第12話 ロビン、告白される
それから、五年の月日が経ちました。
私は、まだ、このウチで家政婦として働いています。
みんな、すっかり成長しました。
中学生になったみずほちゃんとつばさくんは、すっかり大人になりました。
「ちょっと、ロビン、お弁当、早くして。学校に遅れちゃうよ」
「ハイ、お待たせしました」
「ありがと、それじゃ、行ってきます」
背も高くなって、すっかり美人に成長したみずほちゃんは、制服がよく似合う女の子になりました。
「待ってよ、みずほ」
「つばさちゃん、早くしてよ」
つばさくんも、カッコいい男の子になりました。それでも、まだまだみずほちゃんの後について回るだけで少し心配です。でも、イケメンな男の子に成長したつばさくんは、学校の女子に絶大な人気があります。
「二人とも、気を付けてね。行ってらっしゃい」
「行ってきまぁ~す」
二人は、今日も元気に登校しました。
大学を卒業して、社会人になったさくらさんは、スーツ姿でヒールを履いて出勤します。
「それじゃ、ロビンさん、行ってきます」
「ハイ、さくらさん、いってらっしゃい」
さくらさんを見送って、いつも最後に出て行くのは、大学生になったこだまくんです。
「こだまくん、学校に遅れますよ」
「今日は、遅くてもいいんだよ」
そう言って、なかなか家から出ようとしません。
私は、無理やり家から追い出すようにして、学校に行かせるのが、毎日の仕事になりました。
「こだまくん、行ってらっしゃい」
「ハイよ」
ぶっきらぼうなこだまくんは、昔とちっとも変っていません。
私は、手を振って、外まで見送ります。すると、こだまくんが、走って戻ってきました。
「どうしましたか? 忘れ物ですか」
「そうじゃなくて、今日は、なんか予定あるのか?」
「特にありませんわ。夕方にお買い物に行くだけです」
「それじゃ、三時に帰ってくるから、ちょっとお茶しないか?」
いきなり言われて、私は、ビックリしました。でも、断る理由はありません。
「ハイ、わかりました」
「それじゃ、駅前に三時に待っててくれ」
「ハイ、承知しました」
そう言うと、こだまくんは、走って駅まで行きました。
それからは、いつもの一日です。掃除をして、洗濯をして、お昼を食べたら、お買い物に行きます。
だけど、なぜか、今日は、三時になるのがもどかしくて、何度も時計を見ました。
そして、三時前に、私は、駅前に行きました。
少しすると、改札口からこだまくんがやってくるのが見えました。
「悪い、ちょっと遅れた」
「大丈夫ですよ」
「それじゃ、買い物も付き合うから、ちょっとお茶しよう」
こだまくんに言われて、駅前のカフェに立ち寄りました。
私たちは、向かい合わせで、こだまくんはアイスコーヒー、私はオレンジジュースを頼みました。
考えてみれば、こだまくんと二人きりで、こんな風に外で会うのは初めてでした。
もしかしたら、これが、男女のデートということなのでしょうか?
機械の私には、余りピンときません。だけど、こんな風に、二人で向かい合うなんてことはなかったので少し緊張して、何を話したらいいのかわかりません。
すると、こだまくんが口を開きました。
「あのさ、お前は、俺のこと、どう思ってる?」
「もちろん、好きですよ」
「そうじゃなくて、俺を男として、どう思ってるのか聞いてるの」
「どうって・・・」
そう言われても、私には、恋愛感情というのがないので、わかりません。
こだまくんのことは好きだけど、ロボットの私が、人間の男の子を好きになるという意味が理解できません。
「お前は、忘れていると思うけど、ずっと昔、祭りのときに俺が言ったこと覚えてる?」
こだまくんは、真面目な声で言いました。もちろん、忘れるわけがありません。
あの、お祭りの夜のことは、一生忘れません。私の電子頭脳が、激しく動き出します。
「俺は、お前のこと、好きだ」
今度は、目の前で、はっきり言われた私は、感情回路を抑えるのに必死でした。
店員さんが運んできた、オレンジジュースを勢いよく飲んで、体を冷やします。
「俺は、お前のこと、小さい頃からずっと好きだった。だけど、お前は、ちっともそうじゃなくて・・・」
こだまくんが下を向いてしまいました。この時、私の良心回路が違う動きをしました。
「こだまくんの気持ちは、わかっていました。それは、とてもうれしかったんですよ」
「それなら・・・」
「でも、私は、ロボットなんです。機械の私が、人間のこだまくんを好きになるなんて、あり得ません。こだまくんは、ちゃんと人間の女性を好きになってほしいんです」
それが、私の本音です。でも、なぜか心が痛みました。こだまくんを傷つけたのかもしれません。
「なにを言ってんだよ。機械が何だよ。ロボットだから、なんだって言うんだよ。好きだから、好きって言って何が悪いんだよ」
こだまくんは、思わず立ち上がって、声を上げました。そして、静かに座り直しました。
「ロボットだろうが、人間だろうが、妖怪だろうが、好きになったもんは、しょうがないじゃないか。たまたま好きになったのが、お前だっただけなんだ。だから、俺は・・・」
こだまくんの気持ちが痛いほど伝わりました。こだまくんが、これほどまでに、自分の気持ちを素直に相手にぶつけるなんて、初めてのことです。勇気もいったと思います。緊張もしていたはずです。それも、わかっていました。
「なぁ、ロビン。俺と、結婚してくれ。俺は、お前を愛してる。だから、結婚してくれ」
私は、このまま頭が外れてしまうかと思いました。感情回路が爆発寸前でした。
私は、冷たい水を飲み干して、息をつきました。人間の男性から、愛を告白されたことを電子頭脳が解析します。
そして、出した答えは、その愛に応えるということでした。
「こだまくん、ありがとうございます」
私は、そういうのが精一杯でした。そして、自分でもわからないうちに、涙がこぼれていました。
「ご、ごめん。やっぱり、今、言ったことは、聞かなかったことにしてくれ」
こだまくんが慌ててハンカチを出して、私に差し出しました。
でも、私は、それを受け取らず、ゆっくりと首を横に振りました。
「私、うれしいんです。人間の男性から、告白されて、好きと言ってくれて、愛してるなんて言われてすごくうれしいんです。こだまくん、ありがとうございます」
「それじゃ・・・」
「ハイ、こんな私でよければ、よろしくお願いします。私も、こだまくんのこと、愛しています」
「ホ、ホントに・・・」
「ハイ。初めてお家に来た時から、こだまくんのことは、好きでした」
そう言うと、こだまくんは、顔から火が出るのかと思うくらい、真っ赤になりました。
「ロビン、ホントに、俺でもいいのか? 俺が好きなのか?」
「ハイ、好きです。大好きです」
「よっしゃ~!」
こだまくんは、店中に聞こえるような大声を上げました。
なんだか、私は、恥ずかしくなって、顔を上げることができませんでした。
「それじゃ、これからは、こだまさんと呼ばないといけませんね」
「バカ! なにを言ってんだよ。俺は、ずっと、こだまくんでいいんだよ。いきなり、さんなんて言われても困るだろ」
「でも、こだまくんは、もう大人ですから、いつまでもそれではいけませんわ」
「いいんだよ。お前にとっては、俺は、ずっとこだまくんなんだから。こだまさんなんて呼ぶな」
「ハイ、わかりました」
私は、そう言って、やっと落ち着いて微笑むことができました。
やっと、気持ちが落ち着いたところで、お店を出て、買い物に行きました。
今夜は、こだまくんの好きな夕飯を作ろうと思います。
私は、買い物袋を持ちながら、こだまくんの腕に手を絡ませました。
一瞬、こだまくんは、ドキッとしていたけど、すぐに私に腕を絡ませてきました。
こうして、二人で並んで歩くのも初めてでした。
私が、このウチに初めて来たときは、まだ中学生で、私よりも背が低かったのに、
今では、私よりも背が高く、男らしくなっていました。今では、私が見上げないといけません。
「笑わないで聞いてくれよ」
「ハイ、笑ったりしませんよ」
「俺、お前より背が高くなって、お前より年上になったら、告白しようと思ってたんだ」
それが、今日だったのか・・・ 私を誘った意味がやっと分かりました。
「こだまくんは、私の旦那様になるんですね」
「そうだけど、まだ、早いって」
「こだまくんは、私の愛する旦那様ですよ」
私は、少しからかうように言うと、こだまくんは真っ赤に照れていました。
「あのさ、ロビンに頼みがあるんだけどさ」
「ハイ、何でもおっしゃってください」
「結婚しても、ずっと、いっしょにいてくれるか?」
「もちろんですわ」
「死ぬまで、いっしょにいてくれるか?」
「ハイ、安心してください」
「俺が、じじいになっても、面倒見てくれるか?」
「ハイ、介護しますよ」
「でも、俺のが、先に死ぬんだよな」
「いいえ、その時は、私も死にますから、安心してください」
「ロビン」
「だって、私は、こだまくんの妻ですから、最後までいっしょですわ」
私は、そう言うと、思わず立ち止まりました。そこは、ちょうど、家の前でした。
「なぁ、ロビン。キスしていいか?」
「ハイ、私もこだまくんとキスしてみたいです」
そう言うと、こだまくんは、私の肩を抱くと、目を閉じました。
私は、少し背伸びをして、こだまくんの唇にそっと口づけしました。
人間の唇の温かさに触れて、私の感情回路も熱くなりました。
「こだまくん、愛してます」
「ロビン、俺も愛してるよ」
短い時間だったけど、私には、何時間にも長く感じました。
人間を愛したロボットは、きっと、私だけかもしれません。
その相手が、こだまくんなんて、夢のようです。
「あっ、お帰り、お兄ちゃん、ロビンお姉ちゃんもいっしょだったの?」
そこに、玄関が開いて、つばさくんが顔を出しました。
私たちは、思わず離れて俯いてしまいました。なんだか、人間になったような気がして、うれしくなりました。
その日の夜のことです。夕飯を終えて、それぞれ好きなことをしていると、
こだまくんがみんなに声をかけました。
「あのさ、みんなに話があるんだけど、ちょっと聞いてくれ」
「え~、今、ゲームやってる途中なんだけど」
「ぼくもお風呂に入らないと、明日、学校が早いんだよ」
「時間ないから、言うことあるなら、早く言ったら」
他のみんなは、そっけない態度です。それでもイヤイヤながら、みんなが席に着くと、こだまくんが言いました。
ちなみに、その時、私は、洗い物をしていました。
「俺、今日、ロビンにプロポーズした」
「えーーーっ!」
「うっそぉ・・・」
「ホントに?」
私は、思わず、お皿を洗っている手が止まりました。急に何を言い出すのかと思って危うくお皿を落としそうになりました。
「そ、それで、ロビンは、なんて言ったの?」
みずほちゃんが前のめりになって聞き返します。
「OKしてくれた」
「マジ!」
みずほちゃんが立ち上がると、私の肩に手を置いて言いました。
「ロビン、おめでとう!」
「ロビンお姉ちゃん、洗いものなんて、後にして、こっち来てよ」
つばさくんが私の手を取って言いました。
「もう一度聞くけど、ホントに、ロビンと結婚するの?」
「する。ロビンもそう言ってくれたから」
「ロビン、ホントにいいの?」
「ハイ」
「だって、こだまちゃんよ」
「そうだよ。お兄ちゃんだよ。ホントにいいの」
「それ、どういう意味だよ?」
「だって、お兄ちゃんは、まだ、学生なんだよ」
「それに、頼りないし、すぐ怒るし、口は悪いし、ついでに頭も悪いし」
「いいえ。こだまくんは、とてもいい人ですよ。私は、愛しています」
そう言うと、三人とも、時間が止まったように固まってしまいました。
「あぁ~あ、弟に先を越されるとは、思わなかったわ。それに、まさか、相手がロビンさんとはね」
さくらさんが大きく息を吐きながら言いました。
「だけど、おめでとう、こだま、ロビンさん。でもね、言っておくけど、アンタは、まだ、学生なんだからね。結婚するなら、ちゃんと社会人になってからよ。それと、お父さんにも、ちゃんと話をすること」
「わかってるよ」
「ロビンさんもそれでいい? 」
「ハイ、私は、構いません」
「お父さんにだけは、ちゃんと話を通しなさいね」
「別に、親父なんてどうでもいいだろ。どうせ、反対するに決まってるんだから」
「それでも、言うのよ」
「反対したって、俺は、ロビンと結婚するからな」
果たして、そんなに話がうまくいくのか、かなり不安で一杯の夜でした。
ところが、翌日、二人で博士の研究所を訪ねて話をすると、驚くような返事でした。
「でかした! 人間とロボットが結婚するなんて前代未聞だ。それも、俺の息子と俺が作ったロボットなんてこんな素晴らしいことがあるか。結婚しなさい。父親として、生みの親として、大歓迎だ」
と、博士は、大喜びをして、私たちを歓迎してくれました。
私もこだまくんも、拍子抜けした感じをしながら、研究所を後にしました。
「あの親父のことだから、きっと、俺たちのこともデータに取るつもりだぞ。そんなことはさせるか。俺たちにも、プライバシーがあるんだ。いいか、ロビン。親父が何か言ってきても、素直にデータを渡すなよ」
「ハイ、わかりました」
研究所の帰り、二人で歩きながら、私は、自然とこだまくんと腕を組むようになっていました。
「こだまくん、私、幸せです」
「まだ、早いって。結婚するのは、まだ先だぞ」
「いいえ、私は、こだまくんと会えて、ホントに幸せです。もちろん、みずほちゃんやつばさくん、さくらさんにも会えました。ロボットの私を受け入れてくれて、ホントに感謝してるんです」
「わかってるよ。だから、ロボットなんて言うな。ロビンは、人間なんだからさ」
こだまくんに改めて言われると、感情回路ではなく、心が熱くなりました。
これから、私は、こだまくんたちと生きていきます。みずほちゃんやつばさくんが大人になっても、さくらさんが結婚することになっても、私のそばには、こだまくんがいます。
私の素敵な家族です。空を見上げると、今日は、きれいな青空が広がっていました。まるで、今の私の気持ちのようでした。
「こだまくん、今夜は、なにが食べたいですか?」
「そうだな・・・ やっぱり、から揚げかな」
「ハイ、わかりました。特別、おいしいから揚げを作りますね」
私は、笑顔で言いながら、二人で歩きました。
終わり
家政婦は、ロボット。 山本田口 @cmllaaa
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