が佐久夜を囲うように集結していた。

 どこの勢力に所属していようと関係ない。

 ここには、一つの目的だけを持って集まってくれている。


 佐久夜はカテーテルを手渡された。

 俺を囲う多くの巨人が、同じくカテーテルを手にしていた。

 まだ希望するすべての巨人の子どもたちがいっしょに行くことはできない。

 先に行って、見本となろう。

 きっと、みんなを導いてみせるから。


 カテーテルを逆手に持って、切っ先を下腹部に向けた。

 楠瀬……今、行くから。来栖にも選ばせてあげたかったな――。


 カテーテルを下腹部に突き刺した。

 子宮に到達すると、意識が吸い込まれそうになる。


 周囲の巨人は、次々に倒れていく。佐久夜の意識も朦朧となっていくが、みんなを見届けるまで踏ん張った。

 まだ、きみたちのことを何も知らない。これからいろいろなことを教えてほしい。

 佐久夜は膝から崩れ落ちて、意識を失った。


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