No.025
光が収まった後、周りの景色は一変していた。
辺りの草木は焼かれ尽くし、建物もすべてが溶けてしまっている。
しばらくして、安全を確認してから俺は魔法を解除する。
途端に、砂漠にいるかのような熱風に巻かれる。
煤の臭いが鼻をつき、息が詰まりそうになる。
「大丈夫か?」
俺はメリーナに声をかけた。
彼女は口と鼻を手で押さえ、少しだけ苦しそうにしている。
「わたしは平気よ。それより……」
メリーナは辺りを見回し、表情を曇らせる。
恐らくロックの姿を探したのだろうが、見つかるはずがない。
「あの議員なら、噴き上がるマグマに呑み込まれた。たぶん死体も残ってないはずだ」
「彼があんなにすごい魔法を使えるなんて思わなかったわ……」
「ロックは自分の意思で魔法を使ったわけじゃない」
「えっ、そうなの?」
「誘拐事件の時も似たようなことがあっただろ」
「あっ、クレルモンさん……」
メリーナも思い出したようだ。
もちろん、実際に同じ奴――ディープジニーが操っていたという証拠はない。
だが、現代でこれほど強力な魔法を使える者など、そう何人もいないはずだ。
それは、日頃から数多くの魔法に接している取締官の反応を見てもわかる。
「馬鹿な……今の時代にこんな魔法が……。まるで<大魔法時代>じゃないか……」
スネイルは地面に膝をつき、呆けた顔で、誰に言うでもなくつぶやいていた。
奴が口にした大魔法時代というのは、今から1000年前ごろのことだ。グランダメリス大帝国が世界のほとんど支配していた時代……。
確かに、あの頃に比べたら、現代の魔法は随分と大人しくなったもんだ。
そんなことを考えていると、ふいに耳の奥から声が聞こえてくる。
『センパイ、周囲に魔力反応はありません』
ちょうどいい。アイマナに聞きたいことがあったんだ。
俺はちらりとスネイルの様子を窺った。
まだ呆けているみたいだ。
これなら、少し離れればアイマナと話しても大丈夫だろう。
「アイマナ、俺たち以外は誰も生存してないのか?」
『センパイと、メリーナさんと、マトリの人だけです』
「じゃあ<
『勇者といっても、現代の自称勇者ですからね。あの魔法を防げるほどの能力はないですよ。ロイ・スアレスは、これまでにも違法行為で捜査対象になってましたし、悪運が尽きたって感じですね』
別に俺は、悪人の死を悼むほど、清い心の持ち主じゃない。
ただ、
「アイマナ、証拠は押さえたか?」
『一応、音声は録音してあります。ただ、マトリの人との会話も混ざってますし、このままじゃ使いづらいですね』
「重要な部分だけ切り取ってメディアに流せ」
『それだけじゃ、さすがに証拠としては弱いですよ。しかも、ロック議員が死亡してるんですから。むしろメリーナさんが最後に会話したということで、重要参考人扱いされちゃうと思います』
確かにアイマナの懸念はもっともだ。
俺は少し考えてから、アイマナに対応策を伝える。
「警察のほうはロゼットに任せていい。
『まあ、<
「だから、あとはメディアに真実を報道させればいい。ただし、魔法については伏せること。GPAやマトリが関わってることも隠してくれ。あくまでメリーナが、議員の不正を暴いたことにするんだ」
『それって各メディアと交渉して、こっちに都合のいい報道をしてもらうってことですよね?』
「都合がいいも何も、それが真実だろ」
「だとしても、簡単じゃないです。というか、それってマナの仕事じゃなくないですか? <ジーノ>さんにお願いしてください』
「……どこにいるんだよ?」
『マナに聞かないでください』
そこで無線が切れてしまった。俺は何度もアイマナの名前を呼ぶが、応答がない。
そうしているうちに、チョイチョイと服を引っ張られた。
振り向くと、メリーナが興味深そうな顔で尋ねてくる。
「ねぇ、ジーノさんって誰なの?」
「ジーノは、ウチのチームの男性メンバーその1だ」
「わたし、会ったことないわ」
「だろうな。ここ3ヶ月くらい音信不通だ」
「どうして?」
「俺が聞きたいよ」
あいつのことを考えると、イライラしてくる。こんな忙しい時に無断欠勤しやがって……。
ふと視線を巡らせると、スネイルがこっちに近づいてきているのが見えた。
さっきまで呆けていたと思ったが、いつの間にか復活したらしい。
奴は俺の目の前までくると、相変わらずの偉そうな態度で声をかけてくる。
「おい、腐れ探偵。状況を説明しろ。お前は何をしでかした?」
本当なら相手をしたくないところだが、俺としても、奴をこのまま帰すわけにはいかなかった。
「俺にはライって名前がある。それに、残念ながら探偵じゃない」
「では何者だ? それに……あり得ないことだが、お前は魔法を使ったな?」
「俺は<グレート・プロデュース・エージェシー>の人間だ」
「なっ……」
スネイルは口を大きく開けたまま、固まってしまった。
仕方ないので、俺は少しだけ待ってやることにした。
程なくして、スネイルも自分の中で消化できたのだろう。
苦々しい表情で俺を睨みつけながら言う。
「
「それをあんたに話す義務も義理もない」
「調子に乗るなよ? 我々には、十三
「ソレが通じないことくらいわかってるだろ」
俺はちらりと視線だけメリーナに送る。
すると、スネイルがさらに険しい表情になる。
それで奴も、俺の言いたいことを理解してくれたと思ったのだが――。
「王族ですら、お前たちの駒に過ぎないとでも言いたいようだな」
ちょっと違うんだよな……。
俺はメリーナに権威を振りかざしても意味がないだろ、って言いたかっただけなのに。
この男と話すのは、本当に時間の無駄だ。
「まあ、いい。とりあえず、今日のことはお互い見なかったことにしよう」
「ふざけたことを言うな。お前がGPAであること、そして魔法を使ったことを、帝国魔法取締局の私が、見逃すわけがないだろ」
「けど、俺が魔法で守ってやらなければ、あんたは死んでたぞ」
「フンッ、どこにそんな証拠がある? 私は自分の身は自分で守ったのだ」
スネイルの返答に、俺は本気で耳を疑った。
こいつは、俺が思っていた以上に頭が悪いのかもしれない。
「メリーナ、言ってやってくれ」
俺は彼女の肩に手を置き、スネイルの前に送り出す。
そしてメリーナは、憮然とした顔のスネイルに、通告するのだった。
「あなたは、ライにお礼を言うべきね」
その一言にスネイルは、ねじ切れるかと思うほど顔を歪める。
それからしばらくのあいだ、スネイルはプライドと実利の狭間で揺らいでいた。
実際問題、今回のことは黙っていた方だがスネイルにとっても得のはずなのだ。目の前で議員を死なせてしまったわけだし。
その事実を受け入れられないのは、単に俺に助けられたことを認めたくない、というつまらない意地のせいだ。
そして散々迷ったあげく、スネイルの出した答えは――。
「いつか必ずお前を後悔させてやる」
捨て台詞を残して去っていくことだった。
しかしスネイルが乗ってきた魔導車は、さっきの魔法で吹っ飛んでしまっていた。なので、奴は徒歩で去って行く。
その後ろ姿は、ちょっとだけ間抜けに見えた。
◆◆◆
スネイルの気配も完全に消え、ようやく俺も一息つけた。
と思っていたら、なぜかメリーナが照れたような顔をしている。
「何かあったのか?」
俺が尋ねると、メリーナは小さく首を横に振った。
「ううん。ただ……二人きりになれたなって思って」
メリーナには申し訳ないが、少しゾッとしてしまった。
この状況を、『二人きりになれた』って表現できるのは、なかなかの強心臓だ。
だって、まだ焦げた臭いが辺りに漂ってるんだぞ?
「その……これからどうしよっか?」
メリーナが、ディナーの後みたいな雰囲気で聞いてくる。
なので俺は、はっきりと言ってやった。
「帰るに決まってるだろ」
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