朱夏

時輪めぐる

朱夏

 私は、むんずとそれをつかみ上げて驚いた。

「何これ?」



 都会の大学に進学し、そのまま現地の設計事務所に就職。三十九歳の今日まで、建築設計を生業なりわいにしている。

 両親に乞われ、数年ぶりに盆休みに帰省した私は、自宅に隣接する空き地の草取りを、母に頼まれた。

 母は体調が思わしくない。持病があるが、それなりに日常生活を送ってきた。それが、この夏の暑さにやられたらしい。お盆には、父が氏子代表を務める神社の、四年に一度の大祭たいさいがある。父はその準備で忙しいので、母の面倒を見て欲しいという。

 元気だからと、日頃あまり気にも留めていなかったが、両親は高齢になっていた。自分も歳を取っているので当然なのだが。

 今年の夏は暑すぎて、小まめに草取りが出来なかったのだという。もっとも、今年七十歳になる持病持ちの母に、この空き地は、もう手に負えないだろう。数年前は家庭菜園だったが、放置され、見渡す限り腰位の高さまで草が茫々ぼうぼうだった。

 何処から手をつければ良いのかと、暗澹あんたんたる思いになったが、少しでも、親孝行になればと、端から草を取り始めたのが一昨日の事。早朝の涼しい時間帯に、少しずつ作業を進めていたのだが。



 ザワザワ、サワサワと草のこすれる音に、斜め前方に目を向けた。

 何かが、生い茂った草を分けて進んでいる

 大きさから推定するに、野良猫だろうか。

 しかし、猫にしては動きが変だった。何というか滑るように移動している。

 目で追っていると、茂った草の間から飛び出して、草取りをした辺りを走り抜けた。

 すると、その走った跡から、草がグングンと伸びた。走り回る軌跡きせきのままに、後から後から、早送りのコマの様に草が茂った。

「えっ」

 目を疑った。何が起こっているのだろう。

 と、思うと同時に、猛烈に腹が立った。

 折角せっかく、草を取って綺麗になったというのに、何かが草をやしているのだ。一昨日からついやした、時間と労力はどうなるのだ。

「何なの?」

 大股で近付き、掴み上げて驚いた。

 見た事も無い生き物? いや、生き物なのかも良く分からない。

 草で編んだお面を着けた身長十五センチくらいの小人は、白装束しろしょうぞくを身に着けているが、裸足だった。

『ぐぬぬ、離せ。ワシが見えておるのか、オヌシ』

 草で編んだお面は、四角くて、体に対してやけに大きい。お面の所為せいで表情は分からなかった。

しゃべったー!」

『いや、オヌシの心に直接話しておるのじゃ。と、かく、離せ』

「だが、断る! アンタは、私が折角せっかく、草を取ったのに、生やしたじゃない。離したら、また生やすんでしょ?」

『それがワシの仕事じゃからな』

「はぁ?」

『ワシを知らんのか?』

「知らん」

 でも、そのお面は知っている。

『ワ、ワシは、夏の精霊じゃぞ』

 夏の精霊と名乗ったそれは、白装束の腰にひも代わりに絞めていた草のつるを、小さな両手でググッと持ち上げた。

「夏の精霊?」

『そうじゃ、ワシは草木を茂らせ、夏の花を咲かせるのが仕事じゃ。夏は、生い茂る、繁茂する、さかる季節なのじゃ』

「こんなに草を茂らせたのは、アンタだったのね」

『カカカ、それがワシの仕事じゃもん』

「じゃもん、じゃない!」

 私は、力任せに夏の精霊をぶん投げた。

「もう、こっち来んな!」

 精霊は『あーっ』と声を上げながら、空き地と道路の境界辺りへ飛んで行った。

 空き地の四分の一くらい綺麗になっていたのに。私のこれまでの努力は水の泡だと思ったら、脱力した。

 少し休憩しよう。小まめな水分補給と言うし。自宅の縁側に腰掛けて、汗をぬぐう。今日も暑くなりそうだ。スポーツドリンクを飲んでいると、先程の夏の精霊が滑る様なり足で近付いて来た。結構なスピードだ。

『夏の精霊であるワシを粗末に扱いおって。こうしてくれる!』

 夏の精霊は、ジャンプすると、あっという間もなく、私の背中にりついた。

「あっつい!」

 まるでカイロを背中に着けているかのようだ。汗が一気に噴き出した。真夏のカイロは、地獄のように暑い。

『カカカ。そうじゃろ、そうじゃろ。ワシは夏の精霊じゃからな』

 背中に手を回して、引き剝がそうとしても、体が固くて手が届かない。あっちから、こっちから手を伸ばした挙句あげくに諦めた。誰かに取って貰おうと思っても、見える人でなければ、何処にくっ付いているのか分からないだろう。

「ま、いっか」

『いいのか? オヌシ、諦めが早いのう』

「取れないのだから、仕方ない」


 学生の頃、似たような事があった。

 地元大学に希望の学科が無かったので、都会の大学に進学した。

 一人暮らしのアパートは六畳一間だったが、そのすみの一つは、窓から遠く、照明を点けても常に暗かった。そこにソイツは居た。

 所謂、地縛霊じばくれいなのか、何かの精霊なのか。サイズ的に人間ではなかった。

「悪いけど、出て行ってくれる?」

 私は、ソイツを掴むと、窓を開けてぶん投げた。

 ソイツが居なくなった部屋の隅は、照明が届くようになり、明るくなった。

 しかし、ソイツは直ぐに戻って来た。今度は私の背中にりついたが、無視を決め込むと、いつの間にか居なくなっていた。あきらめたらしい。


 だから、背中のコイツもその内離れるはず。

 私は、見える人なのだ。何で見えるのかは分からない。我が家が代々、地元の『朱夏しゅか神社』に神楽舞かぐらまい奉納ほうのうする家柄の所為せいなのかもしれない。

「お父さんは?」

 家の中に父の姿が見えないので母に訊ねる。

「お父さんは朝から、神社へ神楽面かぐらめん作りに行ったわよ。それより、ご飯食べちゃって」

 夏の大祭は明日だという。

 シャワーを浴びる為に衣類を脱ぐとき、夏の精霊は動き回り、引きがそうとする私の手を逃れた。

 りつかれている所為せいで、浴びる冷水は、お湯になった。光熱費が節約できるかもしれない。

 遅めの朝食を終えると、母は、父に十時のおやつを届けて欲しいと言った。

 草取りは、まだ途中だ。本当は、もう少し取る予定だった。ちょっと休憩のつもりだったが、徒労感でヤル気が失せてしまった。


(コイツの所為せいで)


 イライラしたので、孫の手で、背中の熱を感じる辺りをパシッと叩いてみた。が、避けられて、自分の背中だけが痛い。

『カカカ』

 耳元で笑い声がした。



 母から託された飲み物やお菓子を持って家を出た時、隣家のクミちゃんが、丁度、家から出て来た。

「クミちゃん!」

「ナツキ! 久しぶり」

 幼馴染のクミちゃんは、結婚して隣町に住んでいるのだと母が言っていた。お祭りがあるので里帰りしているのだという。

「クミちゃん、何だか綺麗になったね」

 小学三年生の男の子のお母さんだそうだ。

「そういう、ナツキは相変わらずだね」

「まぁね」


 私は大学生の時から、ずっと飾り気無しだ。

 所属した建築学科は、ほとんど男子だった。

 定員百数十名の内、女子は私を含めて三人しかいなかった。その中で、私は、四年間、ノーメイク、つ男子学生と変わらない格好で過ごした。元々、あまり外見に気を使わなかったが、男の群れの中で生活している内に、男子化が進んだ気がする。

 私は建築設計の仕事に就きたかった。だから、田舎に戻らず都会で就職した。

 就職してからも、周りは男しかいなかったので、そのままモッサリを良しとしていた。


「もう少し、お洒落しゃれすると良いかも」

 クミちゃんは、母と同じ様な事を言う。

 さすがに、「結婚しないの?」とは言わないが。

 その言葉を聞きたくなくて、ずっと帰省していなかった。


 私は、女の道より仕事を選んだ。その為にあきらめたものもあるのだから、この道を脇目もふらず進むしかないと思い、生きてきた。

 就職後に浮いた話が無かった訳ではないが、自分のキャリアを手放す気はなく、仕事と家庭の両立が図れるとも思えなかったので、結果、今日まで独身だ。アラフォーになった時、あせらなかったと言えば嘘になるが。


「差し入れを頼まれて、これから神社に行くの」

「私も。お兄ちゃんに差し入れを頼まれて、もって行くところ」

 私は、クミちゃんと一緒に神社に向かった。



朱夏しゅか神社』の祭神は夏を司る神様だ。神社の集会所では父を始め氏子の男衆が集まって、神楽舞の準備をしていた。草の香りがする。

 父とクミちゃんの兄のヤマトさんは、長い葉の草で四角い大きなお面を編んでいる。


(これだよ、これ!)


 背中のアイツのお面。見覚えがあった訳だ。最後に見たのは高校生の時。

「アンタ、此処の?」

 背中のカイロ(アイツ)に小声で話し掛ける。

『だから、そう言っておろう? ワシは夏の精霊じゃと』

「ん? ナツキ、誰と話しているの?」

 クミちゃんが不思議そうな顔をする。

「ううん、独り言」

 クミちゃんは、「ふうん」と言って視線をヤマトさんに移した。

「お兄ちゃん! 差し入れ持って来たよ」

 ヤマトさんは、編んでいる草のお面から顔を上げた。

「お、クミ! あれっ、ナツキちゃん?」

 まぶしそうに目を細める。

 少しオジサンになったけれど、変わらず素敵だ。誠実そうな人柄が、全身からにじみ出ている。

 ヤマトさんは、私達より三つ年上で、地元の大学卒業後、ご実家の家業を継いでいた。

「……お、お久しぶりです」

 日頃、男の群れの中で、男に同化して生きている私。男性と話すのは何でもないはずなのに、緊張して言葉に詰まる。

 きっと背中のアイツが熱い所為せいだ。

「ナツキか。母さんからの差し入れかな」

 父も顔を上げる。

神楽舞かぐらまいを、ヤマト君と一緒に舞うんだよ。俺より上手に舞えるんだ」

「そんな事、無いですよ、師匠」

 ヤマトさんは、ちょっと照れたように笑う。

「ナツキちゃん、見に来てくれる?」

 真直ぐ見詰められて、また言葉に詰まる。

 私は、「はい」と小さく言ってうなずいた。

 もっと、何かお愛想あいそうを言えれば、良かったのだけれど。

「あ、そうだ! お兄ちゃん、ナツキちゃんと一緒にお祭り回ってあげたら? 一人で回るのも寂しいし」

 クミちゃんの思い付きに、私は「えっ」と顔を向ける。


(そんな勝手に……。ヤマトさんが困るでしょ)


「じゃあさ、舞の奉納の後、一緒にお祭り回ろうか? 良いですよね? 師匠」

 予想に反して、ヤマトさんは私を誘ってくれた。

「良いんじゃないか。奉納の後は、特に何もない」

 父は、私の顔を見てにっこりとする。

「と、ところで、今更なんだけど、このお面って、どういう物なの?」

 何だか恥ずかしくなって、私は話題を変えた。そういえば、ちゃんと聞いた事が無い。

「ああ、これか」

 父は、編み上がったお面を脇に置いて、『朱夏しゅか神社』の成り立ちを語り始めた。

「朱夏というのは、人生の夏のことだ。この神社が夏を司る神様をお祭りしているのは知っているね。『夏』という字の成り立ちを調べると、大きなお面を着けた人が、り足で踊る様子を表しているということだ。

 昔から、夏の繁る力、さかる力に対しての畏怖いふと祈りがあったのではないかな。

 そういう訳で、大きなお面を着けて夏の神様に、神楽を奉納するのだと、俺は親父から聞いた」

 父の話の間、背中のアイツは『そうじゃ、そうじゃ、その通り』などと、相槌あいづちを打っている。

 父は続ける。

「人生の四十歳から六十歳までが朱夏だそうだ」

 私は明日、四十歳になる。ということは、朱夏の始まりだ。

「なるほど、実りの秋を迎える為に、爆発的に繁茂する夏が必要なんだね」

『ワシの大切さが分かったか?』

 アイツが付け上がる。

「まぁね。だけど、草茫々ぼうぼうになるのは、ちょっと困る」

『ワシは、オヌシに投げられた仕返しをするまで離れんぞ』

 結構、執念しゅうねん深かった。



 ヤマトさんに、お祭りに誘われたことが、すごく嬉しい。

「お母さん。明日、私、隣のヤマトさんとお祭りに行くことになった」

 帰宅するなり母に言うと、母は着て行くものの心配をした。

「えーっ、別にこれで良いよ」

 着ていたTシャツとジーンズを指差す。

「ダメダメ。浴衣ゆかたを着て行きなさい。遂にこの日が来ましたわ」

 母に言われて、和ダンスの引き出しを開けると、私の為に仕立てた浴衣一式が入っていた。

「苦節十数年、ナツキが浴衣を着る日が来るなんて。ううっ」

 何も泣かなくても良いのに。でも、お蔭で、明日は浴衣でお出掛けできる。ありがとう、お母さん。

「着付けは、クミちゃんが出来るって言っていたから、頼んでね」



 翌日、大祭の当日になった。

 着付けてくれたクミちゃんは、浴衣の私をめる。

「うんうん、良い感じだよ、ナツキ」

「そ、そう?」

「これで、お兄ちゃんのハートは頂きだ」

 肩に手を掛けたクミちゃんが顔を寄せる。

「な、何」

「私、知ってるよ。ナツキが、お兄ちゃんを好きだったこと」

「……昔のことだよ。大学に行く時にあきらめた」

「ナツキは諦めが早いと思う。妹の私が言うのもなんだけど、お兄ちゃんは優しくて真面目まじめで良い人だよ」

「知ってる」

「結婚を勧められても、全部断っちゃうの」

「えっ……そうなの?」

「何でか分からないけど」

「……」

「私は、ナツキとお兄ちゃんなら、上手くいくんじゃないかと思っている」

 クミちゃんは、肩から手を離して腕組みをした。

「夏ってさ、何かザワザワするっていうか、内なる力が増すというか、いつも出来ない事が出来ちゃうような気がしない? それに、今日はナツキのお誕生日。四十歳になるよね、おめでとう。人生の夏の始まりじゃん。今夜キメよう!」

 クミちゃんは、後から合流した旦那さんと、小学生の息子さんの三人でお祭りを回ると言った。



 朱夏神社では、神楽殿かぐらでんの周りに近隣の人が大勢集まって、神楽舞かぐらまいの始まりを待っていた。

 やがて、笛や太鼓の音に合わせて、緑の草で編んだ、大きなお面を着けた白装束の男が二人、神楽鈴かぐらすずを手に登場した。白い足袋で反閇へんばいを踏みながら、舞台の四隅を回った後、中央で掛け合いの様に舞った。

 シャン! シャン! シャン! シャン!

 神楽鈴が振られる度に場の空気が清浄せいじょうになって行く気がする。お面の下に絞めた白く長いハチマキが、舞う度に棚引たなびいて勇ましい。若い足取りが、ヤマトさん。気付けば、目で追い続けていた。ピシリと決まる所作しょさが美しい。数年ぶりに神楽舞を観た。こんなに心が引き込まれるなんて思わなかった。


 舞の奉納が終わり、私は社務所しゃむしょの入り口で、ヤマトさんが着替えて出て来るのを、待っている。人が行きかうのを、見るとはなしに見ていた。

 心拍が加速して胸が苦しい。人を待つのは、嫌いだ。早く来て、と思うと同時に、何だか逃げ出したくもなる。緊張のあまり、口の中が乾いて辛い。いや、これは緊張ではなく、背中のアイツで暑い所為せいなのか。私は、こんなことで緊張しないはずだ。何か飲み物でも買って来ようかと思った時、父親の声が背中でした。

「お、ナツキ。あれまぁ、可愛くなって」

 ヤマトさんは、父に続いて外に出て来た。

「お待たせ、ナツキちゃん」

 それから、私を頭の先から爪先までゆっくりと見下ろした。

「浴衣、似合ってるね。ですよね、師匠」

「ったりめえだ。俺の娘だからな」

「じゃあ、俺達、お祭り行ってきます」

「俺は、一遍いっぺん、家に帰るわ」父は片手を上げて背中を向けた。

「じゃあ、行こうか」

「……はい」

 私は、しおらしく返事をする。十代の頃に戻ったみたいに。



 ヤマトさんと一緒に、夜店を冷やかして回る。金魚すくいや射的しゃてき。てらてら輝くりんごあめや焼きそばの匂い。ヘリウム風船をふくらます音や、皆の笑い声やざわめき。お祭りが、こんなに楽しいのは、いつ振りだろう。

 私は嬉しくて幸せで、思わず隣のヤマトさんを振り返る。

「楽しいですね!」

 すると、ヤマトさんが言った。

くさえる……」

「えっ?」

 草生えるは、ネットスラングで、笑えるとか面白いという意味だ。

 ヤマトさんは、私を見詰めて微笑んでいる。

「な、何でしょう?」

 私の何かが滑稽こっけいだったのだろうか。慣れない浴衣姿が笑ってしまうような状況なのだろうか。浮き立った気持ちは、たちまち不安に取って代わった。

「いや、くさえてる」

「草が生えてる? どこにですか?」

 ヤマトさんは、私の頭を指差した。

 あわてて、両手で頭を探ると、草がモッサリと生えていた。

『カカカ、仕返ししてやったわ』

 背中のアイツの仕業しわざらしい。真夏のカイロだけでは気が済まず、ヤマトさんとのデートを邪魔じゃましようという魂胆こんたんだ。

 怒りと恥ずかしさが込み上げてきて、私は走り出した。

「待って! ナツキちゃん!」

 ヤマトさんが、後ろで呼んだけれど、草頭くさあたまの私をこれ以上見て欲しくなかった。


 夢中で走って気が付くと、お祭りの喧騒けんそうも屋台の灯りも無い、神社の裏山にいた。確か裏山には奥宮があったはずだ。奥宮といっても、無人の小さなやしろがあるだけだが。参道には、まばらに外灯がいていた。遠くに見える社の明かりを頼りに更に登って行く。

 社の正面の鈴緒すずおの上部裏には、電灯が一つ点いている。私は社の階段に座った。下駄げた鼻緒はなおが当たって痛い。下駄で走るものではない。

『カカカ。どうじゃ、りたか』

 夏の精霊は良い気分になっている。

「アンタ、夏の精霊なんでしょ? 私は今日、四十歳になり、人生の夏が始まるっていうのに、その出鼻でばなくじくなんて!」

『カカカ。オヌシが、ワシを邪険じゃけんにしたからじゃ』

「もう一回投げたろか!」

 背中に手を回すが、チョロチョロ動き回ってつかめない。

 あきらめて草をむしる。ブチッブチッと掴んでは捨て、掴んでは捨てするが、むしったそばからえてくる。切りが無い。

「私さ、クミちゃんに言われて気付いたけど、やっぱり、ずっとヤマトさんが好きなんだな。建築学科へ行ったのだって、ヤマトさんが昔、見せてくれた、アントニ・ガウディの写真集に感動したからなんだよね」

 草をむしりながら考えていることが、知らず声に出ていた。

「そうなの?」

 暗闇で声がした。参道を上がって来るヤマトさんの姿が、外灯に浮かんだ。

「ヤ、ヤマトさん」


(何処から聞いていたの?)


「急に走って行っちゃうから、心配したよ」

 ヤマトさんは、キョロキョロした。

「誰か居た?」

「いえ、独り言です」

「……草、取ってあげる」

 ヤマトさんは、近付いて私の頭に手を伸ばすと、草をブチブチと抜き始めた。

「さっきは、ごめん。ナツキちゃんの頭に草が生えているが見えて。ちょっと驚いただけなんだ」

 ヤマトさんは、私の隣に座った。

 暫し、沈黙が流れた。

「……さっきの独り言、全部聞こえちゃった」

 私の顔は熱くなる。背中のアイツが顔にくっ付いたのかと思ったが、そうではない。

「俺もさ、ナツキちゃんのことが、ずっと好きだった。結婚しなかったのは、そういうわけ

「えっ?」

 ヤマトさんが顔をこちらに向けたので、顔を見合わす格好になった。

「ナツキちゃんのことを、妹みたいに思っていた。幼い頃から、クミをいつも助けてくれて、強くて優しくて良い子だなって。ナツキちゃんが、都会の大学に行くって聞いた時は、ちょっと普通ではいられなかった。しかも、男ばっかりの建築学科だなんて。その時に、自分の気持ちに気が付いた」

「男ばかりだけど、私を女と思う人はいなかったと思いますよ」

「ナツキちゃんが気付かなかっただけかもよ。俺の気持ちも、気付かなかったでしょ?」

「それを言うなら、ヤマトさんだって」

「ははは、そうだね。俺達、似た者同士かもね」

 やみにそびえる木々の葉を風がらす音がする。見上げた空に星が輝く。

「あのさ」

 声に顔を向けると、ヤマトさんの目が真剣だった。

「こんな俺で良かったら、お付き合いしてくれませんか」

「……私、仕事が」

「続ければ良いよ。遠距離だってお付き合いできる」

 若い人の我武者羅がむしゃらな恋ではない。少しくたびれた大人の恋。でも、心は真夏の太陽の様に一途いちずに燃えていた。

 私は真直ぐにヤマトさんを見詰めた。

「私で良ければ」

 ああ、私の夏が始まる。


『ちっ、上手くいってしまったな。ワシは夏の精霊じゃから、どうしても夏の後押しをしてしまう。さがなんじゃ。つまらんのう』


 花火の音が空気をふるわせる。

 花火大会が始まったようだ。

 気が付くと背中の熱さは、消えていた。

 頭の草も、いつの間にか無くなっていると、ヤマトさんが言う。


 夏の精霊は、背中から離れ、闇に消えたらしい。り足で進んだ跡には草が茂っていた。

『カカカ』

 アイツの笑い声を聞いた気がした。








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