No.029

 俺とジーノが行き着いたのは、建物に囲まれた広場のような場所だった。といっても、10人も入れば身動きできなくなるほど狭いところだ。


 隠れられるようなスペースもないし、建物に入れそうなドアや窓も見当たらない。取り囲む建物も高く、空は遥か上のほうに見える。

 まるで、深い井戸の底にいるようだ。


「……どういうことっすか?」


 ジーノが尋ねてくる。が、俺に聞かれても困る。


「他に抜け道とかないのか?」

「いやぁ……見たまんまだよ。完璧な袋小路なんだけどなー」

「だったら、なんで消えたんだ?」

「あっ! 魔法を使ったんじゃね?」

「仮に使ってたら、臭いが残ってるはずだ。俺たちがここに辿り着くまで、数秒の差しかなかったんだからな」

「ですよねー」


 ジーノはふざけた態度で俺の意見に賛同したが、実のところ魔法は有力な候補だ。


「……魔法で抜け道を作ってる可能性はあるな」

「えっ、あんの? ボス、今ないって言ったばかりじゃん」

「俺が魔力の臭いを感じるのは、魔法が発動する時や、魔導機器が作動する際に、魔力が漏れるからだ。もし魔法がすでに発動していて、それから長い時間が経っている場合は、俺にも察知できない可能性がある」

「なるほどね。恒常的に効果を発動させるみたいな。結界とかはそうなるのか」

「そうだとしたら、媒介物や魔法陣なんかが残ってるはずだ。この空間のどこかにな」


 俺はそう言いながら、ジーノに視線を向ける。


「……あっ、もしかしてオレに探せって言ってます?」

「3ヶ月分の経費は諦めるのか?」

「おっと、こりゃまた気をつかってもらいまして。へいへい、頑張って探させてもらいますよー」


 ぶつくさと、いらないことを喋りながら、ジーノは広場内を探索し始めた。


 それから程なくして、ジーノが俺の元へ駆け寄ってくる。


「ボスー、なんかヤバそうなモン見つけちゃいましたー」

 

 ジーノが差し出したのは、薄い石板だった。大きさは、手のひらと同じくらいだ。

 その石板には、文字が刻まれてある。


「これは……」

「ヤバいっしょ?」


 ジーノが言うように、めったにお目にかかれない貴重なものだ。もっとも、こいつは理解していないだろうが。


「大魔法時代の呪文だな」

「うええぇッ!? マジで?」


 ジーノはひっくり返りそうなくらい大げさに驚いていた。

 やっぱり理解してなかったのか。


「そういえば、この街の地下には魔法都市があったな」

「そうなん!? 初めて聞いたんだけど」

「都市といっても、今は誰も住んでない。大魔法時代の遺物だよ」

「へぇー……ってことは、1000年前のことか。しかしオレでも知らないってことは、それってだいぶシークレットな情報じゃね?」

「魔法の知識も、歴史も、使用権も、すべては十三継王家つぐおうけのものだからな。奴らが情報開示するはずがない」

「でもウチのボスは知ってんだよなー。ホント、何者なんすか、あんた」

「それを知ったら、お前を生きては帰せなくなる」


 そう言ってやると、ジーノは大慌てで俺から距離をとった。


「冗談だ。戻ってこい」

「へへっ……へへへっ……わかってましたって、それくらい」


 ジーノのことは無視して、俺は石板を見つめる。そして少しだけ魔力を手にこめた。

 すると、石に刻まれた文字が、かすかに白銀の光を放ち始める。


「待った待った待ったー!」


 ジーノが騒ぐので、俺はいったん力を抜いた。


「うるさいぞ」

「いま明らかに魔法を発動させようとしたよね?」

「この魔法はすでに発動してる。あとは少し魔力を流すだけだ」

「細かい仕組みは知らんって。つまり何か起きるってことでしょ?」

「恐らく空間転移の魔法だな。魔法都市との往来に使ってたんだろ。<空間くうかん系>は<シャルトルーズウィング家>が得意なんだが、この文字は銀色に光った。つまり、これは<シルバークラウン家>の魔法ってことになる」

「よくわかんないけど、その石板に魔力をこめると、地下の魔法都市に行っちゃうってことでオーケー?」

「恐らくな。ただ……」


 この石板に文字が刻まれたのは、最近のことだ。

 呪文を見る限り、使われているのが古代魔法なのは間違いない。

 つまり何者かが、現代で古代魔法を使ったことになる。

 帝国魔法取締局マトリの警戒が厳しいこの町で、そんなことができる人間など数えるほどしかいないはずだが……。


 俺が一人で考えていると、ジーノがいつもの軽い口調で声をかけてくる。


「とりあえず喉乾いたんで、一回帰っていいっすか?」

「ふざけたことを言うなよ?」

「いや、だってめっちゃ走ったんすよ? 酒と言わずとも、水くらい飲ませてよ」

「ジーノ、お前……仕事ナメてんのか?」

「ナメてないって! だけど、オレとボスとは次元が違うんだって! 頭脳も肉体も魔法の才能も、ボスとは違う世界にいるんだから!」

「だったら、なんなんだ?」

「行くなら一人で行って」


 そう言ってジーノが笑顔を見せた瞬間、危うく俺は奴に向けて魔法を発動させるところだった。


 その時、広場の入り口の方から人の気配を感じた。


 まさかと思い振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。

 彼女は黄色のワンピースを着て、金色の髪をなびかせ――そして、とびっきりの笑顔を浮かべていた。


「やっと見つけた……ハァハァ」


 息を切らせながら、嬉しそうに言うメリーナ。

 一方、俺の思考はだいぶ混乱していた。


「おっ、メリーナ様じゃん。来てくれたの? 歓迎するぜ」


 ジーノはほとんど驚くこともなく、気軽に声をかけていた。

 そんな愚かな男の顔を、俺は無言で睨みつける。


「おっと……スミマセン。勝手に話しかけちゃいけないの、忘れてました」


 そこじゃない。が、もういちいち相手にするのも疲れた。


 俺はジーノを無視して、メリーナに声をかける。


「なんで来たんだ?」

「わたしがあの場にいても、できることはなくて……。それに、十三継王家の護衛隊とか、王宮魔法士がやってきて、わたしの顔がバレそうになって……」

「なるほど……。すまない、それは俺の想定が甘かった」

「ううん、そんなことないわ。でもロゼットさんが、マトリの人が来るかもしれないから、さすがに帰ったほうがいいって言って……」

「ん? 帰れって、家に帰れってことじゃないのか?」

「じゃあ、せっかくだからライに会いに行っちゃおうって思ったの」


 ……会話が噛み合ってない気がするんだが。


 メリーナの思考回路が、俺には全く理解できなかった。

 すると、横からジーノが耳打ちしてくる。


「いいねー、情熱的で。オレはボスと彼女、両方とも応援してますよ」


 グッと親指を立てるジーノを、俺は想像の中でぶっ飛ばしておいた。


「危険だから帰るんだ」


 俺は極めて冷静に、一言だけメリーナに告げた。

 しかし彼女は首を大きく横に振る。


「いや! 帰らないわ!」

「なぜだ?」

「わたし、あなたに恋してるんだもの!」


 ……やっぱり話が噛み合ってない。


 そして懲りないジーノが、肘で俺を小突いてくる。


「ヒューヒュー、この色男。出会う女、みんな惚れさせて。憎いねー」


 こいつは本気で消すしかないな。


 しかし今はそれどころじゃなかった。

 ジーノに制裁を加える暇もないし、メリーナを説得する時間も惜しいのだ。


「ついてくるなら絶対に俺のそばから離れるなよ」


 俺は諦めてメリーナにそう告げる。

 と、メリーナは満面の笑みでうなずくのだった。


「うん、二度と離れないわ!」


 そしてメリーナが思い切り飛びついてくる。


 ……うん、もういいや。


 彼女の言動については、考えてもしかたないのだ。

 それよりも対策するべきは、目撃者のほうだ。

 

 俺はジーノを睨みつけ、言っておく。


「いいか? ここで見たこと、聞いたことは、誰にも言うなよ。俺が本部に戻って、誰かの機嫌が悪かった時は、お前の人生は終わりだ」

「ハハハ……ボス、目がマジですやん」

「それと、お前は今から本部に戻って、アイマナに魔法都市の情報を集めさせろ。俺から2時間以内に連絡がない場合は、プリを送り込んでこい」

「了解っす!」


 ジーノに指示を出してから、俺は改めて石板を見つめる。

 すると、メリーナが不思議そうな顔で尋ねてくる。


「なんでプリちゃんなの?」

「……なんの話だ?」

「わたしたちになにかあったら、プリちゃんに助けてもらうってことなんでしょ?」

「こういう時、ウチのチームで俺の次に頼りになるのはプリだからな」

「えぇっ!? そうなの?」


 メリーナは目をまんまるくして驚いていた。

 まあ正直なところ、俺も自信を持って言えるわけじゃないが……。


 多少の不安を残しつつも、俺は呪文が書かれた石板に魔力をこめる。

 次の瞬間、俺とメリーナを銀色の光が包み――。


 視界が暗転した。

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