No.028

 俺の周りには、大勢の人が倒れ込んでいた。

 怪我人は痛みを訴えたり、助けを求めたりしている。動きのない者は重症者か、あるいは――。


 直接の被害を免れた人々も、パニックに陥り、四方八方に逃げまどっていた。

 悲鳴や怒号、サイレンの音がけたたましく響いている。


 混沌とした状況の中、俺はまずメリーナの状態を確認することにした。


「大丈夫だったか?」


 見たところ、メリーナに外傷はない。意識もあるし、俺の言葉にも反応している。

 驚きのあまり表情が固まっているが、それくらいで済んだのなら幸いだ。


「わたしは、なんとも……でもライが……」


 メリーナは俺の身体を見て、深刻そうな表情でつぶやく。ジャケットがボロボロになっていたせいだろう。

 ただ、見た目ほど大したダメージは受けていない。


「ライライ!」

「ボス!」


 すぐにロゼットとジーノが駆け寄ってくる。

 二人は運良く、ほとんど被害を受けなかったようだ。


 俺は立ち上がり、メリーナも抱き起こした。

 するとロゼットが心配そうな顔で尋ねてくる。


「大丈夫なの?」

「俺は問題ない。メリーナも無事なはずだ」


 俺はボロボロのジャケットを脱ぎ捨てながら答えた。


 ふと、魔力の臭いを感じ、車道の方に目を向ける。

 ちょうど、魔法攻撃の爆心地になった辺りだ。


 そこには、原型が残らないほど破壊されたパレード車が転がっている。その周りを走っていた車も、派手に吹っ飛ばされている。


 破壊されたパレード車のすぐ側では、銀色のローブをまとった魔法士たちや、護衛兵たちが大きな輪を作っていた。

 恐らくあの中心に、フィラデル帝がいるはずだ。

 

 ただ、事態は深刻そうだった。

 

 これだけ離れているのに、むせ返りそうなほどの魔力の臭いを感じる。つまり、それだけの回復魔法が使われているのだ。


 恐らくフィラデル帝は重症だろう。下手したら、生死の境を彷徨っている。


 いくら不意打ちだったとはいえ、あのフィラデルが瀕死の重傷を負うほどの魔法攻撃か……。


「ジーノ、魔法が放たれる瞬間を見たか?」

「放たれた瞬間は見てないけど、赤い閃光が横切ったのは見えたぜ」

「だったら、犯人がどの辺りにいたのか、わからないか?」

「そうだなぁ……道のこっち側だったのは間違いないけど、たぶんあの辺かな?」


 ジーノは、少し離れたところにある街路樹を指差した。

 当然、その辺りに怪しい人物はいない。倒れ込んだ怪我人と、救助する人間がいるだけだ。


「すでに逃げたか……」


 そうつぶやいた時、ふいに強い魔力の臭いが、俺のすぐ横を通り過ぎっていった。


 振り向くと、全身真っ黒の装いをした、背の低い人物が目につく。

 そいつは、目深に被ったパーカーのフードの隙間から、こっちを窺っていた。


 そして、目が合ったと同時に俺は声をあげる。


「あいつだ! ジーノ!」

「おうよ!」


 ジーノが走り出す。と、黒いパーカーの人物もすぐに逃げ出した。


 俺もすぐに後を追おうとする。

 が、その前にロゼットに指示を出しておく。


「ここはロゼットに任せる。<医療系>の魔法も使っていい。すぐに救助の魔法士も駆けつけるだろうから、そいつらと連携して、負傷者の治療と一般人の避難を最優先に頼む。それと、アイマナに連絡して、GPAの暇な連中を派遣させろ」

「フィラデル帝は?」

「放っておけ。あいつの周りにいるのは、国内最高峰の魔法士たちだ。奴らに救えないなら、誰にも救えない」

「ライライでも?」


 ロゼットに問われ、一瞬の間に様々な思いが胸のうちに湧く。

 だが、俺は首を横に振った。


「それは俺の仕事じゃない」


 今の俺に課せられている任務は、メリーナを大帝王に即位させること。そして彼女が即位した時に、少しでも安全に過ごせるような環境にしておくことだ。


 それならば、大帝王の命を狙う犯人の正体と、動機を突き止めることの方が重要だ。


「ライ……フィラデル様を助けてあげないの?」


 メリーナがすがるような目を向けてくる。

 俺はその問いかけにも、無言で首を横に振る。


 もしかしたら俺の判断は彼女を失望させたかもしれない。

 だが、それでも構わない。これが俺の役目なのだ。


「メリーナはロゼットの側を離れるな。また攻撃があるかもしれないから、単独行動は絶対にしないでくれ」


 俺はメリーナに強く言いつける。

 それからロゼットと無言で頷き合い、走り出した。



 ◆◆◆



 大通りから外れた細い道を走っていくと、程なくしてジーノの姿を見つけた。

 俺はジーノに追いつき、並走しながら尋ねる。


「奴はどこだ?」

「いやぁー、ちょびっと見失ったかも」

「お前な……」

「おおっと、大丈夫大丈夫。この辺りの地理は完璧に頭に入ってるからね。最終的に奴が行き着く先は、お見通しだぜ!」

「本当だろうな?」

「疑うなら、ボスの魔法で空をビューンって飛んで、見つけちまおうぜ」

「もう帝国魔法取締局マトリ出張でばってるはずだ。この状況で魔法なんて使ったら、犯人にされかねないだろ」

「めっちゃ一理あるー。じゃあ、地道においかけっこしーましょ」


 ふざけたことを言いながら、ジーノがスピードを上げる。

 どうやら、本当に目星はついていたらしい。


「あそこ!」


 ふいにジーノが前方を指差す。

 まだ距離はあるが、黒ずくめの人物が見えた。


「逃がすな!」


 俺たちは全力で走る。

 しかし、黒ずくめの人物も負けじと逃げていく。


「ヤバいって! めっちゃはえー! あいつの方がちっちゃいから、こういう狭いところは有利なんだー」


 聞いてもいないことをベラベラと、ジーノは早くも言い訳モードに突入していた。

 とはいえ、実際に厳しいのも事実だ。


 クリスタルプロムナードの裏路地は、まるで迷宮のように入り組んでいる。しかも道は狭く、そこら中にゴミや鉢植え、店の看板なんかが置かれているのだ。

 それを避けながら走るのは、さながら障害物競走のようだった。


「ハァハァ……マジで差が縮まんねぇ!」


 いよいよジーノの呼吸が荒くなってきた。

 こいつのことだ、そろそろ本気で諦めそうな気がする。

 なので、俺はニンジンをぶら下げることにした。


「あいつを捕まえたら、この3ヶ月のことは不問にしてやる」

「マジっすか!? ついでに経費も精算していい?」

「それってギャンブルのだろ?」

「必要経費じゃん!」


 一瞬ぶん殴ろうかなと思ったが、俺は冷静に損得を考え踏みとどまった。


「そうだな……お前が捕まえたら、全部認めてやるよ」

「よっしゃー! マジ、速攻カマすぜー!!」


 ジーノは絶叫すると、さらにスピードを上げた。

 いったい、どこにそんな体力が残っていたのか。逆に今まで手を抜いてたんじゃないかと思うほどだ。


 黒ずくめの人物は、何度も道を曲がり、俺たちを巻こうと試みていた。

 しかし確実に、その距離は詰まっていく。

 そして――。


「よーし、そっちは行き止まりだぜー!」」


 黒ずくめの人物が角を曲がった瞬間、ジーノが歓喜の声を上げた。

 そして、わずかに遅れて俺たちも角を曲がる。


 ――しかし、そこに奴の姿は見当たらなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る