第2話 時計塔の事件

 レオンハルトがポツリポツリと語り出す。

 二人は真剣な眼差しで彼の顔を見つめていた。


「聖者レシウスの昇天祭前日……ヒュウガは前祝いという名目を掲げて酒場を渡り歩いていた。

 俺はそれに付き合わされて、普段以上に酔っていたことを覚えている。」


 レオンハルトは部屋の奥まで歩いていき、そこに置かれていた棚から強いウィスキーの瓶とグラスを出した。

 そのまま執務机まで戻り、持ってきたグラスへウィスキーを注ぐ。


「何軒回ったか忘れたくらい飲んで、裏路地のさらに裏道に入った時、一人の男が倒れていた。

 俺たちはご同輩が酔いつぶれているのかと思ったが、変に血生臭い。

 これは変だ、とその男へと声をかけてみて、ようやく腹からべっとり血を流していたことに気が付いたんだ。」


 ここまで喋り、レオンハルトがウィスキーをひとくち喉へと流し込んだ。

 ほっと溜息をつき、少しだけ間をおいて改めて話を続ける。


「俺もヒュウガも一気に酔いが醒め、急いで俺は『治癒』の魔法をかけたんだが、傷は思ったより深かった上にかなりの時間が経過していたため、完治させることはまず無理だった。

 それでも一応気が付く程度には回復させることができ、男は俺を見て『学術師か?』と尋ねてきたんだ。」


 レオンハルトは陰鬱な表情で小さな魔導球サーキットスフィアを指先に展開し、指ごとグラスへと沈み込ませた。

 グラスの中からパキパキと水分の凍る音がする。


「後で知ったんだが、そこにいた男は、『影の兵士隊シャッテンクリーガー』の密偵でね。

 大規模テロ組織の動静を掴むため、裏で捜査をしていたらしい。

 男は俺に書簡を渡し『近衛兵の詰所に届けてくれ……頼む……。』と言い遺して命を落とした。

 そこで、俺が善後策を思案していたら、ヒュウガがさっさとその書簡を開いてしまったんだ。」


 水分の凍結で濃くなったウィスキーをさらに喉へと流し込んで、レオンハルトは話を進めていく。


「書簡の中には、中央広場の時計塔を爆破する計画が記されていた。

 内容的にはそこまで狡知に長けたものでこそなかったが、解決にはとにかくスピードが要求された。

 何故なら爆破の決行は、半日後には開かれる昇天祭セレモニー真っ只中。

 そこに参列する皇族に貴族連中、重臣に資産家全てを巻き込んでのものだったから、無視するわけにはいかない。」


「いや、待ってくれ。」


 レオンハルトの説明にギルベルトが口を挟む。


「いくらなんでも警備の人間がいるはずだ。

 そんな大掛かりな催し物の前に警備員がいなくなればそれだけで一大事だし、殺されたなどとなったら、セレモニーどころではなくなるが……。」


「まあそうだろう。

 だが、計画の中には組織の構成員を上手く警備員に紛れ込ませる算段もあった。

 エレナたちもその辺は抜かりなくやっていたよ。

 爆弾自体、『隠形』の『回路サーキット』で隠すなど、普通では見つからない方法も取る予定になっていた。」


「『隠形』……って、それかなりマズいんじゃない!?」


 ギルベルトとレオンハルトのやり取りを聞いたミナトが、驚きから素っ頓狂な声を上げる。

 レオンハルトはその声にも驚くことなく、淡々と言葉を続けた。


「そう。かなり問題だ。

 そこで俺は『転移』を使って詰所まで急ごうとした。

 そうしたら俺に向けてヒュウガがこう言ってきたんだ。

『俺は時計塔へ行く。』とね。

 当然意見は真っ二つだ。

 俺はこの件を急ぎ近衛兵に伝え、事態の収拾を図るべきだと主張した。

 対してヒュウガは、一刻も早く連中を叩きのめし、計画を止めるのが先決だと譲らない。

 仕方がないから俺たちは二手に分かれて行動することにした。

 俺はまず近衛兵の詰所に向かい、書簡を手渡した。

 内容を見た番兵は大急ぎで上長へ掛け合うことを約束してくれた。

 その後、取り調べを受ける前に、俺は再び『転移』を使って大時計の傍まで一気に跳んだのさ。

 俺も、ヒュウガの言はもっともだと感じるところがあった。

 いかに近衛兵が大急ぎで馳せ参じても、爆弾を取り外すだけで終わってしまっては片手落ちもいいところだ。

 ああいった連中は根から断ち切らないと、またこういったことを引き起こすのは容易に想像がつく。

 故にヒュウガには、『俺が来るまで早まるな。』と言い含め、合流まで待ってもらったんだよ。

 あいつ一人では危険だと思ったからね。」


 長い語りをひとしきり終え、レオンハルトはグラスに残ったウィスキーをひと息にあおった。

 再びウィスキーの瓶に手を伸ばし、グラスへと注いでいく。

 グラスの半分ほどにウィスキーを注ぎ、レオンハルトはまた語り出した。


「先にも言った通り、警備員も連中の一味だった。

 内部に入るための勝手口に二人の警備員が張り付いて周りを見渡しているのを見て、まず俺は連中を眠らせることにした。

『催眠』の魔法に抵抗できる素人はほとんどいない。

 数分と待たずに二人を眠らせることができ、俺とヒュウガはなんの障害もなく中へと進入した。

 そこからは暴れ放題だった。

 連中には出口がない。少なくとも俺たちがいる限り出口を作ることができない。

 一方俺たちは見つけた相手を全て問答無用でぶちのめせばいい。

 相手はずぶの素人だった。楽勝だったよ。

 剣で武装はしていたが、ろくに構えたこともないような風で俺たちに斬りかかってきたからな。

 気が付けば、実行犯のリーダーを時計塔の屋根まで追い詰めていた。

 そして最後は俺がそのリーダーを一撃で沈め、めでたしめでたし……とはいかなかったんだ……。」

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