No.033

 しばらく俺が黙ったままでいると、メリーナが悲痛な表情で尋ねてくる。


「なんでわたしじゃダメなの?」

「……これまで俺は、任務達成のためにあらゆるものを犠牲にしてきた。だけど今の俺は、キミを犠牲にする覚悟だけは持てないんだよ」

「ライ……」


 メリーナが複雑な表情を見せる。悲しんでいるのか、喜ぼうとしているのか。 

 それからメリーナは、恐る恐るといった感じで聞いてきた。


「もし任務が中止になったら、わたしとライはどうなるの?」

「……二度と会うことはない」

「どうしてっ!?」

「会う必要がないからだ」

「でも、遊びに行ってもいいわよね? 他のみんなとも、友達になったものね?」

「残念ながら友達じゃない。任務の都合上、親しく接していただけだ」

「ライも……?」


 その問いに、俺は無言でうなずいた。


 メリーナの目からは、涙があふれだす。 


「いや……いやだよぉ……そんなのいや……いや……」


 涙をぬぐうこともせず、メリーナはひたすら同じ言葉を繰り返していた。

 その泣き顔が、俺のトラウマを刺激する。


 別れの寂しさが耐え難いことくらい、俺だってわかっている。

 だから、せめてその記憶が残らないように――。


 俺はポケットの中に忍ばせた小瓶を握りしめる。


 今度こそは間違えない。

 確実にメリーナの中から、俺やGPAに関する記憶を全て消す。


 そう決心した時だった――。


「君に決定権はないよ」


 突然、何者かに声をかけられた。

 俺は驚きのあまり即座に立ち上がり、後ろを振り向く。


 そこには一人の男が立っていた。

 彼は白いシャツをラフに着こなし、どこか浮世離れした雰囲気を感じさせる。長めの黒髪を風に揺らし、穏やかな微笑みを浮かべるその姿は、20代の好青年に見えた。


「あんたは……」


 予想外の人物の出現に、俺は戸惑っていた。

 するとメリーナが立ち上がり、尋ねてくる。


「……誰なの?」

「GPAの長官だ」

「長官?」

「つまりは、一番偉い奴ってことさ。名前は<サリンジャー>。GPAの任務内容や活動方針は、最終的にこの男によって決定される。俺に任務を命じてるのも彼だ」


 俺がそう説明すると、男はわざとらしくにっこり笑い、メリーナに一礼した。

 それから俺の方に顔を向け、話しかけてくる。


「こんばんは、ライ・ザ・キャッチーくん。丁寧な紹介、感謝するよ」

「あんたが自ら会いにくるなんて、珍しいこともあるもんだな」


 俺は皮肉を込めて言ってやった。

 しかし、サリンジャーはどこふく風。まるで気にしていないかのように、さらりと受け流す。


「君が勝手に任務を中止するところだったからね」

「任務続行の可否は、現場の判断に任せられてるんじゃなかったのか?」

「程度によるよ。今回はその範疇を超えていると、君も理解しているだろ?」

「いいや。俺は自分の判断が正しいと信じてる」


 俺はサリンジャーを睨みつけた。

 すると、横からメリーナが俺の耳に囁いてくる。


「任務、中止にしないで」


 俺は何も答えられなかった。

 せっかく、あと少しで踏ん切りがつくところだったんだ。

 俺も、彼女も……。


 それなのに、サリンジャーは最悪のタイミングで現れやがった。

 いや、この男のことだ。タイミングを見計らってたに違いない。


「キャッチーくん、君は組織の一員でしかない。君の個人的意見が、組織の決定を覆すことはないんだよ」


 サリンジャーは柔和な笑顔を浮かべて言う。しかしその声には、人を威圧するだけの迫力があった。


「それは俺に対する命令か?」

「忠告だよ。今のところはね。君の自主性とやる気を奪うのは、僕の本望ではない」

「なぜメリーナなんだ? 次期大帝王の候補になる人物は、他にいくらでもいるだろ?」

「たとえば?」


 サリンジャーは笑顔を少しも変えずに尋ねてくる。

 その全てを見通したかのような目が気に入らない。


「これから探す」

「ハハッ、他に候補者がいないのに、任務を中止するつもりだったのかい?」

「じゃあメリーナが候補者として最適だという根拠はなんだ? 栄光値ポイントだって、他の継王家つぐおうけの王族と比べても、圧倒的に少ないはずだ」

「あんなものは、人の善行に、適当に数字を当てはめてるだけだよ。ある一定以上の、それこそ国家全体に影響するような英雄的行為は、元から栄光値ポイントで測れるものじゃない」


 悔しいが、サリンジャーの言っていることは正しい。

 栄光値ポイントシステムが正確に機能するのは、狭い範囲の出来事に限るのだ。

 たとえば、落とし物を拾ったとか、泥棒を捕まえたとか、人の命を救ったとか、ボランティアをしたとか……そういうありふれた行為を、数字で評価しているに過ぎない。


 逆に比較対象がない行為の場合は、与えられる栄光値ポイントの数値が、適正なのかという議論が昔から存在する。


 さらに今回のフィラデルのように、誰が見ても明らかな英雄的行為で、大勢の記憶に残っているのなら、栄光値ポイントなどで評価されなくても、その人物は英雄として認知されるはずだ。


「つまり、フィラデルと張り合うのは無駄だって言いたいのか?」


 俺はサリンジャーが諦めるよう水を向けた。

 しかし奴は、俺の思惑通りには乗ってこない。


「キャッチーくんなら、この不可能な任務を可能にしてくれるだろ?」

「俺にだってできないことはある」


 俺が頑なに拒否する態度を崩さないと、サリンジャーはわざとらしくため息をついた。

 そして奴は最悪の手札を切ってくる。


「では、君以外の者に任せるとするか」

「冗談だろ?」

「だって、君がどうしても拒否するなら、他のチームに任せるしかないじゃないか」


 サリンジャーがにこやかに話す提案は、当然あり得ることだった。

 俺も、他のチームの尻拭いをしたことはある。

 ただ――。


「絶対にイヤ!」


 メリーナがサリンジャーに強く言い放った。

 そして彼女は俺の腕を引き、さらに続ける。


「わたし、ライに恋してるんだから!」


 その一言で、俺の緊張感が完全に抜けてしまった。

 でも普段の調子が戻ってきたようで、少し安心したよ。


 一方、サリンジャーは少しも動じず、笑顔で頷いていた。


「うんうん、それはよかった」


 まるで孫のわがままでも聞くような態度だ。

 実際、奴はメリーナのことを相手にする気は毛頭ないのだろう。


「キャッチーくん、改めて答えを聞かせてもらおうか」

「なぜメリーナなんだ?」

「それは僕にもわからない」

「ふざけるなよ?」

「君だって知ってるだろ。今回の任務は<聖賢枢密院アルカヌム>によって決められたものなんだ。僕はそれを君に伝えているに過ぎない」


 サリンジャーがついにその名を出した。

 ということは、これが最後通牒ということだ。


 俺が悩んでいると、メリーナが腕を引っぱり尋ねてくる。


聖賢枢密院アルカヌムってなに?」


 その質問には、俺が答えるよりも先に、サリンジャーが答え始めた。


「GPAの最高意思決定機関だよ。ただ、僕もその実態はよくわからない。メンバーも、構成に人数も不明。この国ができた頃からあって、GPAを創ったのもこの機関だ。僕は彼らによって長官に命じられてるけど、メンバーの一人とも会ったことはない」

「なにそれ……? そんなのあるの? GPAって、十三継王家の威光すら通用しないって聞いたけど……」

「だからこそだよ。この世界の歴史、権力、魔法を支配していたはずの十三継王家。その権威に匹敵するチカラを持つ存在が、僕らのバックにいるんだ。ただし、すべてが謎に包まれているけどね」

「訳がわからないわ……」


 メリーナは混乱しているようだった。

 実際のところ、サリンジャーも含めて、GPAにいる全員が、そのことは考えないようにしている。


 ただ一つ確かなのは、聖賢枢密院アルカヌムには逆らえないということだ。


「わかった。任務は続行する」


 俺はそう答えた。

 こうなったら俺が任務を続ける方が、メリーナのためになるはずだと信じて。


「ライ! ありがとう!」


 メリーナが大げさに抱きついてくる。

 彼女の長い金髪に顔をくすぐられ、俺は思わず笑ってしまう。


 そんな状態で、ふとサリンジャーと目が合った。

 すると奴は、笑顔の中に少しだけ寂しさを滲ませ、つぶやいた。


「大切なものを遠ざけようとするのは、君の悪い癖だ」


 波音にかき消されそうなほどの小声は、たぶんメリーナには聞こえていなかっただろう。

 サリンジャーは、それ以上は何も言わず、一人で去っていった。


 そして俺たちはというと、抱き合ったまま何度もクルクルと回転し、最終的に海の中に倒れ込んだのだった。

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