第5話 学術師レオンハルト

 沈黙が続く中、不意にミナトがレオンハルトに問いかけた。


「そういえばさ、レオンが学術師になれたのって、何が決め手だったの?」


「ああ、そうか……。

 そろそろ、それを話さなければな。」


 レオンハルトははっとしたように言葉を発した。

 そのまま続けて語り始める。


「俺が学術師に推薦されたのは、『回路サーキット』の複製装置を復元したことによる。

 この装置は前々から復元を試みられていたんだが、機構が複雑で一朝一夕にできるものではなかった。

 まあ、それを暇に飽かせてゆっくり丁寧にやってみたのが功を奏したんだな。

 結果は上々だったうえ、他に誰も手伝いがいなかったから、俺一人の手柄にできたという訳だ。」


 苦笑を交えて語るレオンハルトに、ギルベルトが反論する。


「何を言うんだ。

『回路』複製装置の復元といえば、学術院が抱える研究の中でもトップクラスの難物だったはずだろう?

 機構の複雑度は群を抜いて高く、かなり精密な作業も強いられる。

 それでいて類似の発掘物もほとんど発見されず、ローデンバルト教授も相当手を焼いていた、特A級の難物だ。

 それを個人で復元できたというなら、学術師推挙も当然の快挙といえるぞ。」


 興奮気味のギルベルトの言葉に、レオンハルトはますます苦笑して答えた。


「過分なお褒めの言葉、という奴だな。

 事実、自分がやったことと言えば、本当にゆっくりと丁寧に複雑な糸玉をほぐしていったに過ぎないんだ。

 砂埃が固まっていたり、断線の箇所を発見したり、基板上の部品が脱落していたこともあった。

 その辺りを徹底的に解きほぐし、間違いがない形に修正して結果を出した。

 親友となってくれたヒュウガが気晴らしに付き合ってくれたのと、相談相手になってくれたエレナの存在も大きい。

 とにかくあの研究については、できることをできるようにやった結果としか言いようがない。

 少なくとも自分の中では、ね。」


 ギルベルトは続いてレオンハルトに疑問を投げかけた。


「それはいいのだが、学術師に選出されるには教授連の推薦が必要になる。

 あのランドルフが、君を推挙するとは思えんのだがな……。」


 その言葉に、レオンハルトは静かに答える。


「何も同学部の上長からの推薦がなければならないという規則はないだろう?

 実はこの件で恩恵を受ける学部の学部長たちが、揃って推薦をしてくれたのさ。

 具体的に言えば、魔導学部、並びに魔導工学部の学部長二人が先頭に立って活動してくれたんだよ。

 なにせ研究に必要な『回路』の入手は遺跡工学の発掘品頼みでしかなかったのが、複製によって同一の性質をもつ物ならいくらでも作り放題になる。

 特に魔導工学部は魔導炉の研究が『回路』不足で足踏みしていたからね。

 まさに福音となったらしく、研究の効率が跳ね上がったと工学部の学部長は喜んでいた。」


「そっか、それでレオンは晴れて……。」


「そう。学術師に推挙された。

 ただ、俺の学術師審議会では数人の反対者が出ていた。

 その内の一人は、二人が予想している通りランドルフ・カウフマン教授だ。

 反対理由として『年齢が若すぎる』とか、『発掘の経験が少ない』などを挙げていたが、発掘に参加した回数は、遺物の復元を中心に研究活動するカウフマンと大差なかったりもしたんだよ。

 他に反対したのは、やはり年功序列を重んじる教授たちばかりだったな。」


 レオンハルトがひとしきり話を終えると、ギルベルトが呆れた風の声を出した。


「年功序列、か。

 そもそも学術院設立の詔書には『老若男女の別なく、広く智とことわりを求め尊ぶべし。』とあったはずなんだが……。」


「そうだな。

 だが、先にも言った通り、多くの学部の学部長や教授たちが推薦してくれた。

 勢い、審議会においても賛成者は多数を占める形になる。

 結果として圧倒的多数の賛成をもって、晴れて俺は学術師の称号を戴くことを許された訳だ。」


 レオンハルトはミナトに微笑んで語る。

 ギルベルトはそれを見て、自らの息子の成長に深い感慨を感じていた。

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