第2話~アリシアの嘆きⅡ~

「また何かしでかしたの!?」

「はい、またやらかしました」


 ケリュネイアの大鹿を産み出した事件の翌日、アリシアは執務室にて書類仕事をしているとゲルドが慌てて入ってきたことに違和感を覚えた。少し考えた後、そういえばと昨日の出来事を思い出した。嗚呼、あの勇者がまたやらかしたんだなあと。


「今度は何?」

「防具はパーティメンバーと相談し合ってケリュネイアの大鹿を用いることにしたらしいんですけど、今度は武器が欲しいと言い始めたそうです」

「今度はそっちかあ…、まあ予想はしてたわ。こうなることくらい」


 アリシアは頭を抱え、ため息をついた。勇者の行動がまたもや波紋を呼んでいる。彼の大胆さと突拍子もない計画は、毎回アリシアの想像を超えていく。


「それで素材についてですが…」

「何かまたやばいものを使うつもりじゃないわよね?」

「それが、不死鳥を使うそうです」

「不死鳥!?またあのクソ馬鹿勇者、この地球上で唯一の存在の不死鳥を殺そうっていうの!?」


 アリシアの顔が真っ青になった。彼女は執務室のアンティークの椅子に座りながら、顔を手で覆い、心の中で祈った。どうか、その愚かな計画が実行されませんようにと。


「あ、今パーティメンバーから説得されてます!不死鳥はやめよう?あれは何千年に一度見れるかどうかの唯一の個体だよ!とのことです。頑張れ魔術師ちゃん!」

「お前、魔術師狙いか。ふうん、あんな幼いのが良いのかお前は」

「あ、いやあ。そういうわけではなくて」


 アリシアは彼の言葉に反応し、再び深い溜息をつく。本当大丈夫なのだろうかこの組織。


「それで?次は何をしでかすんだ?」

「鶏の首根っこをしっかりと掴んでおりますね」

「ま、まさか!?おいゲルド!早くモザイク処理をしろ!私にグロを見せつける気か!」

「は、はい!かしこまりました!!!」


 画面越しに見えるゲルドの慌てた様子に、アリシアはさらに苛立ちを覚える。勇者の行動がすでに手に負えない状況に進んでいることを実感していた。


「ふう。あの男、もしかしたら首ちょんぱをするかもしれないわ」

「あ、予想外れましたよ。グロくはありますが」

「どうなった?」

「高濃度の炎の魔石を鶏に食べさせまくってます。うわあ、鶏が苦しそうだあ」


 アリシアは深いため息をつきながら、画面越しに映し出された鶏の苦しむ様子をじっと見守りながらデスクにある山積みの書類の処理の続きを始めるのだった。


「棒読みになっているぞゲルド。まあ私も流石にツッコミ疲れたが」

「ええ!?嘘だ!鶏が突然変異してあんなものが誕生するなんてことあり得ない!」


 ゲルドは画面を見つめ、唐突な出来事にひっくり返ってしまった。モザイク処理が行われていた画面からモザイクが消失した。


「まさか不死鳥が出来たのか!?」

「いえ、それが…ホルスが誕生しました」

「……えっ……」


 数刻、時が止まった。実際に止まったのではない、アリシアは何も言うことが思いつかなかったのである。


「えっと…あの…ああ、あの勇者は馬鹿なの!?ホルスっていえば古代タスニ王国で神聖視されているあのホルス!?今度は神を造ったの!?」


 アリシアの顔に驚愕と困惑の色が広がる。彼女はデスクに表示されている画面を凝視し、何度も見直してこれが現実に起きていることだと再認識する。彼女の表情には焦りと呆れが混じっていた。


「すみません…今勇者はホルスと話し合って杖を貰えることになったみたいです」

「その名前は?」

「王の杖ハルカだそうです」

「ハルカ、遥か昔に伝説上の杖として壁画に書かれていたわね」

「ハルカだけにですか?」


 アリシアの言葉に反応してついゲルドは口を滑らせてしまった。ゲルドは恐怖と焦りが混じった表情で画面に向かって頭を下げる。彼は怯えながら包まってしまった。『まずい!これはまた叩かれる流れだ!』


「ほんっっっっっと!うるさい!!!」


 アリシアは鋭い声を張り上げ、デスクの上の紙の散乱していない場所をめがけて拳を叩きつけた。その音が部屋に響きわたった。ゲルドはその台パンの音に恐怖をするしかなかった。


「ひぃぃぃっ!」

「揚げ足を取らない!」


 今回は叩かれなかったと肩の荷を降ろすと再び二人は画面を眺め始めた。


「す、すみません。というか、まるで見てきたようですね」

「そりゃ実際に見てるわけないでしょ?歴史書よ、貴方も勉強したでしょう?」

「もう忘れました」

「はあ…流石ドワーフ、時の流れが違うから昔のことは忘れるって?」

「そうですねえ、もう私の親の名前も覚えていません」


 ゲルドが言ったその言葉に、アリシアの目が鋭くなり、彼に向けられる視線が冷たくなる。アリシアは目を鋭く尖らせ、ゲルドの発言の真偽に疑念を抱くのだった。


「確か昔言ってたわよね。親族の名前は上からガルド、ギルド、グルドだって」

「ぎくっ」

「嘘ついたの?」

「い、今思い出しました」


 ゲルドが汗だくになりながら、焦りの表情を浮かべた。彼はアリシアの質問に対して言葉をもごもごとつぶやき、諦めたかのように本当のことを話すのだった。


「それで勇者はどうなったの?」

「継承の儀式に入ってるようですね」

「勇者なのに剣じゃなくて杖で戦うことになるのかしらね」

「勇者は今回も取り違いをしましたね、鳥だけに」

「うるさい!」


 アリシアは席を立ち、ゲルドの元に徐に近づくとゲンコツを喰らわせた。


「いってぇ!殴らなくてもいいじゃないですか!」

「じゃあもう親父ギャグは言わないこと」

「はい…善処します。それじゃあ私は会議があるので離れますね」

「あ、うん。行ってらっしゃい」


 静かになった執務室でアリシアは紅茶を淹れ始める。今日はアールグレイだ。ジャンナ帝国産の本格茶葉を用いている。紅茶の色味がつくまでの間、アリシアは書類を眺めていた。それは魔族領の問題一覧だ。現在何処でどんな問題が起きているのか、それの対策を部下たちが考えてくれている。アリシアは魔族の民を守る為、今日も書類の山と対峙するのだった。するとアリシアは画面の向こうで勇者の名前が呼ばれていたことに気づいた。


「勇者の名前、なんなのかしら。一応、知っておこうかしら」


 少し巻き戻して再生をしてみると治癒士の口から勇者の名前がはっきりと告げられていたのだった。その名も"ミュティオス・フォルトロイデア"

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