第四章

No.034

<ニュールミナス市/GPA本部>


 早朝のGPA本部内は静まり返っていた。

 ほとんどのエージェントは自宅から通っているので、この時間はまだ人が少ないのだ。


 俺はオフィスのソファに座り、この素晴らしく静穏な時間を堪能していた。


 ――が、その時間はすぐに終わった。


「おはようございます、セーンパイ」


 アイマナがオフィスに姿を現した。

 彼女は細く長い髪も、着ているワンピースも真っ白で、遠目には儚げな少女に見える。


 もっとも、近くで話し始めると、そんな印象は弾け飛んでしまうのだが。


「ふふっ、センパイ、マナについて失礼なことを考えてましたね。お見通しですよ」


 アイマナは俺の隣に座ると、ドヤ顔で指摘してくる。

 なので、俺は同じ調子で言い返してやる。


「ハズレだ。お前の白銀の魔導AIとやらも大したことないな」

「あっ、ウソつきましたね! マナにはちゃんとわかるんですよ!」

「それよりなんなんだ、朝っぱらから。まだ仕事を始めるには早すぎるだろ」

「マナはセンパイが起床したのを見計らって出勤してきたんです」

「なんで俺が起きたってわかるんだ?」

「バイタルをモニターしてますから」

「こわっ……」


 俺がドン引きしているのに、アイマナは満足そうに微笑んでいた。

 どこまで本気なのか知らないが、確かに一日の最初に顔を合わせるのは、アイマナであることが多い。


「そうだ、センパイ。ちょっと待っててくださいね」


 そう言って立ち上がると、アイマナは足早にキッチンの方へ向かっていった。



 ◆◆◆



 待つこと30分ほど。

 俺の目の前のテーブルには、大量のホットケーキが並べられていた。


「なんだよ、コレ……」


 隣に座ったアイマナに、俺は尋ねた。


「朝食まだですよね? だからマナが心をこめて作ってあげたんです」

「それはありがたいが……ちょっと多くないか?」

「細かいことはいいじゃないですか。では、マナが食べさせてあげますね」


 アイマナはホットケーキを切り分け、一切れをフォークに刺し、俺の口元まで運んでくるが――。


「自分で食べるからいいよ」


 俺は拒否した。

 すると、アイマナが大きく一つ息を吐き出す。それから彼女は、こめかみをピクリと動かしながら言うのだった。


「メリーナさんのアイスは食べられても、マナのホットケーキは食べられないんですか?」

「……冗談だろ?」


 俺は驚きよりも疲労感が勝り、ため息をついた。

 しかしアイマナは一切気にせず、ホットケーキが刺さったフォークを突き出してくる。


「センパイ、食べないんですか?」

「ロゼットから聞いたのか?」

「いえ、マナは常にセンパイのことを監視してるので」

「ストーカーって知ってるか?」

「ロゼットさんのことですか?」


 俺は対話を諦めた。

 もう無駄な抵抗はやめて、大人しくホットケーキを食べてやればいいんだ。


「センパイ、ほら。あーん、してください。あーん」

「はむっ……」


 俺は目の前に差し出されたホットケーキに食いついた。

 ふわりとした甘みが口の中に広がり、ちょっとした幸福感を味わう。


 ……まあ、普通のホットケーキの味なんだけどな。


「どうですか? マナのホットケーキ、おいしいですか?」

「ああ、今まで食った中で一番うまいよ」

「やったー! センパイが褒めてくれたー!」


 珍しくアイマナは素直に喜んでるようだった。

 正直、褒め過ぎてしまった気もするが、そのことは墓場まで持っていこう。


「それじゃセンパイ、どんどん食べてくださいね」


 アイマナが次々とホットケーキを俺の口に運んでくる。


「はい、あーん」

「はむっ」

「はい、あーん」

「はむっ」


 そんなことを繰り返すこと、数十回。

 俺の胃の容量は、限界を迎えようとしていたが……。


「センパイ、遠慮しないでもっと食べてください。世界一おいしいなら、まだまだ食べられますよね?」


 過剰な賛美は破滅をもたらすのだと、俺は学んだ。



 ◆◆◆



 俺へのホットケーキ攻めも一段落し、アイマナも横で食べ始めた。

 しかし俺は、一向に減らないホットケーキをチビチビ突つきながら、絶望の向こう側を覗き始めていた。


「そういえばセンパイ、今日の新聞、読みましたか?」


 アイマナがホットケーキを食べながら、思い出したように尋ねてきた。


「今朝はまだ読んでない」

「メリーナさんの特集が組まれてましたよ。<十三継王家つぐおうけのニューヒーロー>って」

「そりゃ良かったな。ここんとこの栄光値ポイント獲得が、世間に認められたんだろ」


 フィラデル・グランダメリス=シルバークラウン大帝王を狙った魔法テロから、もう二週間が経とうとしている。

 巷では、いまだにフィラデルを英雄と称える話題に事欠かない。

 ただ、そんな中でも、俺たちはメリーナに栄光値ポイントを稼がせるため、様々な事件を解決してきたのだ。


 その成果も少しくらいは宣伝してもらわないと、やってられないよ。


 そんなことを思っていたら、アイマナが俺の顔をじっと見つめていた。

 彼女はホットケーキを俺の口元に突き出し、聞いてくる。


「……あれって、もしかしてセンパイが書かせたんですか?」


 差し出されたホットケーキに、俺は機械的に食いついてから答える。


「むぐむぐ……いくら栄光値ポイントランキングで上位に位置しても、官報なんて誰も見てないからな。多少の宣伝は必要だ」

「新聞にもランキングは載ってますよ。メリーナさん、月間の栄光値ポイント獲得ランキングで5位でした」

「大帝王になりたいなら、1位でも足りないだろ」

「そうですね……。正直なところ、5ヶ月後の大帝王降臨会議まで、ぶっちぎり1位を維持しても、フィラデル大帝王には勝てないと思います」

「朝から仕事の意欲を奪うなよ……」

「マナはちゃんと良いニュースを持ってきてあげたじゃないですか! ホットケーキだって焼いてあげたじゃないですか!」

「ホットケーキはともかく、今のって良いニュースか? まあ、悪いニュースがセットじゃないところは褒めてやるけどさ」

「悪いニュースもありますよ?」


 アイマナは平然とした態度で言い、ホットケーキを差し出してくる。

 変わらぬ笑顔と、減らないホットケーキが恐ろしい。


「はむっ……むぐむぐ……聞きたくないんだけど」

「月間ポイントランキングの1位から4位まで、全員が継王家の王族で、次の大帝王に立候補すると目されています」

「ハァ……フィラデルだけでも厄介なのに、候補者が乱立すんのかよ」

「ちなみに1位はフィラデル大帝王で、数値の上でもぶっちぎってます」

「あいつが厄介なのは、数値と関係ないところで民衆の心を掴むのがうまいってことだ」

「まあでも、フィラデル大帝王だけが対抗馬なら、暗殺しちゃえば済む話だったんですけどね」


 アイマナがさらっと恐いことを言ってるが、俺は聞かなかったことにした。

 それと、残りのホットケーキを見なかったことにしたいんだが……。


「ハッ!」


 急にアイマナが何かに気づいたかのように、部屋の入り口を見る。

 それから彼女は素早くホットケーキにフォークを刺し、また俺に差し出してくる。


「いや、もう食えないって……」


 俺はギブアップを伝えた。

 しかしアイマナは、懇願するような表情になり、言うのだった。


「お願いです。あと一切れでいいので食べてください」


 アイマナの意図はわからないが、その言葉を聞いた瞬間、俺の心は開放感に包まれた。


 まだテーブルの上に大量に積まれているホットケーキを、全部食べないといけないのかと思ってたんだが……。

 あと一切れで済むなら、喜んで食べるさ。


「はむっ」


 俺はホットケーキに食らいついた。

 その時――。


 タタタタタッ。


 廊下の方から足音が聞こえてきた。

 いや、これはかなりの速度で走っている。


 そう思った瞬間だった。


 バンッ!


 と、部屋のドアが勢いよく開けられ、一人の女が飛び込んでくる。


 その女は、赤く長い髪に、ゆるふわのウェーブをかけ、今日も朝からバッチリとメイクをしていた。

 髪色よりも赤い服は、いつものように露出度が高く、大人の色香を漂わせている。


 彼女の姿を見た瞬間、ホットケーキはフォークから離れ、俺の喉を滑り落ち――。


「うっ!」


 途中で詰まった。


「ライライ……また裏切ったわね?」


 ロゼットは、地獄の悪魔でも丸焼きにしそうな顔で話しかけてくる。


「ゴホッゴホッ……待てゴホッ……ちがっゴホッ!」


 むせてしまい、まともに話せない。


 このままでは窒息するか、燃やされるか……どっちにしても死が待ってる。

 

 くそっ、アイマナ……謀りやがったな……。


「センパイ、ここはマナに任せてください」


 なぜか恩着せがましいことを言いながら、アイマナがロゼットの相手をしようとしている。


 いや、待て。余計に拗れるだろ。


 俺はそう言いたかったが、声が出てこない。


「ゴホッゴホッ……ちょっゴホッ……」


 そして俺は無視され、ロゼットとアイマナが火花を散らす。


「ロゼットさん、センパイがマナのホットケーキは、世界で一番おいしい食べ物だって言ってくれました」

「へぇ……大量に余ってるみたいだけど? あんた、もしかしてまだ寝ぼけてンの?」


 これがまだ仕事前だってんだから笑えるよ。

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グレート・プロデュース  〜密かに国をコントロールする最強のエージェントは、恋に落ちた王女を大帝王に即位させることができるのか?〜 青波良夜 @aonamiryoya

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