第2話 VSグライン

 とにかく、地面に転がったままじゃ何もできない。まずはっ、立ち上がらないと!


 そうやって身を起こした俺をは面白そうに眺める。そう、グラインだ。


「そんなに戦いたいなら、革命軍の幹部とやらと戦えばいいじゃないか」


「いや、戦えたらいいんだけどね?何でボクらがそいつを逃し続けてるか、考えてみなよ」


「一度見失えば見つけ出すのが難しい能力者.....」


「そのとおり。あと、これは別の話なんだけどさ。さっきからもやもやさせてくるそこの青い目をした彼女、中々に面白い異能を持っているみたいだね」


宥夢ゆめ⁉︎」


 名前を呼びながら振り返ると、そこにはグラインを睨みつける宥夢ゆめとその背に隠れるじゅんがいた。


「2人とも早く逃げろ!」


「それだとなぎさが助からないでしょ‼︎」


「そうだよ!なぎなぎ1人より3人の方が相手の対処だってしやすいと思うし....」


 ここぞとばかりにじゅんもこの場に残ろうとする。

 ああもう!仕方ない!学校をぶち壊す相手に安全な場所があるとは思えないし、このまま3人でグラインを相手取りながら助けが来るまで粘ろう!


宥夢ゆめは警察に連絡を!じゅんは俺のサポートお願い!」


「わかった!」


「うん!」


 俺たちは宥夢ゆめが走って行くのを尻目に、今一度目の前の敵と相対した。


「作戦会議は終わったみたいだね。.........じゃあ、行くよ?」


 その言葉を聞くと同時に純を引き寄せて横に跳ぶ。すると数瞬遅れて俺たちの立っていた部分から粉塵が巻き上がる。


 確か奴は音を操るだとかなんとか言ってたはず。見てから避けるなんて出来るわけない。さっきから腕を攻撃する方向に向けてもいないし。どうすれば?


 そんな事を考えているとじゅんが近くの瓦礫を拾い上げ、グラインに投げつける。


「おいおい、そんな瓦礫でどうしようっていうんっ!?」


 じゅんが投げた瓦礫は普通ならありえない速度で飛んでいき、グラインの目の前で粉々に砕けてしまった。だが全く効きそうに無いと言う雰囲気ではなさそうだ。

 じゅんは『重力の向きを変える』という異能を持っている。先程の瓦礫も、重力の向きを変えることであの速度を出したのである。

 回避が難しいのなら攻めるしかない。それに異能持ちでない人間だと思わせて、興味を失わせればあるいは。そう考えながら、俺はじゅんが作ってくれた時間を使って約7メートルあるグラインの元へと走る。

 しかし、グラインは俺の接近に気づいてもその場を動こうとしない。俺が何をどうしてもダメージを与えられないとでも思っているのか?


「ッ‼︎」


 もはや相手の手すらも当たるだろう位置で息を止め、右腕を振りかぶる。

 勢いよく拳がグラインへと吸い寄せられて......


 手応えがあった。


「ゔぁっ!」


 グラインの叫ぶ声が聞こえ、一撃を入れることができたのだと認識できた。そうして、グラインが怯んだところにさらに一撃を入れようと右腕を動かそうとしたが、力の入る気配が無い。どういうことだと自分の右腕がある場所を見る。

 そこでやっと惨状に気が付いた。


「ひぎぃ!」


 腕は黒く変色し、ところどころから血が流れ出している。動かそうと思っても、変色した部分と無事な部分の境目から痛みが返ってくるだけ。腕はやはりピクリとも動かなかった。

 そんな痛みに耐えながらもグラインの方を見てみると、赤く腫れ上がったほおに手を当てていた。

 全力で殴ったにしてはダメージが少なく見える。多分だが、この変色した腕と無関係ではないのだと思う。


「ふーっふーっ」


 荒く息をはきながら少しずつ後ずさる。が


「当然、逃がしてもらえるわけないよね?」


「うぅ!」


 そうしてほおから手を離したグラインは、俺を追うため一歩踏み出す。


 じゅんを尻目にすると彼女は俺の腕がぐちゃぐちゃになったことにショックでも受けているのか顔が青ざめているのがわかった。

 俺を追って来るならじゅんから出来るだけ離れた方がいいか。

 走ると腕に衝撃が伝わって痛いから速歩きのような形になる。


 グラインはこちらへ歩きながら独り言を続ける。


「いやぁ、君が異能を工夫してボクにもっと大きなダメージを与えて来るかと思いきや。何の変哲もない右腕で、致命傷を受けるのも承知の上で。オマケにボクによってさらに威力を散らされるザマ。君は異能を持っているんだろ?何てったってボク相手に前衛を進み出るくらいだ。期待していたんだけどねぇ」


 やはり威力は小さくされていたようだ。それに異能を使おうが使うまいがどちらかがダウンするまで戦うのは既に決定しているらしい。


 そうやって現状を確認すると次に浮かんできたのは焦りと恐怖。もしかしたら助けが間に合わず、殺されてしまうんじゃないか?もし自分の異能を使って、手も足も出なかったら?助かったとしても手足が欠損してしまうなんて嫌だ。


 さらに想像は親しい人にまで及んでいく。


 宥夢ゆめは警察へ連絡できたのか。連絡できているなら警察は向かってきてくれているのだろうか。じゅんは今どうしているのか。もしかしたらもう殺されてしまったのだろうか。お姉ちゃんは........大丈夫か。

 腕の惨状が恐怖という現実を後押しする中、そんな益体もない考えばかり浮かぶ。だからこそ、まとわりつく負の感情を振り払うために叫ぶ。


「分かった!異能を使ってやる!」


 そんな決意の言葉虚しく近くから声が重なる。


「なぎなぎから離れてぇ!」


 その声と共に世界は左へと動き始めた。いや、違う。


 自分が右へとのだ。


「ッ⁉︎」


 虚を突かれ呆然としたのもつかの間、今起きている出来事に対し対応を始める。宙を舞う体を捻り辺りを見渡すと、俺だけで無く、グラインやこの状態を引き起こしたであろうじゅんも落下しているのが見えた。流石にこの状態でグラインにかまっている暇はない。じゅんを何とか手繰り寄せようと壁となった地面を思いっきり蹴って、少しでも近づく。右腕を伸ばそうとして、経験したことのないような激痛が右腕全体を襲う。

 忘れてた!右腕はグラインに使えなくされているじゃないか!バカっ!

 ならばと今度は左の腕を伸ばす。じゅんは気絶しているのか体を動かそうとしている気配はない。ならばと余計に腕を伸ばして、伸ばして、伸ばして。あと少しで届く、そう思った........


 受け身も取れず、何かにぶつかった。


「ふばぁっ‼︎」


 衝撃が身を包む中、辛うじて思考を続ける。固い?でも壁じゃ無い?ぶつかるというよりも食い込んだ?


 考えるよりも見たほうが早いと目を開けると、そこはグラウンドの隅にある野球の防球ネットであった。助かったことに一息つく。しかし、事態は急を要するものだと思い出す。


「そうだ!じゅん!」


 急いで顔を上げると、後ろから唸り声が聞こえる。グラインかと思い、ネットの上で不安定にも構えようとしてじゅんが唸り声を出していることに気がついた。


「よかった。引っかかってて」


「う〜ん。なぎなぎの声が聞こえるぅ、これは幻聴?」


「幻聴じゃない!本物だ!」


「うわっ⁉︎今度は幻覚まで!」


「いい加減にしろ〜!」


 おふざけをするじゅんの髪の毛を、左手でわしゃわしゃとかき乱していく。


「ぎゃあ〜‼︎私の今日のマイヘアーがぁ!」


「いつもおなじだよ!」


 まったく。こんな状況ではしゃぐか普通?取り敢えずちゃんとした話をしよう。


「またあいつが来る前に「あっ、異能戻すね!」..イテッ!」


 今度は地面へと落ちるが、地面との距離が近かったので尻もちをつく程度で済んだ。さっきからタイミングが噛み合わないが話をしよう。


じゅん!あいつはどこへ?」


「私の異能の範囲外に行ったのは分かったんだけど....」


 その返事を受け、グラインが落ちて(飛んで?)いったと思われる方向を見るが、その姿は見えない。まさか見えなくなるまで落ちて(飛んで?)行ったとは思えない。それでも心配なものは心配なので、じゅんに一緒に逃げるよう促そうとすると、遠くからパトカーや救急車のサイレンが響いて来た。あぁもう大丈夫なんだな、と考えると体から力がストンと抜ける。


「...!なぎなぎ!」


 じゅんが呼んでくるが、今はなんだか疲れてしまって安心させる言葉も出せそうに無い。


 何人かの人の足音が近づいてくる。その中には、聞き慣れたものも混ざっていて。


「....ぎさ!なぎさ!」


 沈んでいく意識の中でそんな声が聞こえた気がした。


= = = = =


 ざわざわざわざわ


 4時間目の授業が終わり、昼食の時間になると生徒たちの会話の音で溢れかえる。


 「ねぇなぎさ。今日のお昼はお弁当?それとも購買?」


「今日はお弁当だよ。宥夢ゆめは購買?」


「うん。ちょっと買いに行ってくるね!」


「なぎなぎー。特に相手いないなら一緒にお弁当食べよー」


 うなずく。


「えっと、p%s々3も一緒なんだけどいい?」


 もう一度うなずく。


「ありがとー!」


「うわぁ。今日もれんれんの卵焼き美味しそう!一口だけでいいから分けてくれない?」


 宥夢ゆめが戻っていた。


「いいよー。今日の卵焼きは結構上手にできたんだー!あっ、e々^gl3も食べる?」


「ns_…++○5vdgy・2v_〆3_^…ge々%・vb&nn」


 白い人   男か女かもいまいちわからない


 名前は.....?     あれ?


= = = = =


 夢か。


 そう意識すると記憶がパッと消えてしまう。


 あれ?いつもの学校の夢を見ていた気がしたんだけど。んー、でも何か忘れてるような。


 そのままいくばくか考え込むもののやはり忘れてしまったものは欠片もその姿を見せようとしない。


 もどかしさを感じつつも目を開ける。


「ん〜?」


 目を開けるといつもは違う部屋にいることに気付く。病室、であろうか。手すりなどがついたベッドに、テレビ、そしてなんといっても普段嗅ぎ慣れない匂いが嗅覚を刺激してくる。嬉しいことに相部屋ではなく個室だ。


「........。あぁ、そう言えば」


 1人で考えられる時間はたっぷりとあると思うので、長々と時間を使い、起きたことを振り返る。学校で突然轟音が鳴り響いたり、避難した先でグラインとかいう男と戦うはめになったり。確かその時に右腕が......。

 右腕の様子が気になった。病室にいる以上ちゃんとした処置を受けてはいるはずだが、果たして....

右腕は怪我の跡すら無くなっていた。


「ふぅぅ」


 これで右腕が都合上切り落とされて無くなっていたらさすがに発狂は避けられなかっただろう。

 ここで改めて言っておくが、あのレベルの怪我を負えば通常の人間の腕なら間違いなく使い物にならなくなる。それなのに俺の右腕が完治しているのには俺の異能が関係している、はず。もしかしたら有能な医療関係の異能者が怪我を治してくれたのかもしれないが、あの時点から病院に着くまでの時間だと手遅れになってしまう可能性が高い。よって、最低でも応急処置を施したのは俺の異能、『自身を回復する』という異能であることがわかる。というか、じゅんが異能を使う前に俺が異能を使っているからやっぱりほとんど俺が治してたんだろう。


 ガラッと扉の開く音がしたのでそちらの方を見ると、そこには姉が立っていた。


「あっ、お姉ちゃん!」


「あれ?なぎさ⁉︎起きてるじゃん!」


 そんな風にびっくりしながら近づいてきた姉は、俺の横たわるベッドの近くの机にどこかで買い物をしてきたであろう袋をドサッと置く。


「買い物帰り?」


「うん。ただここに来るためにケーキを買ったって言う理由もあるけどね」


 おっと、それならばちょうど目覚めていてよかった。ではさっそく美味しそうなケーキを頂くことにしよう。


「ありがとうお姉ちゃん!今ちょうどお腹が寂しかったんだよー」


「えっ?あーいや、なぎさが起きない間とか特にすることなくて暇だし、こんな時間だし何か食べたくて......」


 時計を見ると午後5時だった。確かに夕食を食べるにも微妙な時間帯だ。だからしかたない、のか?


「けど、起きてるよ?」


「うーん。じゃあ、帰ろっか」


「⁉︎病人を動かすのはどうかと思うんだけど」


「お医者さんから目が覚めたらそのまま帰ってもらっても構わないって言われたし」


 なんだそれは。どんなブラックホスピタルだよ!

 後から聞いた話によると、予想通り俺の異能によって怪我がほとんど治っていたので、治療行為は少しだけしか行っていないらしい。つまり実質軽症だったわけだ。だが予想外に俺が1日近く眠っていたので、目が覚めた後軽く診察をして特に異常がないようだったら、そのまま帰宅してもらってかまわない。ということらしい。


 そんなこんなで姉が持ってきた服に着替え、軽く診察してもらい、帰路についた。とは言え軽い診察でもそこそこの時間はかかってしまったので、すっかり夕暮れ時となってしまった。姉と家までの道を歩きながら危ないこともほどほどにとか、テストのできはどうだっのかとか、そんな会話を続けているとあっという間に家についた。

 玄関をくぐり、夕食の準備をする姉と別れ、そのまま自分の部屋へと向かう。扉を開け、中に入るといつもの部屋の空気が俺を出迎えてくれる。ベッドの横にデスクとパソコン。そこから振り返れば、本棚にラノベやアニメのグッズなどの趣味嗜好の品が並べられている。


 なんというかほっとする。あれだけの異常事態が起こって一時はどうなることかと思ったが、こういったいつもの光景を目にすると改めて日常へと戻ったことに気付かされる。

 そのままデスクの方まで行ってパソコンで気になる曲やお気に入りの実況者の新着動画を調べる。

 おっ、この人新しい曲出してたんだー。

 非日常のリバウンドのせいか熱中してネットサーフィンをしていると。


「なぎさー。ご飯できたよー」


 どうやら夕食の支度が終わったらしい。あともう少しだけ動画を見続けていたいが約1日眠っていた分の空腹は凄まじく、抵抗できずに食卓へと誘われていく。


 さて、今日の夕食はなんだろう。

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