第5章 時計塔の英雄

第1話 女帝との密会

 少しの休憩を挟んで、再びレオンハルトが語り始める。


「俺の学術師審議会の裏側では、ちょっとした椿事が起きていた。

 学術院学院長ディアナ・カーライルが、卒倒しかけたのさ。」


 彼はいったんここで話を区切り、紅茶を啜る。

 唇が十分潤ったのを感じ、レオンハルトは再び口を開いた。


「まあ、今ここで考えれば当然の事だ。

 なにせ自分が殺したはずの弟が、そのままの風貌で学術院に現れたんだからな。

 相当肝の座った人間だとしても、薄気味悪いものを感じて然るべきだろう。」


 レオンハルトへミナトが疑問を投げかけた。


「でもさ、そこまで気づかれないものなのかな?

 なんせあの女が学院長だったんだよ? 学術院の関係者全てを把握している、なんてことぐらいやりそうなんだけど……。」


「流石にそれは難しいだろうね。」


 ミナトに向かってギルベルトが話しかける。


「学術院関係者というと、まず学術師四十人ほど、これに教授連が百人前後。

 ここまでは把握できていてもおかしくはない。

 だが、このほかにも学芸員が三百人から四百人はいるし、学院生、入門生は二年単位で数百人が入れ替わる。

 それら全てを把握し続けるのは、流石に姉さんでも無理な注文だ。」


 ギルベルトの答えを聞き、ミナトは納得した風に首を縦に振った。

 そのやり取りが済んだことを確認し、レオンハルトはまた語り始める。


「そして先にも言った通り、俺は賛成多数で学術師に選出された。

 それに対する祝辞を賜るという体で、俺は院長室へ呼び出された。

 そこでもまた尋ねられたのさ。

『貴方の父親は、ギルベルトという名ではありませんか?』とね。」


 そう言うとレオンハルトはまだ誰も手を付けていないスコーンへと手を伸ばす。

 ホロリとした甘い食感に心を落ち着かせ、レオンハルトはまた語り始めた。


「リーマン先生、ヤマト師匠、そして今回……流石に三度目だ。

 いい加減この男の正体を暴こうと、まずは認めることにして、逆に問い質すことにしたんだ。

 そうしたら、学院長は『ギルベルト』の正体を明かしてくれた。

『ギルベルトとは私の弟。我が第二大公家の嫡男だった者です。

 文武に秀で、温厚な、そして正義感の強い、自慢の弟でした。』……。」


「白々しい……。」


 ギルベルトが今まで聞いた事のない重い声音でつぶやいた。

 レオンハルトも同じ声を出して答える。


「全くだ。

 しかもその後に、『もし今後、援助が必要になったなら申し出なさい。可能な限り融通しましょう。』と、気前のいい言葉が飛び出してきた。」


「わっかんないなぁ……。」


 ミナトはレオンハルトの言葉に割り込むようにして疑問を口にする。


「あの人はレオンを憎んでたんでしょ?

 お義父さんを殺すほどに憎んでたわけだし。

 なんで援助なんかするって言い出すの?」


「手駒だよ。」


 レオンハルトは重い声音そのままで答えた。


「援助の名の下に金銭で抱き込み、手持の駒にする。

 学術師……それも親族だ。

 些少でも恩を売れば見返りは得られると踏んだのだろうな。」


「それでその援助は受けたのかね?」


 ギルベルトが再びいつもと同じ調子で尋ねてきた。

 レオンハルトも普段の声音へと戻しつつ、答える。


「いや、もちろん突っぱねた。

 俺にとってギルベルト・カーライルは憎き仇敵だ。

 姉である人間からの援助でその恨みを売り渡し、尻尾を振るなど我慢ならん。

 だからこっちも注文を出した。

『援助など不要。ただし互いに不干渉であること。こちらの注文はそれだけだ。』という具合に。」


 レオンハルトはこの頃見せなかったような冷笑を二人に見せて、語った。

 ミナトはそんな彼の表情を悲しそうに見つめている。


 ギルベルトが再び口を開いた。


「成程……。

 もし仮に君が『我こそはギルベルトの子息なり。』などと吹聴して回れば、少なからずの騒ぎになる。

 何らかの証拠が残っている可能性も、姉さんは考慮したんだろう。

 それに相手は学術師である上に魔導士ともいえる存在だ。

 見破り難い証拠をでっちあげられたら目も当てられない。

 だから君の不干渉という申し出を受け入れたのかもしれないな。」


 ギルベルトは静かに見解を語る。

 レオンハルトはその言葉に頷き、その言葉に同意する。


「恐らくはそんなところだろう。

 向こうからすれば、抱き込んで牙を抜きたいと考えたほどに恐ろしい存在だ。

 不干渉という形で騒ぎの種を抑えられるなら、次善の策としては上々。

 確実に料理する方法はこれから時間をかけて練っていけばいいとでも考えたんじゃないか?」


 レオンハルトの言葉が途切れるのを待って、ミナトが口を挟んできた。


「ひょっとして……さ。

 エレナの組織にあの女が接触したのって、それが目的だったんじゃ?

 レオンの始末をその組織に任せて、自分の手は汚さないなんて虫のいいことを考えていたとか……。」


「あながち間違っていないかもしれんぞ、ミナト君。」


 ミナトがひとしきり語ったのを聞いたギルベルトが、考え始めた。


「エレナ君の組織が一旦壊滅しかけたのは『時計塔の事件』だと聞く。

 その直後、姉さんは組織に接触し、資金提供を申し出たとのことだったな。

 レオンハルトの始末を前々から考えていたところに、エレナ君の組織と、それがもう壊滅寸前の状態だと知ったとなれば、資金を与えることで上手く操ることができると踏んだのは想像に難くない。」


 ギルベルトの推測を二人は静かに聞き続ける。

 その言葉が終わったのを十分に待って、レオンハルトが口を開いた。


「エレナは、あの女が『自分の娘への罪滅ぼし』いう名目で資金援助を申し出てきたと言っていた。

 だが、もし父さんの推測が正しければ、奴は自分の娘まで利用していたということになる。

 全く……どこまでも身勝手な女だ。」


 最後の言葉を吐き捨てるように言うレオンハルト。

 その彼へ向けて、ミナトがおずおずと尋ねてきた。


「ねぇ……その『時計塔の事件』ってどんなのだったの?

 ヒュウガには聞けなかったし、エレナも詳しくは話してくれなかったから……。」

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