執筆中に寝落ちしたら、金縛りにあった。

無月弟(無月蒼)

第1話

 これから語るのは、今から少し前の話。

 その日仕事を終えた私は自宅に戻り、布団の上で横になりながら、スマホで小説を書いていました。


 小説を書くなら、スマホじゃなくてパソコンの方がいいのではと思う人もいるかもしれません。

 しかし私は、立ち上げに時間がかかるパソコンで書くよりも、すぐにはじめられるスマホで執筆することが多かったのです。

 それに行儀が悪いかもしれませんけど、スマホなら、横になってリラックスしながら、書くことができましたし。


 しかし仕事の後ということもあって、疲れていたのでしょうね。

 執筆をしていると、だんだんとまぶたが重くなってきました。

 手に力が入らなくなり、握っていたスマホを何度も落としました。

 その度にスマホを拾って、改めて書きはじめるのですけど、襲ってくる睡魔には勝てずに、とうとう私は眠りに落ちてしまいました。


 それからどれくらい眠っていたでしょう?

 私はふと、目を覚ましました。


 いけない、執筆の途中なのに寝てしまった。

 どれくらい書いていたっけ?

 そう思って、側にあるスマホを取ろうとしたのですけど……手が動きませんでした。

 手だけではありません。頭も足も動かず、声も出すことができない。

 そう、私はこのとき、金縛りにあっていたのです。


 動きたくても身動きが取れずに、起きようと思っても起きられない。

 なんとも嫌な気分。そうしているうちに、また睡魔が襲ってきます。


 冗談じゃありません。

 途中で寝てしまったため、執筆が全然進んでいなかったのですから、このまままた、寝てしまうわけにはいきません。

 このとき私は、金縛りにあってる恐怖よりも、執筆が遅れる焦りの方が強かったのです。


 このまま寝てしまうわけにはいかない。

 起きなきゃ……起きなきゃ……。


 そうして私は、力を振り絞りました。

 まるで鎖でぐるぐる巻きにされているように動かなかった体を、気合いと根性で動かしました。

 まずは腕を動かし、床につきます。そしてそこから一気に、力を入れました。


 うあぁぁぁぁぁぁっ!


 声を上げながら、上半身を起こします。

 相変わらず体は鎖に繋がれてるみたいに重くて自由がききませんでしたけど、それでもなんとか起こすことができたのです。

 もしも金縛りが、霊的なものの仕業だったとしても、屈するわけにはいきません。

 まとわりついてる何かを振り払うように体を動かし、ソレを振り払いました。


 そこでようやく、頭も体もまともに機能しはじめました。

 気がつけば汗をびっしょりかいていて、ハァハァと息が切れていていて、すごく気持ちが悪い。

 けど、金縛りは解けました。


 よかった。これでようやく起きれる。

 ホッとした私は枕元に置いてあったスマホに手を伸ばしました。

 執筆は、どこまで進んでいたっけ? 睡魔と戦いながら書いていたし、途中で眠ってしまったものだから、どこまで書いていたかなんて覚えてません。まずは確認しないと。

 ですが……。


 ……えっ?


 スマホの画面を見て、目を疑いました。

 早々に寝てしまったとはいえ、少しは書いていたはず。

 なのにスマホの画面には、一文字も書かれていなかったのです。

 確かに書いたはずの文章が、消えていたのです。


 しかもそれは寝る前に書いていた文章だけではありません。

 それまでに書きためていた文章までも、真っ白に消えていたのです。


 ──やってしまった!

 どうやら寝ぼけて、せっかく書いていた文章を全部削除してしまったみたいなのです。

 普通なら絶対にありえないことなのですけど、意識が朦朧とした状態でスマホを扱っていたので、ありえないことではありません。


 消えてしまった文字は、推定数千文字。もしかしたら、1万文字を超えたかもしれない。

 私は絶望に突き落とされました。

 しかし全ては自分の不注意が招いた結果……いえ、待ってください。本当にそうでしょうか?


 今回みたいに、寝ぼけて文字を消してしまう意外にも、せっかく書いた文章が消えてしまったという声は、何度も聞いたことがあります。


 確かに保存していたはずのデータが、なぜか消えていたとか。

 パソコンに保存していたのに、パソコン自体がダメになってデータを取り出せなくなったとか。

 はたまた何も操作していないのに、まるでデリートキーを押されたみたいに、目の前で文章がどんどん消えていったという不可解な現象が起きたという話も、聞いたことがあります。


 私はこれらの出来事を、妖怪『文字消し』の仕業ではないかと考えています。

 それはあらゆる手を使って、人が時間をかけて作成した文章を消していく、恐ろしい妖怪。

 私を眠らせて誤操作させたのも、おそらくこの妖怪『文字消し』の仕業。

 さっきの金縛りも、きっと『文字消し』によるものだったのでしょう。


 ヤツはいついなかる時、大事な文章を消しにくるかわからない、物書きの天敵です。

 そんな妖怪、本当にいるのかって?

 意図せず文章が消えてしまった人が何人もいる。注意していてもなぜか繰り返されるのが、ヤツが存在する証拠です。


 恐怖の妖怪、『文字消し』。

 みなさまもせっかく書いた小説を守るため、くれぐれもご注意ください。



 了

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執筆中に寝落ちしたら、金縛りにあった。 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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