No.031

 俺たちが睨み合うこと、数十秒。

 先に沈黙を破ったのは、フィラデルだった。


「そう逸るでない」


 フィラデルはそう言って横を見る。

 すると銀髪の少年は、つまらなそうな顔をしてそっぽを向いてしまう。


 フィラデルは再び俺たちの方へと向き直り、言葉を続けた。


「この者は<ロイト>という。余の13人目の息子だ」


 横にいる少年を、フィラデル自身が息子だと認めた。

 ただ、その声に感情がこもっていない気がした。


「あっ……フィラデル様のご子息なら……挨拶しないといけないわよね?」


 緊張のせいか、メリーナがずれたことをつぶやいている。

 俺は彼女を自分の背中に隠した。


 それをフィラデルが目ざとく見つけ、声をかけてくる。


「心配するな。お前たちに危害を加えるつもりはない」

「さっき自分の息子がなんて言ったか忘れたのか?」

「ロイトはまだ戯れたい年頃なのだ」


 そんなことを言われても、こっちは少しも気が休まらない。

 実際、息子はまだ矛を収める気はなさそうだ。


「でもパパ、こいつら、全部知っちゃったよ? 口封じしといたほうがいいんじゃない?」


 ロイトが再び物騒な提案をする。

 それに対して、フィラデルは少しも表情を変えずに答える。


「愚か者め。あの男は、お前に殺されるほど間抜けではない。相手の力量すら見抜けぬのでは、余の役には立たんぞ」


 自分の息子相手でも、フィラデルの言葉は厳しかった。

 おかげでロイトは、あからさまに悔しそうな表情を浮かべ、床を蹴りつける。


「チェッ、つまんねーの」


 ロイトは明らかに熱が冷めた様子だった。俺たちへの興味も薄らいだように感じる。

 ひとまず最悪の事態は回避できたか。


 とはいえ、これで油断するほど俺もお人好しじゃない。

 奴の行動にはまだ疑問に感じる部分が多いのだ。


「フィラデル、なぜ今になって1000年前の魔法都市なんかを利用した?」

「大した理由などない。ここなら身を隠すのに最適だと思ったのだ」

「影武者が大衆の前に出ている間は、自分の居城にもいられないのか?」

「それもあるが、今日に限ってはそれだけではない」

「どういう意味だ?」


 俺の問いかけに、フィラデルは薄ら笑いを浮かべるだけで、答えようとしない。

 そして奴は、勝手に話を進める。


「しかし、お前に見つかるとはな。ライよ、いつの間にあんな世俗的な催しを好むようになったのだ?」

「こっちにも事情があるんでね」


 俺がそう答えると、背中から服を引っ張られる。

 振り向くと、メリーナが申し訳なさそうな顔をしていた。


「気にするな」


 と、俺は軽く声をかけておいた。


 それから俺はフィラデルに向き直り、問いかける。


「全て白状したってことは、観念したんだよな?」

「何を観念するのだ?」

「お前のくだらない工作のせいで、上では大勢死傷者が出てる」

「まさか余を捕まえる気か? くくくっ、これは傑作だ」

「できないと思ってるのか?」

「GPAの驕りもここに極まれりだな。余をなんと心得る? 大勇者グランダメリスの正統なる後継者にして、全世界に覇を唱えるグランダメリス大帝国のフィラデル・グランダメリス=シルバークラウン大帝王であるぞ!」


 力のこもったフィラデルの声が、部屋内に響き渡る。

 メリーナの震えが背中を通して伝わってくる。さすがに彼女も、フィラデルが放つ威圧感には恐怖を感じるらしい。

 さすがは40年も帝位に君臨した男といったところか。


 もっとも、俺にはそんな虚仮脅しは通じないが。


「フィラデル、老いたな。こんな姑息な手で栄光値ポイントを稼いでどうする? 案外、三期目の大帝王に選ばれる自信がないのか?」

「お前たちGPAが原因ではないか。まさか、そんな小娘に栄光値ポイントを稼がせ、余の対抗馬にしようなどとはな」

「お前は権力を握り過ぎた」

「余はまだ健在だ。次の20年も、余が大帝王の座に就いてこそ、世界の安定に寄与するものと心得よ」


 フィラデルはこれ以上ないほど傲慢な物言いをしていた。

 しかし、そうなるのもしかたない。この40年、フィラデルは絶大な権力を握り続けてきたのだ。


 だからこそ、ここら辺で止めておく必要がある。


「お前を放っておけば、今日のようなことが繰り返されるだろう。俺たちGPAは、それを良しとはしない」

「くくく……無駄なことを。お前たちがどれだけ工作しようと、余がその気になれば、栄光値ポイントなどいくらでも得られるのだぞ」

「なんでもかんでも上手くいくと思ってるのか? 今回は、魔法テロで瀕死の重傷を負い、すぐに復活してみせる。それにより、自分を不死身の英雄だとでも印象付けるつもりだったんだろ? だけどその工作も、息子が犯人だとバレたら終わりだ」

「くくく……ズレておる。たかが復活劇のために、余が自ら腰を上げると思うか?」


 フィラデルが不敵に笑う。

 その表情に、俺はなんとも言えない嫌悪感を覚えた。


 するとおもむろに、フィラデルは息子に視線を向ける。

 

 まずい!

 

 そう感じたと同時に、俺は動き出そうとする。


 だが――。


「【無明の一閃フラッシュレイ】」


 フィラデルが魔法を発動させた。


 次の瞬間、少年の胸を、目に見えない閃光が貫いた。


「――ッ!? パ……パ……?」


 少年は悲痛な表情を浮かべ、ほとんど声にならないつぶやきを漏らし、膝から崩れ落ちる。

 

 そして彼は、大量の血溜まりの中で、永遠に動かなくなった。


「くくくっ、ふははははははっ!!」


 フィラデルが狂ったような笑い声をあげる。


 メリーナは俺の背中にしがみつき、ガタガタと音が聞こえてきそうなほど震えていた。

 俺は彼女の表情を確認することができなかった。


 見たら、完全にキレてしまいそうだったから――。


「フィラデル……どういうつもりだ?」

「ただの復活劇では、マジックショーの観客すら熱狂せん。だが、余が自ら、テロの首謀者を討伐したとしたらどうだ? 大衆は熱狂的に余を支持し、莫大な栄光値ポイントをもたらすだろう」

「そんなことのために……たった一度、栄光値ポイントを得るためだけに……自分の息子を殺したのか?」

「ライよ。お前も任務を達成するためなら、なんでもしてきたはずだ。しかし、今回ばかりは相手が悪かったな。その小娘が余の代わりに大帝王になるなど、十三継王家つぐおうけも、民も、誰一人として認めぬ!」


 フィラデルは椅子から立ちあがり、興奮ぎみに喋りながら、自分の息子の元へと歩いていく。

 そしてその遺体を持ち上げ、喜びに満ちた声で言うのだった。


「これぞ、まさに最高の親孝行ではないか!」


 フィラデルは文字通り、血に染まった手を掲げ、恍惚の表情を浮かべていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る