No.030

 視界が戻ると、俺たちは広大な砂漠のような場所にいた。

 空間はどこまでも広がり、遠くの方は景色が霞んでいる。

 太陽は見えないのに昼間のように明るく、なんの音も聞こえてこない。


「ここは、なんなの……?」


 メリーナが俺の腕にしがみついたままつぶやく。

 その視線は、目の前にある街に向けられていた。

 

 ただ、街といっても現代的ではなく、どちらかというと遺跡に近い雰囲気だ。

 建ち並ぶ建造物はどれも巨大で、宮殿のように華やかに装飾されている。

 道は石畳で綺麗に整備されているが、飾り気はなく、無機質な印象を受けた。


幻想蜃気楼イルシオミラージュだ……」


 俺は思わずつぶやいた。

 すると、メリーナが即座に尋ねてくる。


「ここに飛ばされてきた魔法の名前?」

「違う。目の前の建物や、この砂漠みたいな空間を作ってる魔法だ」

「これって全部、魔法なの?」

「ああ。本来、ここはただの地下空間だ。そこに、現実には存在しない空想上のモノを、蜃気楼のように出現させている。ただし蜃気楼とは違い、実在するモノとして触れることができるんだよ」

「そんな魔法、聞いたことないわ……」

「大魔法時代の魔法だからな」

「1000年前のものなの!? そんなに昔の魔法が発動したままってこと?」


 メリーナはとても信じられないといった顔で尋ねてくる。

 それに対して、俺は無言でうなずく。

 

 しかしメリーナが知らなかったのは意外だ。

 何しろ、この場所を造ったうちの一人は、メリーナのご先祖様なんだからな。



 ◆◆◆



 俺たちは魔法で造られた街を進んでいく。

 実際に歩いてみても、実体がないとは思えない場所だ。

 道も壁も建物も、触れたり叩いたりしてみても、本物と寸分違わぬ感触を受ける。


 ただ、なんの音も聞こえてこないところは不気味だった。

 人どころか、ここでは生命の気配を全く感じないのだ。


 どんどん街の奥へと進み、やがて俺たちは一つの巨大な建物に入った。

 銀色の装飾が施された宮殿のような建物だ。


「……ねえ、なんでこの建物に入ったの?」


 メリーナが恐る恐る尋ねてくる。

 当然の疑問だ。ここに来るまでに、他にいくつも建物があったが、俺は入ろうとしなかったからな。

 もちろん、理由はちゃんとある。


「シルバークラウン家の王宮だからだ」

「それって、フィラデル様のお家だからってこと?」

「フィラデルが関係あるかは知らないが、ここに飛ばされた時に使った石板。アレに書かれてあった呪文は何色に光った?」

「確か銀色……あっ! 空間転移の魔法に、<無純むじゅん系>を使うのは珍しいとは思ったけど……」

「十三継王家つぐおうけは、魔法を多くの系統に分け、それぞれ分担して管理している。他家が管理している系統の魔法を勝手に使うことは、継王家同士の宣戦布告に近い」

「うん……わたしも、ウチの家が管理してる系統以外の魔法は、絶対に使っちゃダメって、子供の頃から厳しく言いつけられてたわ」

「法を破って使う者はともかく、十三継王家であれば尚更、そのルールは破りづらいものだ」

「じゃあ、あの空間転移の魔法を使ってたのは、シルバークラウン家の人ってこと?」

「それを今から突き止めに行くんだ」


 そんな話をしているうちに、俺たちは建物の最奥と思われる場所に辿りついた。

 目の前には、馬鹿みたいに巨大で、仰々しい扉がある。

 その扉を開き、俺たちは部屋の中へと入った。

 

 そこは謁見の間のようだった。部屋は円形の大きな空間で、天井も遥か高くにあり、壁際には巨大な石像が並んでいる。ライトとは違う青白い光が辺りを照らし、幻想的な雰囲気を醸し出していた。


 部屋の奥の方に、これまた巨大な椅子が置かれてある。

 そして椅子には、すでに一人の男が座っていた。


 男の長い髪と髭は白銀に染まり、顔には深いシワが刻まれている。しかし眼光の鋭さに衰えはなく、全身から重厚な気を発している。


 その人物を見て、メリーナは驚嘆の声をあげた。


「フィラデル様!?」


 正直なところ、俺も驚いた。

 あの魔法テロによって、重症を負ったはずの大帝王が、なぜか目の前に座っているのだ。

 見たところ、傷一つ負っていないように見えるが。


「随分と早く回復したんだな」


 俺が声をかけると、老齢の男は皮肉めいた笑みを浮かべる。


「久しいな、ライ・ザ・キャッチーよ。お前とこうして話すのは何年振りになるか」

「思い出話より、どういうことか教えてもらえると助かるんだけどな」

「お前ともあろうものが、余の真偽も見抜けなんだか」


 そのフィラデルの言葉で俺はピンときた。


「影武者か……」

「くくく……まさか、あのライ・ザ・キャッチーまで騙せるとはな。この程度の栄光値ポイント稼ぎで無駄にするには惜しい人材だったか」


 フィラデルの話し方で、奴が何をしたのか段々と理解してきた。


 俺はその確証を得ようと、次の質問を用意する。

 しかしメリーナが先に、フィラデルに話しかけてしまう。


「フィラデル様! わたし、サンダーブロンド家のメリーナです!」

「ふむ。そなたは見違えたな。先の婚約式では、余の都合ゆえ列席せなんだが、心苦しく思っておった」

「いえ……あの時は、いらっしゃらないほうが、わたしとしても良かったので……」


 さすがのメリーナも、大帝王の前だと最低限の礼儀を示せるんだな。

 と、俺は妙に感心していた。


 その間にも、フィラデルとメリーナの会話は続いていた。


「して、そなたは余に訴えたき事柄でもあるのか?」

「いえ……わたしはただの付き添いですので。あっ、でもフィラデル様がご無事で何よりです」


 とってつけたような見舞いの言葉を口にするメリーナ。

 さっきの俺の話を聞いてなかったのか?

 確かにまだ、全ての事実が明らかになったわけではないが。


 というわけで、俺はメリーナに代わり、フィラデルに問いかける。


「フィラデル。パレード車に乗ってたのは、お前の偽物だったんだな?」

「ライよ、今となっては、お前くらいだ。余の名を呼び捨てる者などな」

「慇懃無礼がご所望か?」

「まあよい。ここには他に誰もおらん。特別に許してやろう」

「答えろ。全部、お前の自作自演だったのか? 影武者を使い、わざと自分を狙わせたのか?」

「お前たちのやり方を真似てみたくなったのだよ」

「……パレード車に魔法を放った犯人はどこにいる?」

「では、特別に見せてやるか」


 そう言いながら、フィラデルは横の柱に視線を向けた。

 すると、すぐに柱の陰から何者かが現れる。


 全身黒ずくめで、パーカーのフードを目深にかぶった、背の低い人物だ。

 間違いない。魔法攻撃を仕掛けた犯人だと考え、俺たちが追いかけていた奴だ。


「何者だ?」


 俺が問いかけると、その人物がフードを上げて顔を見せる。


 少年だった。髪は銀色で、顔にはあどけなさが残る。まだ十二、三くらいだろうか。

 しかし態度は堂々としたもので、人を見下したような笑みを浮かべていた。


「ねえ、パパ。こいつら、殺したほうがいいの?」


 銀髪の少年が、フィラデルに問いかける。

 子供のくせに、なかなか恐ろしい発言をする奴だ。


 しかし、まさか魔法テロを起こした犯人が大帝王の息子だったとはな……。

 つまりフィラデルは、息子に自分の影武者を狙わせたことになるが。


「パパ、やっちゃってもいいよね?」


 また少年がフィラデルに問いかけた。おもちゃでもねだるような言い方だ。

 ただ、フィラデルは何も答えず、俺と睨み合っていた。


 さすがにフィラデルも、そこまで馬鹿じゃないはずだ。

 俺だって、こんな子供を相手にしたくはない。


 それでも、いざとなったら……。


 俺はちらりと横を見る。メリーナは俺の腕をぎゅっと握り、かすかに震えていた。

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