第3話 ストーカーと夏旅行

 夏休み。英語にするとsummer vacation。世間一般では一年の中で一番長くて社会の疲れをさっぱりとさせてくれるありがたい存在だったり、たくさん儲かるけど忙しくなるという時期でもある。そしてそれは闇の組織とて例外ではない。


...

..

.


 ここはとあるカフェレストランの中。その中の一つのテーブルに3人の男女がいた。


 1人は目と髪がどちらも桃色で、ミディアムヘアにウェーブがかかった髪をした女。


 1人は根本から逆立った灰色の髪に黒っぽいオレンジの目をした男。


 また1人は目にかかる程度の茶髪に赤い目の男だ。


 まだ注文の品は来ていないようで3人とも暇を持て余しているようだ。


 そんな退屈な時間に耐えられなかったのか、桃色の女が男2人に話しかける。


「わたしたちってさ、こんなところで水売ってる場合じゃなくない?」


「「........」」


 少しの間、店のざわめきすらも静まったように感じる。


 やがて気まずい空気を気にしたように茶髪の男、グラインが言葉を返す。


「いや、でもほら、たまには休憩も必要というか」


「えっ?でもグラインこの前の任務失敗してたくない?」


「ッスゥーー」


 グラインが目を逸らすと、トゲトゲ灰色頭の男がニヤッと笑い、追い討ちをかける。


「と、いうことで。グライン行ってこい」


「あれ、ボク味方いないんですけど」


 そのノリに笑いながらも桃髪の女は釘を刺す。


「まぁ、任務のことはちゃんと反省しような?」


「あっハイ」


 のんびりとしたランチタイムだったはずが、これから課されるだろう仕事を思い浮かべて鬱ゲージが上昇するグライン。

 あわれれに感じたトゲトゲ灰色頭の男が話を変える。


「そういやグライン。今年の夏はみんなどうしてんだ?」


「えーっとね。たくみはドイツを巡ってくるって言ってて、よーはるは先月からアメリカのロサンゼルスで動いてるかな。あとは....」


「雪菜が沖縄、らるはイタリアだったっけ?」


「そうそう。残りは特に動いてないかな」


「何人か行方知れずなやつらもいるけどねー」


「そういや惠莉えりはちょっと前まで韓国にいるだとか何だとか聞いてたんだが?」


 惠莉えり。そう呼ばれたふわふわ桃髪の女は首をかしげ、「あれ?話してなかったっけ?」とでも言わんばかりのほうけ面をする。

 そんな惠莉えりの様子を見てグラインがおちょくり始める。


「あれれ〜?さっきまでボクが任務を失敗したことを反省しようなとか言ってたのに当の本人は任務すら置いといてほっつき歩いてるのってどぉうなんでぇすかねぇ」


「ちゃんと休暇申請だしてますけどぉ?」


「おいおいまた喧嘩か?」


「「ちょっとハニワは静かにしてて」」


「はぁ」


 ハニワと呼ばれたトゲトゲ灰色頭の男はめんどくさそうにしながらもふと疑問に思ったことをグラインに対して言う。


「なぁグライン。任務が失敗したってことは相手はそんなに強かったのか?お前大体なんでもできるくね?」


「うーん。革命軍の幹部には上手く撒かれちゃって、その後も特に危ないシーンはなかったかなぁ」


「そうか」


「あっ!でもねー、面白くなりそうな異能者なら見つけたよ。ちょうど任務の時近くにあった学校にいたんだけどね、あれだけの物理干渉を行える異能はレアだと思うよ」


「ん?結局その子はどういう異能なの?」


惠莉えりがそう聞くとグラインは自信満々で言い放つ。


「念力、重力、慣性のどれかに関する異能だよ」


「慣性以外要らなくね?」


「まぁ、そう言われるとそうなんだけどさ」


 そうやってお互いの苦労話を数分続けていると注文した料理がポツポツと運ばれてきた。そんな中、何かを思い出した様子の惠莉えりが、申し訳なさそうに男2人に言う。


「ねえねえ。私久しぶりに日本に帰って来たわけだし、たくさん頼んでもいい?けっこーお腹すいてて」


「?別にいいんじゃない?」


「(もぐもぐ)」


「実はお財布忘れて来ちゃった。テヘッ」


もはやアイドルのような輝く笑顔を瞬時に振りまく惠莉えり


「えっ?電子マネーとかは?」


「.....」


 その瞬間、グラインとハニワは気づいた。


「「(これ、ワザとだ⁉︎)」」


惠莉えりは無言でタッチパネルを操作し、追加注文する。特にデザートメニューを指が何度も行き来する。その速さまるで迅雷の如し。


「それはヤバいってぇ!」


「マジでやるんか⁉︎」


 少し笑いの入った声と純粋な驚愕の声が響く。しかし、そんな静止も腹ペコ人間には届かないようで、男2人の耳にピロンと注文の完了する音が聞こえた。


= = = = =


 來俄くがなぎさ。ちょっと思考力が高い高校1年生男子。そして、普通の!人間である。はず、なんだけど。

 さて、一体何が問題なのかと言うと、俺は今中学生くらいの女の子にストーキングされている。自分で言ってても「本当に?」と確認したくなる。しかもドラマでは同年代の人や、つけられている人よりも歳が高い人がストーカーになっているのが多いのに対し、年下で!中学生くらい⁉︎珍しいにも程があるだろう!

 うだうだしていても仕方がないので現状を整理しよう。

 今日は8月1日。学校の夏期講習が終わり、高校生になって初めての夏。しかしながらワクワクしていても何も起こらないこと数日。近所のコンビニに食料を求めた帰り道にストーカーちゃん(仮称)につけられている、と言うわけだ。うん、全くわかんねぇな。けどこのまま家まで逃げ込んだりしても家バレしちゃうわけだから、危険を承知で話をしてみた方がいいかも知れない。それにこの辺りは住宅地で人通りは少なくないから助けも来やすいはず。この間のこともあるしな....。少しだけ右腕がこわばる。

 

 そうして考えをまとめた俺は数歩歩いた所で勢いよく振り返る。するとその先にいたのは夏であるのに黒い長ズボンを履き、ロゴの入った白シャツを着た少女であった。髪の毛は黒く、ツインテールになっている。さらに目立つのは白い瞳だ。白い瞳と聞くと生気がないイメージや、白内障などの病気が連想される。しかし、目の前の少女はそう言ったものを感じさせない活気に満ち溢れている。

 予想外に可愛いストーカーに意識が動かせなかったが、流石にこれ以上ジロジロと見続けていると俺の方が不審者になってしまう。律儀に考える時間をくれた少女に向かって話しかける。


「なぁ、君が何を企んでいるか知らないけど、これ以上つけてくるなら警察呼びますよ」


 脳裏にグラインが蘇り、この少女は一体どれほどの危険人物なのか、ここからどうやって動けば助かるか考える。


「.....えっ?うひゃああああぁぁ!バレてるしぃ⁉︎」


 変に他人の家に逃げ込むより道を走って誰かに見つけ.......あ?


「ごめんなさいごめんなさいほんとにごめんなさいけどこれにはじじょうがあってどうしようもなかったところもあるけれどあきらかにわたしがわるいですねごめんなさいぃ!」


「は?え?いや、分かったから!ちょっと!落ち着いて?」


「えっ?いやっ。そのっ、でもっ」


「何となく悪気が無いことは理解したから、取り敢えず話をしよう。な?」


 それに人目のつきやすい場所だから余計に気まずい。


「あー、えー、はい.....」


 そうして近場の公園に行った後、ちょうどいいベンチがあったのでそこに座って今度こそ事情を聞く。


「えっと、それじゃあ話聞いていいかな?」


「は、はい。私は呪瞳じゅどうしろと言います。じゅどうは呪いの瞳、しろは白色の白と書きます。」


 本名、なのだろうか。それにしてはこの少女をピンポイントに穿つ名前に眉をひそめてしまう。


「呪瞳 白。それで、どうして俺にストーキングなんてしてたの?」


「........すみません、それは言えません。でも!あなたに不利益が訪れることはないと約束します!だから」


「だから何だ?普通に犯罪行為をして、その理由すらあなたに不利益はないから今回、もしくはこれから続くかも知れないストーキングを無視して生活しろと?」


「それは、その......」


「それに、どちらにしろ君がこういうことを続けていたらロクなことにならないと思うよ」


 そう、ロクなことにはならないのだ。それに俺は何が何でもこの少女を警察に突き出したいとかそういうわけじゃないのだ。理由を聞いて、困っているなら助けてあげたい。もちろん、友達との悪ふざけで俺のことが「コイツ全然気づかないじゃんw」というような扱いをされているなら容赦なく連行する。

 そうやって少女との対話を続けていたが、いかんせん身の上を話してくれないので、俺も何を聞いたらいいか分からなくなってきた。なんとか少女から情報を引き出そうと頭を捻っていると、今まで愛想よく返答してくれていた少女の口からついにため息がこぼれた。

 まったく、誰のせいだと思ってるんだ、なんて考えたところで今度は少女が話し出す。


「わかりました。それじゃあ少しだけ話しますね」


「!」


 待っていた言葉に少しの喜びと緊張を感じつつ、紡ぎ出される言葉に意識を集中させる。一体この少女はどのような事情を抱えているのか、果たして........


「簡潔に言うと、來俄くがなぎささん。あなたは監視対象になりました」


 どうやら事情を抱えているのは俺の方だったようだ。


「は?」


 これまた予想外で呆気に取られてしまう。


「え?だって、監視対象って何かやばいことした人に付けられるものなんじゃ?」


「うん、だから監視するために私はあなたをつけていたんです。それになぎささん。あなたにも心当たりはあるのでは?」


 監視対象にされるなんてこと、したとするならやっぱりあの一件か。

 あの一件、つまりグラインとかいうやつに重傷を負わされた日だ。怪我自体はすぐに治ったけれど、家に帰った日の翌日に警察の人が来て、事件の当事者として多くのことを聞かれたのだ。


「ん?っていうことは呪瞳さんは警察の方なの?」


「はははっ!そんなに高等なものじゃないですよ」


 それはそれで不安になるのだが。


 と、ポケットにしまっていたスマホが鳴った。誰からだろうとメッセージを見るとお姉ちゃんからだった。コンビニ行くって言って出てから2時間くらい経ってるのか、連絡してないし、早く帰らないと。はぁ、仕方がない。


「えーっと、呪瞳さん?今日はおひらきにしてまた会う予定を作れませんか」


「それは考えなくても大丈夫だと思いますよ」


「なんで?」


「四六時中あなたを監視してるので呼んだら来ます」


 怖っ。


「食事とかトイレは、どうするの?」


「あなたと同じタイミングか、あなたが寝ている時に、ですかね」


 それってつまり、普段人に知られたくないアレとかコレも見られるし、出来なくなるってことじゃないか⁉︎まずい、非常にまずい。お姉ちゃんだっているし、さすがに家には入ってこないよな?

 これ以上話していると気が滅入ってしまいそうだ。いや、話し合っていた時点で若干そうはなっていたのだが。

 お姉ちゃんからの心配メールが来たのもあるし、帰ろう(決意)。


「今日はもうとりあえず帰らせてもらうよ?」


「うん。私もそろそろお腹空いてきたし帰ろう!」


 お腹空いてきたって、この期に及んでのんきだなぁ。


 そんなこんなで影の伸びた道を歩いていく。

 コンビニで買った冷たい飲み物はとっくの昔にぬるくなっていて、今の不安を吹き飛ばそうと飲むがかえって憂鬱な気分が増すだけだった。

 それにしてもこの白とかいうやつ、ずっとついてくるんだが?今となっては家の場所とか知られてるだろうし、私生活を邪魔しなければまだ許せる、と思う。


 そうやってとうとう家に到着してしまった俺は、玄関の扉を閉めればあいつも入ってこれないかもという淡い願いを込めて扉をくぐり、すぐに閉める。鍵もかける。

 はぁ、とため息が出てしまう中、外から何かごそごそと音が聞こえる。玄関の扉を破壊して入ってくるのは無いと思うけどやめて欲しいなぁ。


 しかし、予想と反してガチャッという音が響いてきて......ん?

 果たしてそこにいたのは、まるでこの家に住んでいるのは自分であるかの様に家に入ってくる呪瞳じゅどう白であった。その頬は膨らんでおり、どうやらそっけない俺の態度が不服であるらしい。


「ちょっとー。逃げるように鍵閉めるのはなんか酷くない?」


「いや、それよりもなんでうちの家の鍵なんて持ってるんですか⁉︎」


 白は靴を脱ぎつつ答える。


「合鍵を作ったんですよ。今日からお泊まりさせてもらうとは言え出入りできないのは困ります!」


 公園の時とは打って変わって、強気に言い寄って来る白にタジタジとしてしまうなぎさ。しかしまだ疑問はつきないようで。


「けどこの家に泊まるったって姉ちゃんに許可貰えなかったらどうするつもりなんだ?」


「お姉ちゃん?......あ、美鈴みすずさんのことですね!大丈夫です許可はもらっているので!」


「えぇ?」


 いつの間に許可なんで取ってたんだよ。でもこれでコイツがこの家にいる正当な権利を獲得してしまったし、これ以上邪魔してもどうにもならなさそうだ。


 玄関で騒いでいる事に気付いたのか、ドンドンと上から足音が近づいて来る音が聞こえる。


 唯一この2人の橋渡しになれる人物が現れることに安堵する一方で、どういう事なんだと問い詰めたい気持ちも湧き上がる。

 結果として吐き出されたため息を引き連れて振り返った俺の目に今まで幾度となく見てきた姿が映し出される。


「父さん⁉︎」


 そう、我が家の大黒柱にして世紀のお人好し。

來俄くが内人ないと、俺の父である。


「おおなぎさか、お帰り。んで、そっちがなつめさんの言ってた子.....白ちゃんだっけ?」


 そう聞かれると、白は改まって向き直りお辞儀をした。


「はい!夏休みの間はお世話になります!」


「うん、元気でよろしい。部屋はなぎさの右隣ね。荷物とかはもう運び込まれてるから、好きにしてもらって構わないよ」


「はい、わかりました。それじゃあ早速荷解きにほどきしときたいです!」


「んじゃ、案内よろしくな、なぎさ」


「はっ⁉︎なんで俺なんだよ!」


 すると父は顔を耳元に寄せてコソコソと囁く。


「相手は年下だがかなりのかわいさだぞ、好感度上げておいても損はないんじゃないか?」


 そう言われて父の方に向けていた視線を白に戻し、改めてその姿を見てみる。ここ数時間一緒にいたせいで、その美少女っぷりには少し慣れてきたが、チラッと上目遣いで見られた時などはドキッとしてしまう。まぁ、そこは俺の趣味の領域か.....?ほら、今もこうして頬を膨らましてじーっとこちらを伺って......


「ほら!白さん、せっかくだし俺が部屋案内するよ!」


「何がせっかくなのかは良くわからないですけど、分かりました。早く行きましょう!」


 ニヤニヤし続ける父と別れた(とは言っても家の中だが)後、すぐそこの階段を登って扉の前まで来る。


「えっと、こっちが俺の部屋でその右隣がお姉ちゃんの部屋。だからここの部屋が白さんの部屋だと思う。たぶん」 


 そう言って俺は自分の左隣の部屋を指差す。


 白はそう聞くや否やさっさと部屋の中に入ってしまった。とは言え俺自身も部屋の様子が気になるので白の後ろに続く。


 自然に入ろうとしているけれどこれって女の子の部屋に入るってことだよね?荷物とかまだ出されてないし、殺風景だろうけどそう言うことだよね?と言う俺の考えは意外にも外れてしまった。部屋の大きさは俺の部屋とあまり変わらない2.85×3.1㎡―約5.4畳の大きさだ。しかしなんと部屋の中には俺の部屋にあるものよりかは幾分か大きいベッドや付属の椅子がついたワークデスクがあり、キチンと生活を営める程度の家具が揃っていた。


 と、そこまで考えたところで先に入った白が棒立ちで部屋にいるのが見えた。


 初めての場所だからじっくり眺めたいのかとも思ったが、数分しても動かないので流石に不信感を覚えて声をかける。


「あの、白さん?」


「この部屋は元々何に使われていたんでしょう?」


「え?」


 いきなりの問いかけとその内容にドアが開いているはずの部屋の空気が張り詰める。


 元々何に使われていたか。何らかの組織に在籍しているであろうこの少女が言うということは、この部屋で何かが起きているのだ。盗撮、盗聴、不法侵入、もしかしたら父さんや母さん、お姉ちゃんが何かしらの組織のようなものに脅されて......?


 不安がじわじわと滲んでにじんでいく。しかし問われた分には、やはり答えなければ変な疑いをかけられてしまう。ここで疑いをかけられれば監視なんて事態では収まらなくなる可能性だってある。とは言え、この部屋が変なことに使われていた記憶はないので、俺自身に更なる疑いなどかかるはずもない......はず。


「えーと、特に何かに使ってたとか誰かの部屋だったことは無い、と思うよ」


 ......自信のない答え方をしてしまったが、大丈夫だろうか?

 いずれ繰り出される言葉がどのようなものか分からない不安で白の顔をチラチラと窺うなぎさ。


「あ、それなら良かったです!いやーないとは思ってたんですけど、ベッドとか誰かが使った後のやつだとちょっとだけ嫌だなーと考えてまして」


「え、あぁ」


 どうやら心配は思い過ごしであったようだ。


 それにしてもこの白とやらはのんきというか、たまに抜けている時があるように見える。だって考えてみて欲しい。普通、こんな話を泊まらせてもらう身で言うだろうか。

 これが素なのだとしても、そうでないのだとしても。これから気を揉むことが多くなるのだろうかと、鬱屈としてしまうなぎさであった。


 それから晩御飯まで特に事件もなく、暇を潰していたなぎさ。味噌の香りや、ジュージューという音につられてリビングへと向かい、そのまま晩御飯の進捗をばと様子を見ると、後もう少しで作り終わる、とのことだった。

 しょうがない。今更部屋に戻っても特にやれることは無いだろうし、テレビでも見て時間を潰そう。

 そう思ってソファに座り込み、リモコンでテレビの電源をつけると特に面白味のないニュース番組が流れてくる。面白味がないとは言え、今からバラエティ番組を見たのでは続きが気になって食事に集中出来なくなってしまうだろう。せっかく食欲が三大欲求の一つなのだから、美味しく味わって食べるのがベストなはず!と、バラエティ番組を見たい気持ちを抑えてニュース番組を見る。

 ニュースの内容は異能者の暴動についてのようだ。ここ数年で異能者による事件は増加傾向にあり、中には組織を組んで大規模なテロ行為が行われることもあるのだとか。

 正直、異能の存在する現在の社会においてしょうがないと言えばしょうが無いのだ。そうは言っても一異能者いちいのうしゃである俺ですらこういった事件に関わるのは勘弁したいのだ。ましてや顕常者けんじょうしゃは対抗手段すらもろくに取れないのだから、その気持ちは察するに余りある。とは言え、全人口の8割が異能者である現代では警備やらなんやらも異能を使ったものが多いから、もしかしたら顕常者の人も異能に対して、とんと恐怖なんて抱いていないのかもしれないが。

 そんな事を考えながらテレビを見ていると、食事の支度ができたようだ。計画通りにテレビに気を引かれる事なく食卓へと向かうと、食卓に載る食事の用意が一つ多いことに気づいて、そういえば白とか言うのが居るんだと思い出す。それと同時に席の位置はどうするのかと気にかかる。通常、来客が座る上座の位置は入り口から最も離れている席なのだが、夏休みの間この家に泊まらせてもらう白からすればこういう配慮は逆に圧力を感じるものであるかもしれない。そう考えてお姉ちゃんに話しかける。


「ねぇ、お姉ちゃん。誰がどの席に座るかとか決めてたりする?」


 クローバー柄のエプロンを脱ぎながら答えてくれる。


「そうだねー、お父さんとお母さんと向かい合ってなぎさと白ちゃんでいいんじゃないかな?私は一番上座の席に座るつもりだからさ」


「OK」


 他の家庭では親や客人を差し置いて上座に座るのか、と思われそうだが、ここはお姉ちゃんの家である。ならば家の中にいる間は家主であるお姉ちゃんに従うべきなのは自明の理なのだ。

 上座下座の問題も解決したことなので、今日のご飯も美味しそうだと口元を緩ませていると、お父さんと白が2階から降りてきたので俺も席に着く。

 本日の晩御飯はお母さんとお姉ちゃんが2人で作ったらしい。食卓にはカレーのルーとライスのように盛り付けられた豚の生姜焼きと千切りキャベツ。にんじんと大根、豆腐の入った味噌汁。付け合わせとして柴漬けが小皿ながらも存在感を出している。そしてなんといっても、日本人の食事には欠かせないであろう真っ白の白米は堂々と中央に居座っており、自分のために料理があると言わんばかりだ。


「「「「いただきます」」」」


「いただきますっ!」


 今まであまり家に人を呼んで食事をすることなど無かったのだが、なるほど案外息が合うものなんだな、家族って。

 まずは生姜焼きを一口。うまい。生姜の程よい辛味と醤油や味醂の匙加減も相まって舌が喜んでいる。さらになんと言っても焼き加減が絶妙なのだ。焼きすぎて固いとか、生焼けっぽく感じるとか、そういった事がないのだ。次に味噌汁を一口。味噌の香りが胸いっぱいに広がって口に含んだ味噌汁を飲み込むとじんわりと温かさが広がる。そのまま何度か味噌汁をすすった後、もう一度生姜焼きに意識を移す。今度は生姜焼きで千切りキャベツを巻いて食べる。シャキシャキとした歯応えがアクセントになってこれまたうまい。隙を逃さず、ホカホカの白ごはんを口へと運ぶ。噛んでいくとお米がホロホロと口全体に散らばってゆく。昔からお母さんとお姉ちゃんが一緒にご飯を作るとすごいんだぜ?

 そうやって美食家もよもやの批評をしながら3分の2ほどを食べ終えたところで、お姉ちゃんから話しかけられた。


「あ、なぎさ。明日から沖縄に旅行に行くから準備しといてね」


「え?沖縄に旅行?明日から?」


「うん。家族全員で休みを確実に取れそうな日が明日からの5日間なんだよね」


「それにしても沖縄かぁ」


 沖縄へ行くのは2回目になる。1回目は10歳くらいの時だ。確かお姉ちゃんの受験合格祝いなんじゃなかったかな。初めての沖縄だからとてもはしゃいでいたのを覚えている。あの時は石垣島に行って地元の女の子と仲良くなったんだっけ。与那乃よなのちゃん元気かなぁ。あれ?ちょっと待って、俺の合格祝いの時はちょいお高めの外食に行ったんだけど、それでもお姉ちゃんと俺で待遇が違いすぎるような......。違う違う、それよりも重要なのは.....


「白さんはどうするの?」


 そう、呪瞳 白である。夏休みの間はこの家に泊まるというのなら、無いとは思うが、万が一のことだってあるのだ。客人とはいえ流石に1人で居させるわけにもいかないだろう。それに、ひとりぼっちで家に残らせると言うのも帰ってきてから気まずいのだ、何か彼女のためにしてあげられることはあるかだろうか?そういう思いを込めてお姉ちゃんとお父さん、お母さんを見る。


 3人は目配せしてクスッと笑う。


「なんだよ、何かおかしなこと言った?」


「違う違う、なぎさがあまりに必死な顔して言うもんだからつい」


「なぎちゃんは心配性ね。大丈夫よ、ちゃんとそのあたりは考えてるから」


「そうだそうだ、俺たちだけお泊まりの可憐な少女を置いて旅行に行くなんて、そんなことするわけ無いだろう?」


 なんか結構真面目に話したつもりだったんだけど、問題はすでに解決してましたって、スカしてるじゃねぇかよ。うぅ、なぜだ、なぜ俺が恥ずかしさを感じる必要が⁉︎


 俺が恥ずかしさに悶えていると、さらに言葉が飛んでくる。


「なぎささん最初にあんな事があったのにまだ私を気にかけてくれてるんですね!ありがとうございます!」


 やめろっ!ヤメロォ!それ励ましの言葉のつもり⁉︎いや、照れるけど!勘違いされそうな部分あるから!

 そんな俺をさて置いて、白は疑問を口にする。


「えっと、その、実際皆さんが沖縄へ旅行に行っている間、私はどうすればいいんでしょう?」


 そうだよな、実際問題どうするんだろう?と、笑われたせめてのもの報いに顔を背けて、話を聞くことにした、


「あ、そうじゃなくて、白ちゃんも一緒に沖縄に行くんだよ」


なーんて、お姉ちゃんがこたえるまでは。


= = = = =


あーあーテステス、


めんそーれ沖縄!俺らはめんそーれされる方だけど。


ということで沖縄だ。


 どういう事だ⁉︎ 呪瞳 白がうちの居候になるのは10歩譲ってまだ分かる。しかしその呪瞳 白が沖縄旅行についてくることはどうなのだ?しかも前日まで沖縄旅行の存在すら知らなかったぞ...。


「なぎささんっ」


 そう呼びかけて来るのは当の本人呪瞳 白。

沖縄に来てすぐにホテルのチェックインをお父さんに押し付けて、太陽輝く浜辺へと来た俺たち。早速遊ぶことになったのだが、なんと白は砂でお城を作ってみたいと言い出したのだ。そしてそのまま現在に至るのだが......


俺を基礎ベースにして建てる必要あるぅ⁉︎


 本心を述べるなら、今すぐにでも魚のようにぴちぴちと跳ね出したいが、そうは彼女らが許さない。


「大丈夫ですか?なぎささん。重かったり、埋まってしまったら言って下さいね」


「いやいや、埋まったら言うこともままならないよ?だからせめて頭が埋ままらないように頑張って欲しいな」


「はいっ、善処しますっ」


「あっ、これ埋められちゃうやつ」


 そうやって命を懸けてきた甲斐もあってか、30分もする頃にはなんとドイツのノイシュヴァンシュタイン城に勝るとも劣らない立派な砂のお城が出来上がっていたのだった。ベランダの手すりまで作り込んであることに気づいた時は思わず異能を使ったのかと聞いてしまったくらいだ。その時は、


「私の異能は受け身なので自分から何かに影響を与えることはできませんよ。基本的には、ですが」


とのことだった。


それからまた白が凝った細工を施しているところに水色の髪に青のメッシュが入っているを女の子が歩いてきた。


 こんな大きな砂のお城作ってたら普通見てみたくなるよな。逆に感嘆の声が上がってこなくて不思議だったのだ。青い少女は優雅な足つきでこちらまで来ると少し目を細めた後、白を指さしてその口を開く。


「これ、あなたが作ったのかしら?」


「そうだよ!すごいでしょ!特にこのてっぺんのぶぶ「ま!あ!」んは...」


「80点くらいなら差し上げてもよろしいんじゃないかしらね」


「何言ってるの?私が作ったんだから100点でしょ!」


「100点は有り得ませんわ!それにそいつの上にお城を建てているからそいつが動いたら結局ぐちゃぐちゃになっちゃうじゃないの!」


 おおう、俺のことか。と言うか2人ともちょっと言葉足らずじゃないか?青髪の女の子は口調とかからしてプライド高めだと思うし、めちゃくちゃに褒めて80点だったんだろうけど、白の製作者としてのプライドがこの砂のお城が傑作だって思ってるから、80点がまるでその程度の価値として決め付けられてる様に感じてるんだろう。2人とも勘違いで終わるのは可哀想だしなんとか仲介しないと。


「えーっと、白?ちょっといい?」


 ワーワーヤーヤー!


 どうやらもう聞こえていないらしい。声が届かないとなると流石に動くしか方法がないなぁ。白には申し訳ないけど崩させてもらうか。

 もう一度2人の方を見てみると、少しした隙に争いがさらに過激になっていた。言い合うだけでは飽き足らず、青い少女が腕を振ったかと思うと手のひらサイズの海の水がいきなり俺の上にある砂の城へと飛んでくる。対する白は自分の作った砂の城を壊されないように、少し大きめのプラスチックスコップを使って、まるで飛んでくる方向が分かっているかのように水の塊を弾いていく。


 どうやら見る限りだと、青髪の少女の異能は水を操れるようだ。


 俺は体に力を入れ、自分の身にのしかかる砂の城を左へ押し除けようとする。が、長時間身動き一つ取っていなかったことがあだとなったのか足や腕が痺れていて上手く力が入らない。


 体が痺れるって、血が流れにくくなってたってことだよな?喧嘩を止めるためとは言え、これ以上この体制でいることにならなくてよかった。


 そんな力を入れにくい状態ながらも、まずは腕を解放すべく動く。

 時を同じくして、少女2人の喧嘩も熱を増していく。


「食らいなさいっ!」


 青髪の少女がそう言って白を睨め付けるねめつけると海の方から人の頭程度の大きさの水の塊が空中に浮かぶ。それと同じ現象が何回か繰り返されたかと思うと、少しの間を持って次々に白へ向けて飛んでいく。もちろん当たれば打撲の傷は避けられない威力だ。


「そんなの食らうわけないでしょっ!」


 白はそんな危険物を大人の使うスコップと同程度の大きさのプラスチックスコップを振り回して、一つも逃すことなく叩き弾いていく。

 事態はこれ以上悪化しない様にも見える光景であり、2人の顔が笑顔であったなら子供が水遊びをしている微笑ましいものにも見えるだろう。


 だが青髪の少女はその光景すら我慢ならなかったようで。


「なんで!なんでわたくしの水を全部弾き返せるんですのよ!」


「私に意識を向けて攻撃してるからじゃないかな〜?」


「いいですわ。そんなに言うのならやってやりますわ!」


 そう言って青髪の少女が踏ん張り始めると、水平線が若干持ち上がった様に見える。そしてそのまま近づいて来るように見えた。


「おい!なんだあれ!」


「海水面が上がってない?」


「津波とかじゃないよな⁉︎」


 周りにいた他の観光客らは最初に気づいた人物の言葉を皮切りにほとんどの人が避難していく。


 突然ながらその異常さに白も気付いたのだが、意地でも逃げたくないのか、その場から離れようとしない。


 なぎさはと言うと、ちょうど腕が砂の重圧から解放されるところだった。目の前に迫る巨大な波を見ることによってなぎさの中の恐怖心が煽られる。これはヤバい、逃げなければと思いはするものの、解放した腕を持ってしても砂山と化した城は無くなる気配が無い。

 なぎさ自身が焦燥を抱いているため、遅々として作業が進まないと言うのもあるだろう。だがこの場合は砂に長時間埋まっていたことが裏目となっていた。さんさんと太陽が照りつける夏には当然、汗をかくだろう。そしてにじみ出た汗で固められた砂はなぎさの体にフィットし、なぎさの動きまでをも固めていたのだ。


 かくしてその波は砂浜へと到達する。遠目で見た時は小さく見えていたが、どうやら7メートル近くはありそうであった。

 なぎさはその波の上や中に逃げ遅れた海水浴客がいることに気づきながら


「(もうちょっと身体鍛えとけばよかったかなぁ)」


なんて考えて顔を腕で覆った直後。


 波が砂浜を襲った。


 なぎさが苦戦していた砂の城なんて目にも映っていないかのように押し流し、なぎさ自身も濁流に飲み込まれていく。とっさに足で体が動かないように固定しようとしてもその地面から抉り取られていき、抵抗は意味をなさなかった。自分の体が動かされていくのが分かる。


水の中で転がされ、回され、止められ、捻られ、洗濯機の中の衣類の気持ちを味わった。


 5秒経てども終わらず、20秒経てども終わらず、1分?もしかしたらもっと多いかもしれない時間耐え続け、限界が来る。呼吸が出来なくなっていく。自分の意思ではなく、無理やり息を止められる感覚。苦しい。だけどなんだかその気持ちも薄らいできて。


 意識を失った。

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