第3話~アリシアの嘆きⅢ~
アリシアは静かに執務を進めていた。執務室のデスクの上に積み重ねられた書類の山は、彼女の果てしない責務を象徴している。彼女の脳裏には、「ミュティオス・フォルトロイデア」という名前がよぎったが、今はその思考を追う暇もなかった。
「本当、なんでこんなに勇者って異常なのかしら。まあいいわ、執務の仕事を片付けないと」
自らに言い聞かせるように呟き、再び手を動かし始めたその時、突然扉が勢いよく開かれた。
「失礼します!」
二人の少女が部屋に駆け込んできた。金髪でツインテールの少女は嬉しそうに笑い、アリシアの元へとまっしぐらに走っていく。金髪のポニーテールの少女では、少し恥ずかしそうにその後ろをついてきた。
「えへへ!遊びに来たよ、アリシアお姉ちゃん!」
ツインテ少女は無邪気に言い放つと、ポニテ少女がたしなめるようにその肩を軽く叩いた。
「こら、リリス!お姉様は今お仕事中なんですから」
「いいのいいの、アリス!だってもうお昼の時間だよ?ねえアリシアお姉ちゃん、一緒にご飯食べに行こう?」
二人の名前はリリスとアリスだ。双子のサキュバスは約四百年前に別個体がいたと父から教わっていたがまた別の個体なのだろうか。アリスは困惑しながらも、微笑んでアリシアに目を向けた。
「もう、リリスったら。私からもお願いします、お姉様」
アリシアは二人の様子を見て、少しだけ微笑んだ。彼女は書類の束を横に置き、立ち上がった。
「わかったわ、行きましょうか。アリス、リリス」
その言葉にリリスは大喜びで跳ね回る。
「やったあ!」
アリスも嬉しそうに頷いた。
「久しぶりにお姉様とご飯できるの嬉しいです!」
三人は一緒に食堂へ向かうことにした。歩きながらアリシアはふと気になって、二人に尋ねた。
「二人は確か西方の遺跡に行ってたのよね?」
リリスは勢いよく頷き、話を始めた。
「うん、そうだよ。何千年も前の勇者が建てたって言われてる古代の遺跡、報告書は後で出すけどかなりやばいね」
アリシアは少し驚いた様子で続けた。
「どういうところが?」
その問いにリリスは真剣な表情を浮かべた。
「それが、紫結晶の中に謎の女の子がいたんです」
その言葉を聞いて、アリシアは足を止めた。彼女の表情が険しくなる。
「えっと、つまり?」
アリスが深刻そうに頷く。
「得体の知れないヤバめの爆弾が魔族領にあるってことさ。いつ爆発してもおかしくない。爆発したら人族との戦争を中断してそっちの対処に行かないと世界が滅ぶレベルだよ」
アリシアはさらに慎重になり、その基準について尋ねた。
「その世界が滅ぶレベルってどういう基準で考えたの?」
リリスは少し考えた後、アリシアに一冊の本を差し出した。
「アリシアお姉ちゃんはこの御伽話は知ってる?月華の誓い、終焉の旋律っていうんだけど」
アリシアは本のタイトルを見て首をかしげた。
「知らないわ、初めて聞いた」
リリスは頷き、続けて説明をする。
「御伽話というけれどバッドエンドで残酷に終わるから子供達からも評判が悪くて忘れ去られた御伽話って言われている作品だよ」
その話に、アリシアは少し戸惑った表情を見せた。
「そんなこと、お父様から聞かされてないわよ?」
「そりゃあ先代魔王も知らなかったからね、この話は」
アリスはさらに続けて、事の重要性を強調した。
「確かこの話はアリシアお姉様のお爺様が皇太子として動いていた時に七天眷魔の一人が研究していたとのことです」
アリシアは驚きを隠せなかった。私の生まれる前にそんな研究がされていたことや、そのことを父が知らなかったこと。どれも私にとっては頭が痛くなる話だ。
「それでさ、なんでこの話したかっていうとね。その御伽話に出てきた少女と紫結晶に封印されてた女の子のコード名が一緒だったってわけさ」
アリシアは状況の深刻さを理解し、二人に指示を出した。
「それは何か因果関係があるかもしれないわね。爆弾を誤爆させないよう気をつけながら調査してね」
「わかった!アリシアお姉ちゃん」
「わかりました、アリシアお姉様」
アリシアはリリスとアリスの頭を優しく撫でると、二人は元気よく返事をした。アリシアは少し気を取り直し、再び微笑んだ。
「じゃあ食堂向かいましょっ、お腹減ったでしょう?」
「うん、お腹減った!」
「私も減りました。今日は人族で流行しているラタトゥイユというモノらしいです!ズッキーニとナスと玉ねぎをトマトで煮込む料理みたいです」
「ふうん、人間って変な名前の料理を考えるのね」
アリシアはその言葉に興味を示しながらリリスとアリスと手を繋ぎ、食堂へと向かうのだった。
待ちぼうけ魔王と勇者観察日記 雪華月夜 @snow916white
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