No.032
息子の遺体を掲げるフィラデルの姿を目の当たりにし、怒りが込み上げてくる。
しかし俺は、あらゆる感情を抑え込み、冷静に問いかけた。
「その子をどうするつもりだ?」
「言葉だけでは大衆は信じぬ。犯人の亡骸も必要だろう」
「自分の息子がテロの犯人だと公表するのか?」
「勘違いしているようだが、この者は、まだ余の子として世間に知られてはおらぬ」
「隠し子か……」
そう、最初に気づくべきだったのだ。
仮に大帝王に新たな子供ができれば、GPAに情報が入らないはずがない。それなのに俺が知らなかったということは、その存在が隠されていたということなのだ。
「密かに育てた子供に、汚れ仕事をさせてたってのかよ……」
なんとも言えない感情が湧いてくる。
あの少年がしたことは許されないことだが、まだ分別のつかない子供だったのだ。
全ての責任は、そうさせたフィラデルにある。
だからこそ、俺は次のフィラデルの一言を聞き流すことができなかった。
「つまり、コレの使い道は他になかったということだ!」
あまりに酷い物言いに、瞬間的に怒りが膨れ上がり――。
【
俺は魔法を放った。
無数の炎の流星が、フィラデルの頭上に降り注ぐ。
だが――。
「【
フィラデルもほぼ同時に魔法を発動していた。
俺が放った無数の炎の流星は、フィラデルが生み出した透明の囲いに阻まれてしまう。
「逸るな、ライよ。ここで余を亡き者にすることは、GPAのシナリオにないのだろう?」
「逃がしてほしいって相談なら、もう遅い」
「お前も余の本気は知らぬはずだ」
そう言ってフィラデルが俺に向けた手のひらには、緻密な紋様が刻まれていた。
魔法陣だ。
なるほど、それで魔法を発動させたのか。
刻まれている紋様を見ると、恐らく太古の魔法。となると、俺も知らない効果が発動する可能性がある。
そこで俺は思い出した。
背中にすがりつき、震えるメリーナの存在を。
……このままやり合うのは、得策じゃない。
「フィラデル、今日のことは忘れないぞ」
「再びあいまみえる日を待っている。その時までに、手札を入れ替えておくのだな」
高慢な物言いをすると、フィラデルは嫌味な笑みを浮かべた。
次の瞬間には、奴は目の前から姿を消していた。
息子の遺体と共に……。
静まり返った空間に、メリーナのすすり泣く声だけが響く。
彼女は俺の胸の中で涙を流していた。
俺は何も言わず、彼女の華奢な身体をそっと抱きしめた。
◆◆◆
夕暮れ時の空は赤く染まり、浜辺には波の音が響いている。
俺とメリーナは、砂の上に並んで座った。
潮風がメリーナの金色の髪を静かに揺らす。
その横顔には、涙のあとが薄ら残っていた。
「落ち着いたか?」
俺はタイミングをはかって声をかけた。
すると、メリーナは笑顔で返事をする。
「うん、もう大丈夫よ」
まだ少し笑顔がぎこちないが、顔色は随分と良くなった気がする。
――あれから数時間が経っていた。
魔法テロの現場では、怪我人の救急措置も終わり、全員が病院に運ばれた。捜査もすでに
そのため、GPAの職員も全員引き上げたという報告を受けた。
そして現在は、フィラデルの目論見通りに事は運んでいる。
メディアでも、巷でも、魔法テロの犯人を自ら討伐した<英雄フィラデル・グランダメリス=シルバークラウン大帝王>の話題で持ちきりだ。
血だらけになったフィラデルが、『魔法を悪用する者と闘い続ける』と演説する映像は、あらゆるメディアで繰り返し流されているらしい。
その報告は受けたが、俺は見る気にもならなかった。
そして俺は、誰も近づかないよう言いつけ、メリーナと二人きりで、この浜辺にやってきた。
「…………」
ふいに強い風が吹きつけ、メリーナの髪を大きくはためかせる。
夕日に照らされた彼女の金髪が、オレンジ色に輝く。
「初めてのはずなのに、初めてじゃない気がするわ」
彼女は海の方を見つめたまま、落ち着いた声でそう言った。
「……なんの話だ?」
「この雰囲気……ううん、ライの雰囲気かな? 大切な人とお別れする時みたいね」
次の言葉がすぐに出てこなかった。
実際、これまでに彼女とは二回も別れを経験している。
振り返ればどちらの時も、俺は煮え切らない思いを抱えていたのかもしれない。
そして、それは今も同じだった。
まさか見抜かれるとは、我ながら情けない。
だが、言わないわけにはいかなかった。
「この任務の中止を考えている」
「中止って……そんなことできるの?」
「GPAだって完璧じゃない。理由は様々だが、これまでにも任務を中止したことはある」
「でもマナちゃんが、ライは絶対に任務を達成するって言ってたわ」
「だから俺にとっては、記念すべき最初の失敗になるな」
俺はあえて軽い感じで言ってみた。しかし、言葉にするとそれなりに重みを感じる。
別に完璧なんて目指してたわけじゃないんだけどな。
「イヤ!」
メリーナはそう言うと、今にも泣き出しそうな表情を浮かべる。
でも、彼女の反応はある程度、想定済みだ。
「俺の見通しが悪かった。まさかフィラデルがあそこまで権力に固執しているとは思わなかったんだ」
「なんでわたしのせいだって言わないの?」
「メリーナのせいじゃないからな」
「じゃあ、なんで任務を中止にするのよ? わたしを大帝王にしてくれるんじゃなかったの?」
「大帝王になりたいのか?」
「ライが望むなら……」
メリーナはそう言ってうつむいてしまう。
一番の問題はそこなのだ。
「ここから先は命懸けになる。俺はキミに『命を懸けろ』とは言いたくないんだよ」
「そんなっ! わたし、別にそういう意味で言ったんじゃ……」
「いずれにしろ、キミが命を懸けてまで大帝王になる必要はない」
「じゃあ、フィラデル様が大帝王を続けるってこと?」
「あいつを大帝王にさせないというだけなら、他にもやりようはある。他の継王家から適当な候補者を擁立すればいいんだ」
「それでフィラデル様に勝てるの……?」
はっきり言って、今のところは全く自信がない。
だが、すべての十三継王家を合わせれば、王族が300人もいるのだ。探せば一人くらいは、フィラデルの相手になる奴もいるだろう。
たとえいなくても、あらゆる手を使って、フィラデル以外の誰かを大帝王にしてやる。
俺は、すでにその覚悟を決めていた。
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