第3話 英雄の真実

「前々から話は聞いていると思うが、ヒュウガはその時、狙われた俺を庇って銃弾を受けてしまった。

 あいつはそのまま堀へ真っ逆さま。

 行方不明となって、俺の前から姿を消してしまった。

 直後、書簡を読んだだろう近衛兵が十人ほどやってきて、捕り物が始まった。

 魔法使いがいるかもしれないということで魔法を抑止する魔導器まで用意しての捕り物だったが、蓋を開けてみるとほとんどが立ち上がれないほどに叩きのめされていて、捕縄が要らない程だった。

 一通り連中が捕らえられたのち、今度は俺も拘束された。

 ヒュウガの死を目の当たりにして呆然自失のまま、俺は手錠を受ける形になり、そのまま詰所まで連行されたんだ。」


 レオンハルトは改めて注いだ手元のウィスキーに再び魔法をかけ、内部の水分を凍らせた。

 味が濃くなり、程よく冷えた状態にもなったウィスキーを、レオンハルトは少しずつ口を付けていく。


「俺は取り調べを受けた。

 当然だよな。捜査権も逮捕権もない人間が、テロリストと真っ向から殴り合いしてたんだから。

 俺も実刑を覚悟していたが、ここで助け舟が出た。

 近衛兵のフリッツ・リンネ中佐という方が、俺の身柄を保証し、捜査の協力者だったのだと言い繕ってくれた。

 中佐は近衛兵第一大隊の第三中隊を任されている、かなりの実力者だ。

 この人がこう言ってきた以上、下手な詮索は身を滅ぼしかねない。

 そしてもう一つ、俺が学術師であったことが功を奏した。

 学術師が行なった行為なのだから、正しいことに違いない、というある種馬鹿げた思い込みが若干ながら漂っていたのもあったんだ。

 己が纏うこの制服は、思った以上のステータスなのだと、この時ハッキリと気づかされたのさ。」


「そう。だからこそ、本来なら君のやったことは到底褒められることではない。

 周りからは英雄などと呼ばれているようだが、私からすれば蛮勇を奮った愚か者にしか見えない。

 最低でも、ひとこと近衛兵に申し送りをしておくぐらいのことを……。」


 ギルベルトが痛烈に批判を始めた。

 対するレオンハルトは、神妙な面持ちでその言葉を聞いている。


 ひとしきりギルベルトの説教が終わったところで、レオンハルトは改めて静かに口を開いた。


「父さんの言うことはもっともだ。

 今の自分だったら、あの時の俺……いや、俺たちは、自身の力に酔っていたということがはっきり理解できる。

 正義の味方、勇者、英雄……そういった者への憧れが間違いなくあった。

 そしてそうなれるだけの力が、俺たちにはあった。

 少なくとも、そう錯覚していたんだ。俺たち二人は……。」


 レオンハルトが語り終えると、沈黙が場を支配した。

 少しして、ミナトがレオンハルトの語りかけた。


「でも、レオンとヒュウガが頑張ったから、時計塔は無事だったんだよ?

 セレモニーもちゃんとできたんでしょ?」


「ああ。

 だが、そのセレモニーが実際に執り行われた事実を俺が聞いたのは、近衛兵詰所の留置所の中だった。

 そこでの俺は、ヒュウガを喪った事実に打ちひしがれ、流れなくなった涙を恨みながら、後悔し続けていた。

 もしきちんと手順を踏んで近衛兵と共に動いていれば……。

 いや、やはり最初から近衛兵に全て任せるべきだったのだ……。

 そんなことをうじうじと考え続けていたんだよ。」


「そうか……。

 だとすれば、先の言葉は言い過ぎだったな。

 君は十分に後悔し、反省していたのだから。」


 ギルベルトが先の言葉を謝罪してきた。

 レオンハルトはそれに苦笑で答え、再び語り始める。


「あの時の事を思い出すたび、もう一つの事実も、ともに記憶へと蘇るんだ。

『この事件を解決できれば、きっと贖罪になる。』……俺はそう信じ込んだことも忘れてはならない。

 安直な贖罪の道……ヒュウガを喪ったのは、それに飛びついたが故の罰だったのではないかともその当時は考えていたほどだ。」


「辛かったね……。」


 ミナトが悲しい瞳をレオンハルトに向け、そっと声をかける。

 レオンハルトはきしり……と、椅子を軋ませて天井を見上げ、ポツリと言った。


「後になって悟ったんだ。

 英雄なんて言うのは、望んでなるものじゃない。

 祭り上げられて、『なってしまった』人間の事を言うんだと。」


 沈黙が再び場を満たす。

 今度は誰も口を開かない。


 そこへ柱時計がボ……ンと鳴った。

 午後六時。

 気づけばレオンハルトの半生を、一日がかりで追い続けた形になっていた。

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