終幕
第1話 傷痕と救い
「以上が俺の今までだ。
もっと細かく話を聞きたいなら、改めて時間を取ってくれ。」
レオンハルトは軽く微笑んで、二人にそう告げた。
ギルベルトがその言葉に相槌を打つ。
「そうだな、大体の事は聞けた。
これ以上は改めて、そして個人的に聞くのがよかろう。」
既に時間は午後六時過ぎ。
夏の昼は長いが、この時間では日も傾き始めている。
レオンハルトは今まで手元にあったウィスキーの瓶を棚に戻し、グラスを持って厨房まで向かっていった。
ミナトも茶器とあまり手の付けられなかった茶菓子をカートに乗せてその後を追っていく。
レオンハルトが水道の蛇口をひねり、流水でグラスを濯ぐ。
それを後ろから見たミナトが、そっと声をかけてきた。
「洗うならあたしがやるよ?」
「いや。これから君は大回転だろう?
まずは献立を考えて、材料の下ごしらえを優先してくれ。」
レオンハルトは微笑みを絶やすことなく、ミナトに話しかける。
それを聞いたミナトは、比較的早く作れるものはないかと思案し始めた。
「ミーナ……。」
献立で頭がいっぱいのミナトへ向けて、不意にレオンハルトが声をかける。
「今回の昔語り、自分にとっても有意義だった。
きっかけを作ってくれたことには感謝しかない。」
グラスを手拭いで拭きつつ、レオンハルトが感謝の言葉をミナトへ向けた。
だが、当のミナトはきょとんとしている。
「え? どういうこと?
何かいいことあったの?」
なんだかよく解らない、という顔でミナトはレオンハルトに尋ねた。
レオンハルトは食卓の椅子の背に腰を預け、その問いに答える。
「記憶の棚卸を行ったことで、自分の半生を改めて総括できた。
結果、俺の人生ってのはあまり非道いものでもないと思えるようになったよ。」
「ひどくないって……小さい頃なんてホントに最悪だったじゃない。」
「確かにマイナスの一つ一つは途轍もなく大きい。
だが、それを打ち消すほどの素晴らしい出会いが、俺には数多くあったことに気付いたんだ。
ベッカー先生、リーマン先生、ローデンバルト先生にオッペンハイマー教授。それにヤマト師匠もいる。」
そこまで言うとレオンハルトは一旦息を整え、さらに言葉を続けた。
「ヒュウガが、父さんが生きていたこともある。
そしてなによりも……君がいる。
ここまで幸せが満ち溢れているのに、マイナスばかりを振り返るのは、あまりにも愚かで、惨めだ。
俺はそれに気づかされた。」
その言葉を聞いたミナトは耳の先まで真っ赤にして、俯いてしまう。
「だから、ありがとう。
もう、過去に囚われるのは止めだ。
過去の清算、その最後の締めくくりは母さんの墓を改葬することだろう。
これだけは、必ずやっておきたい。」
全てを吹っ切ったような明るい表情で、レオンハルトはミナトに語る。
ミナトも、レオンハルトに優しい微笑みを見せて賛意を示した。
「そうだね。
手続きは大変かもしれないけど、やっておくべきだと思うよ?
あんまり面倒なら、フリードリッヒ伯爵に任せちゃえばいいよ。
お義母さんのこと、伯爵さまも狙ってたんじゃない?」
「どうやら、そうらしい。
まあ、改葬を行う際には、一度顔を見せてもらってもいいだろう。
きっと母さんも喜んでくれる。」
レオンハルトがこう語るのを見て、ミナトはくすくすと笑いだした。
「どうした?」
「ううん。
きっと昔のレオンなら、『あんな奴らを呼ぶ必要なんてない。』とか言ってたんじゃないかなって。」
「結局俺は、人との繋がりで生かされていたことにようやく気付いたからな。
この間、君にも言われた言葉がようやく身に沁みた、ということだよ。」
この言葉を聞いたミナトは、レオンハルトの胸に自分の頭を預けるようにしてしなだれかかってきた。
「やっぱり、人が生きるのは人との繋がりの中なんだよ。
それを忘れたら、人じゃなくなるよ?」
「俺はそうなりかけていた。
それを何とかつなぎとめてくれたのは、やはり君だろうな……。」
「『ありがとう』は、もういいよ?
これからはみんなで前を向いていこう!」
「そうだな。」
レオンハルトは微笑みながらそう言うと、ミナトの肩をそっと抱いた。
温もりが心地よい。
『きっと近く、母さんを迎えに行く。』
レオンハルトは、そう心に決め、そのために動くことを考え始めた。
面倒事も多いだろう。
だが、今なら……今なら、きっとうまくやれるはずだ。
レオンハルトはそう考えながら、ミナトの髪をさらさらと撫で続けた。
いつまでも、いつまでも……。
学術師レオンハルト ~魔導士の来歴~ 十万里淳平 @J_P_Tomari
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