No.026

<ニュールミナス市/クリスタルプロムナード>


 日が高くなった頃、俺はメリーナとロゼットと一緒に、<クリスタルプロムナード>にきていた。

 ここは、メインの大通りに高級商店が並び、落ち着いた大人の街として知られている場所だ。


 ただ、今日は普段と違い、大通りは興奮した群衆であふれていた。


「想像以上の人混みだな……」


 俺は思わず呟いた。

 肩と肩がぶつかり合うほどの密集度に、少し息苦しさを感じる。


「ここにいる人たちはみんな、フィラデル陛下を見にきてるのよね?」


 俺の左隣を歩くメリーナが尋ねてきた。

 それに対して俺は、軽くうなずいて答える。


「大帝王がこんな場所に姿を現すことは、めったにないからな」

「なんだかお祭りみたいでワクワクするわね」


 そう言って、メリーナは目を輝かせる。

 俺は、彼女の麦わら帽子をさらに深く被らせ、一応注意しておく。


「あまり目立つなよ」


 今日のメリーナは、華やかな黄色のワンピースに身を包んでいた。

 服装に文句をつける気はないが、彼女はただでさえ目立つ外見をしているのだ。

 すらりと伸びた長い手足に、細身の長身。腰に届きそうなほど長い金髪は、風にさらさらと揺れている。


 群衆に紛れるには、麦わら帽子だけでは足りなかったかもしれない。


「ねえ、ライ! また露店のジェラートを食べましょうよ」


 メリーナが楽しそうに俺の腕を引く。

 まあ、今日くらいは好きにさせてやろう。


 ここのところ、栄光値ポイント稼ぎばかりしていて、メリーナには休む暇を全く与えてなかった。

 なので今日は、メリーナに休息をとってもらうことにしたのだ。


 リクエストを聞くと、メリーナはお祭りみたいなところに行きたいと言う。

 そこで、<フィラデル・グランダメリス=シルバークラウン即位40周年記念パレード>を見にきたというわけだ。


 正直なところ、もっと人の少ないところを選べばよかったと思っている。

 ただ、それよりも問題なのは――。


「確認しておくけど、これはデートではないからね」


 俺の右隣にいる人物である。

 彼女は今日も赤く長い髪に、ゆるふわのウェーブをかけ、メイクはバッチリ。そして露出度の高い、派手な赤い服に身を包んでいた。


「わかってるわ、ロゼットさん」


 メリーナは、ロゼットの睨みつけを軽くいなし、屈託のない笑顔を見せる。

 たぶんロゼットは、この笑顔が苦手なんだと思う。


「……それならいいのよ。ね、ライライ?」

「俺に話を振るな。というか、なんでお前までついてきてんだ?」

「ふふっ、わざわざ言わないとダメかしら?」


 眉間にシワを寄せたまま、無理やり笑顔を作るロゼット。

 どこぞの不良だって、もう少しマシな笑顔を作れるだろうに。



 ◆◆◆



 俺たちはジェラートを食べながら、相変わらずの人混みの中を歩いていく。

 そんな中、メリーナが俺に尋ねてくる。


「まだパレードは始まらないのかしら?」

「予定通りなら、そろそろだ。でも、ちょっと人が多すぎる。中止になるかもな」

「なんで人が多いと中止になっちゃうの?」

「命を狙われる危険があるからだよ」

「えっ……フィラデル陛下って命を狙われてるの? 誰に?」


 メリーナは信じられないといった顔をする。

 純粋で世間知らずな彼女には、想像もできないことなのだろう。


 そんなメリーナの疑問には、俺よりも先にロゼットが反応した。


「誰に、ってわけじゃないわ。大帝王様ともなれば、年がら年中、命を狙われ続けるものよ。世界で最も重要な人物なんだから」


 ロゼットの言う通りだ。歴史的にも、世界情勢的にも、この国の政治や社会にとっても、<グランダメリス>の名を冠する人間ほど、影響力のある人間は他にいない。

 だからこそ、様々な理由で、あらゆる者から命を狙われる。


「それが大帝王の宿命ってことなのね」


 メリーナのつぶやきが、俺の胸に重くのしかかった。

 今の俺の任務は、彼女をそんな危険な地位に就かせることなのだ……。


「ライ、どうかしたの?」


 ふいにメリーナが俺の顔を覗き込んできた。

 一瞬ドキッとしたが、俺はすぐに笑ってみせる。


「なんでもない。気にしないでくれ」


 俺がそう答えると、メリーナはなぜか優しく微笑んだ。

 そして、持っていたジェラートを差し出してくる。


「わたしはライを信じてるからね」


 そう言った後も、メリーナはずっと俺にジェラート差し出していた。

 これは食べろってことなのか?


 ……しかたない。

 俺は覚悟を決め、メリーナのジェラートに口を近づける。

 しかし――。


「はむっ」


 横からロゼットに食べられた。

 そして彼女は、堂々と意味不明なことを言い出す。


「こういうことを防ぐために、あたしはここにいるのよ」

「恋のライバルだものね!」


 なぜか応じるメリーナであった。

 まあ、ロゼットの苦々しい顔を見ると、微妙に会話は噛み合ってなさそうだが。


 そんなやりとりをしている時だった。


「おーい!」

 

 突然人混みの中から声が聞こえた。

 声の方を見ると、一人の男が、両手を大きく振りながらこっちに近づいてくる。


 男は紫色の短髪に、紫色のシャツという派手な格好をしていた。

 その姿に、俺は見覚えがあった。


「ジーノか」

「へい、ボス。元気にしてた?」


 近くまでくると、奴は相変わらずの軽い調子で挨拶をかわす。

 反射的に手が出そうになるのをグッと抑え、俺は一応聞いてみることにした。


「お前、今までどこにいた?」


 抑えたつもりだったが、思っていた以上に怒りが漏れていたらしい。

 ジーノの笑顔が、一瞬で怯えた表情に変わる。


「ヒッ……そんなに怒らないでくれよ。しょうがなかったんだ。色々あって、今日の朝、帰国したばかりでさ……」

「この3ヶ月、連絡もなく何をしてたのか聞いてるんだ」

「えっと……話しても怒らない?」

「選択権があると思ってるのか?」

「わ、わかったよ! 話す! 話しますって! でも本当に大変だったんだ。国外で、浮遊魔導艦の情報を探っててさ」

「それは知ってる」

「まずはオレ、<ランバル共和国>に行ったんだよ。だけど、そこで荷物と金を盗まれちまってさ。しかたなく、現地の協力者から金を借りたんだ。でも、その程度じゃ全然足りないだろ? で、オレは閃いたんだ」


 ジーノの話は、だんだんと雲行きが怪しくなってくる。

 俺はこのパターンを何度も見てきたので、すぐにわかった。


「ギャンブルか?」

「その通り! さすがボス!」


 そう言いながら、ジーノが指をパチンと弾く。その態度にイラッとしながらも、俺は話を進めた。


「すぐに帰ってこなかったってことは、当てたのか」

「ボスはなんでもお見通しだね。モチ、爆勝バクガチよ。いやぁ、すごい額だったんだぜ。でも今思えば、それがよくなかったんだよなー」

「何に使った?」

「まあ酒とか、女の子と遊んだり……あとはもう少しギャンブルしたり……それで気づいたら金がなくなっててさ……ハハハ……」


 ジーノが気まずそうに笑う。まだ恥という概念が残っていたらしい。

 俺は呆れて何も言えなかった。


 すると、代わりにボソッとつぶやく声が聞こえてきた。


「ゴミ野郎が……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る