No.027

 恐ろしげな一言をつぶやいたのは、ロゼットだった。彼女の低く抑えた声の奥底からは、マグマのような激しい怒りを感じる。


 しかし当の本人には届かなかったようで、ジーノの軽い口調の自分語りが続いていく。


「でもオレ、ちゃんと仕事はしてたんだぜ? いろんな国の武器商人やら、軍部やら、マフィアやら、反魔法団体やらに探りを入れてさ。だけど目をつけられて、なかなか連絡もできなくて……。そんで、そろそろ帰ろうとしたんだけど、金はないし、目立つわけにもいかないから、ほとんど徒歩でこの国まで戻ってきたってわけ」


 ジーノの話は、ほぼ俺が想像していた通りだった。

 いちいち怒るのも馬鹿らしいので、俺は最後に確認だけしておくことにした。


「収集した情報は、ちゃんとアイマナに渡したんだろうな?」

「もちろん! まあ、大した情報はないって切り捨てられたけどね。でも、今回の任務のことはちゃんと聞いたぜ。任せてくれよな、ボス」

「……アイマナ、怒ってなかったか?」

「『ジーノさんは死んだことにしました』って言われちまったよ、ハハハハハッ!」


 なぜかジーノは馬鹿笑いをする。

 そもそも、こいつに対する反応を聞いたわけじゃないんだが。


「それで、なんでお前がここにいるんだ?」

「せっかくだから挨拶しておこうと思ったんだよ。でも、邪魔しちゃったかな?」


 ふざけたことを言いながら、ジーノはメリーナに顔を向ける。

 そして、わざとらしく畏まった態度で話しかけた。


「メリーナ様ですね? お初にお目にかかります。オレはジーノ・ウーヴァと申します。以後お見知りおきを」

「えっと……普段通りに話してくれて構わないわよ」

「マジで? じゃあ、気軽に絡ませてもらうんで、ヨロシクっす!」


 ジーノがそう言った瞬間、ロゼットがその紫色の後ろ髪をグッと引っ張る。


「アイタタタタ! なにすんの!? イテーって!」


 強制的に腰を反らす体勢にさせられ、ジーノは悲鳴をあげていた。

 その顔を上から覗き込みながら、ロゼットはドスのきいた声で言うのだった。


「テメー、あんまナメた態度とってると、灰にすんぞ?」


 ロゼットの脅し文句に、ジーノの顔はあっという間に蒼白になる。


「ご、ごめんなさい……次からは、メリーナ様に声をかける際はボスの許可をとります……」


 ジーノが半べそをかいたところで、ロゼットがようやく手を離す。

 紫色の軽薄な男は、その場に崩れ落ちた。


「…………」


 ロゼットとジーノのやりとりを間近で見て、さすがのメリーナも絶句していた。

 すると、その視線に気づいたロゼットは、わざとらしい笑顔を見せる。


「アハハハ……違うのよ。あたしは、教育係として礼儀を教える必要があったの。だから、今のはわざとよ、わざと。なにも恐くないからね、ふふふっ」


 しばらくのあいだロゼットは、大して意味もなさそうな弁明を必死に喋っていた。

 それでメリーナの印象がよくなったかどうかは、俺には知るよしもない。



 ◆◆◆



 相変わらずの人混みに揉まれて待っていると、ようやく大きな歓声が聞こえてきた。


「パレード、始まったのかしら?」


 メリーナが興奮気味に聞いてくる。よほど楽しみなのか、その金色の瞳がランランと輝いていた。


 しかし自分も継王家つぐおうけの王族なのに、大帝王のパレードを見たがるのは不思議だ。

 会おうと思えば会えるくらいの立場だろうに。

 

 そんなことも思ったが、俺も今日はできるだけ彼女の要望を叶えてやるつもりだった。


「よし、もう少し近くに行くか」


 俺たちはパレードが見やすい位置を求め、移動を開始する。

 

 しかし程なくして、ロゼットが息も絶え絶えに訴えてくる。


「ハァハァ……ライライ、ここら辺でいいんじゃない?」


 ロゼットは人混みに揉みくちゃにされ、限界のようだった。

 一方、お軽い調子の男は、まるで平気な様子だ。


「ボス、オレはどこまでもおともするぜ!」


 しかしジーノは何か勘違いしているようなので、俺はちゃんと言っておくことにした。


「お前の同行を許可した覚えはないぞ。さっさとオフィスに帰ったらどうだ?」

「そんなぁ! 一緒にいさせてくれよ。一人で帰って、またマナちゃんとプリに無視されるのは耐えられないって!」


 ジーノが悲痛な訴えをしてくる。自業自得なので全く同情できないが。


 俺はジーノを無視して、メリーナに視線を向けた。

 すると、彼女は楽しげな笑顔で言うのだった。


「わたしはここで充分よ。ちょっと背伸びすれば見えると思うし」


 メリーナの裁定により、俺たちは人混みの後方からパレードを見物することになった。


 そうこうしているうちに、歓声の波が近くまで押し寄せてくる。


「あっ! 見えてきたわよ!」


 メリーナがピョンピョンと、何度もジャンプしながら叫ぶ。

 俺も背を伸ばし、人のざわめきが大きい方に目を凝らした。


 遠くから、キラキラと輝くパレード車が近づいてくる。それは通常の車よりも遥かに大きく、城のような見た目の乗り物だった。車体の至る所に銀白の装飾が施され、豪華で荘厳な見栄えとなっている。


「城のテッペンにいるのがフィラデル帝かー、派手だなー」


 ジーノが感心したように呟いていた。

 その言葉に対して、ロゼットが半ばキレ気味に応じる。


「あんた、見たことないの? 40年間も君臨してる、大帝王様よ?」

「いや、こうやって生で見たのは初めてだからさ。写真とかで見るのと変わらないんだなー、って思って」

「なにその馬鹿みたいな感想」


 ロゼットは本気でイラついているようだ。まあ、それもしかたない。

 ここ2ヶ月のロゼットの仕事は、失踪していたジーノの仕事を、ほぼ引き継いでいたようなものなのだ。

 それが結局、外国でギャンブルして遊んでたと言われた日には――。


「おいおい、当たり強いんじゃね? ダイエット中か、ロゼット?」

「『さん』をつけろよ! この毒虫野郎!!」


 ジーノの不用意な発言により、またロゼットが紫色の髪を掴んで引き倒そうとする。


「アイタタタタ! イテーってば!」


 ジーノが叫ぶたびに、俺のため息が増えていく。

 揉めるのは勝手だが、せめてメリーナが見てないところでやってくれないかな。


「アハハハ……」


 メリーナは愛想笑いで誤魔化していた。

 俺はさりげなくメリーナを引き寄せ、ロゼットとジーノから距離をとっておいた。


 しばらくすると、フィラデル帝の乗る車両がすぐ目の前にまで近づいてきた。

 俺の視界にも、フィラデルの顔が映り込む。


 随分と老けたものだ。長いヒゲは銀白に染まり、顔には深い皺が刻まれている。眼光の鋭さは変わらないが、前に会った時よりは痩せただろうか。


「あっ、そうだ! 挨拶とかしたほうがいいのかな?」


 メリーナが突然妙なことを言い出す。さすがにそんなことを俺に聞かれても困るんだが。


「やっぱり大帝王と面識はあるんだな」

「うん。少しだけ。去年、わたしの婚約式をする時も、招待したのよ。断られちゃったけどね」

「あの船だと、警備体制が不安だからな」

「えっ? なんでライが船のことを知ってるの?」


 ――ヤバっ。


 そうだ。あの船で俺と会ったことは、メリーナの記憶から消したんだった。

 完全に油断していた。というか、忘れていた。

 

「ねぇ、ライ。もしかしてわたしたち、あの誘拐事件の前に会ったことがあるの?」


 メリーナは汚れのない純粋な瞳で、じっと見つめてくる。

 この金色の瞳を見つめ返し、嘘をつくたび、俺は自分がどうしようもなく卑怯な人間だと思い知らされる。


 だけど、俺にはそうする以外にないのだ。


「俺たちが初めて会ったのは、あの高層ビルの薄暗い部屋だよ」

「そっか……そうよね。ごめんなさい、変なこと聞いちゃって」


 メリーナが照れ笑いを浮かべ、謝る。

 その顔を見ていられず、俺は視線をそらした。


 ふと、大通りの方から視線を感じる。

 フィラデル・グランダメリス=シルバークラウンがこっちを見ていたのだ。

 奴が見ているのは……俺か?


「――ッ!」


 その瞬間、嫌な臭いが鼻をつく――。


「伏せろ!」


 俺はありったけの声で叫び、メリーナを抱きかかえて地面に転がった。


 直後、通りを埋める人混みの中から、強烈な魔法が放たれた。


 倒れ込む俺の視界が捉えたのは、灼熱の赤い光が空気を切り裂き、フィラデルが乗るパレード車に向かう映像だった。


 ドオオオオオオンッ――。


 腹に響く破裂音と同時に、爆風が辺りに吹き荒ぶ。

 人混みに阻まれ、俺は魔法を使うタイミングを逸した。

 とっさにできたことといえば、自分の身体を挺してメリーナを庇うことくらいだ。


 ……………………。


 一瞬の静寂と耳鳴り。

 ほんの数秒だけ途絶えていた意識も、はっきりとしてくる。


 そして次に俺が顔を上げたときには、あたりには地獄絵図が広がっていた。

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