その音、あなたにも聞こえていますか?

肥前ロンズ

その音、あなたにも聞こえていますか?

 ある晩、その音は確かに聞こえたのだと、母は言いました。

 カシャ……カシャ……カシャ。

 何かが木をひっかいているような、軽いものが這いずり回っているような音です。

 それらは夜に聴こえるもので、母はたびたびその音で目を覚ましたそうです。

 ですが私や兄、父に聞いても、


「そんな音はしない」


 と返ってくるのでした。


「嫌だわ……幻聴かしら」


 母は不思議に思いつつも、あまり気にとめないようにしました。

 しかしやはり、その音のせいで、夜、目が覚めるのです。

 カシャ……カシャ……カシャ……。

 元々母は、聴覚過敏の傾向があり、音には敏感な人です。前触れもなく聞こえてくるその物音で、日に日に寝不足になっていくのでした。



 ある晩のこと。

 私たちはテレビを見ていました。

 騒がしいバラエティー番組が居間に流れる中、母はこう言いました。


「何か音がしない?」


 私はキョトンとしました。こないだから、母が聞いてくる質問は、大体過去形で、現在進行形で聞かれたことはないからです。

 私は耳を澄ましました。


 ……カシャ。


 その音は、確かに私の耳に届きました。

 何かがひっかいている? いえこれは、何かが走っている音です。


「ホントだ! 何、この音?」


 私がそう言おうとした瞬間。






「ぎゃあああああー!!」





 隣にいた母が、叫びました。

 慌てて母の方を見ると、母が顔を青ざめながらテレビ――台の物陰を指さしました。

 いつもは何が起きても冷静な母が、こんなにパニックになるなんて。生まれて初めてのことでした。

 一体そこで、何が起きたというのか!?


「何!? 何があったの!?」


 私が尋ねると、母はこう言いました。




「今、ネズミが通ったぁぁぁ――――!!」




 ……そうです。

 その音は、ネズミが走る音だったのです。


 翌日。

 なんということでしょう。クローゼットの扉に、かじられた痕を発見。

 しかも台所に保存していた小麦粉は、全部穴が空いているじゃありませんか!


「うわー、被害続出じゃん。ネズミ捕りひっかかるかな?」


 私の言葉に、母がぼそり、とこう言いました。


「一匹だけならいいんだけどね……」

「え? ……あ」


 母の言わんとしていることに、遅れて私は気づきました。

 そうです。世の中には、こんな言葉があります。

『ねずみ算』と。


 走る音、眠れない夜。真の恐怖は、ここから始まるのでした……。

 

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その音、あなたにも聞こえていますか? 肥前ロンズ @misora2222

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