第20話 御披露目会1

 アタシの名前はクレメンス・フォン・ゲーレン。

 ブロッケン王国王都の郊外にある修道院で院長をしているんだけど、最近はしょっちゅうノルドベルク公爵家と関わってるのよね。

 それで今回もね──




「すまんがクレメンス、ヴィルマーの御披露目会に其方も出てくれるか?」

 ヴィルマーちゃんの御披露目会のために用意していた衣装が襲撃でズタズタにされて、万事休すかと思っていたのが、ヴィルマーちゃんが別に仕立屋に頼んであった服があったんだけど、それがまた『自分は闇魔法の適性持ちです』と声高に宣伝しているような黒ずくめの服と来たわ。

 代わりの衣装を用意する時間は無いし、どうしたものかと公爵様は散々悩んだ末にようやく決心が付いたみたいだけど、それでアタシが呼ばれてそう頼まれたワケ。

「何故アタシがヴィルマーちゃんの御披露目会に出なきゃいけないのかしら? 何故かしらったら何故かしら?」

「何としても御披露目会を乗り切らねば、ヴィルマーにもノルドベルク家にも先は無い。だが、其方も知っている通り、衣装はあの有様だし、コンラート殿下も御臨席されるとなると、状況は圧倒的に不利だ。こちらの味方もできる限り出席させるが、出席予定の貴族の大多数は良くて日和見、あとは殿下──と言うより帝国の顔色を見ている連中ばかりだ」

 苦々しい表情で、公爵様は答えるわ。

「それはご愁傷様。でも一介の修道院長でしかないアタシとは関わりの無い話じゃなくて?」

「白々しい事を言うなクレメンス。ヴィルマーに闇魔法のスキル適性が出て次期公爵の座が宙に浮いた時、其方が裏でグリュンバウムに肩入れしていた事を、儂が知らないと思っているのか?」

「あれは公爵家のため、ひいてはこの国のためにやった事よ。怠惰で愚鈍なロルベーア侯爵家のフィリベルト様、短気で自己中心的なシュタール侯爵家のハインリヒ様と比べたら、グリュンバウム伯爵家のエルヴィン様の方が、赤ん坊なだけまだマシでしょう? でも前のお二人と比べると、エルヴィン様は色々な点で不利だから、アタシが少しばかり力を貸したのよ」

「本当にそれだけか? グリュンバウムに貸しを作る意図が無かったと言い切れるか?」

「それはアタシもそこまで聖人君子じゃないし、修道院を預かる以上、利益や政治力を求めなくちゃならないという、物質社会における理想と現実のギャップを、公爵様でしたらご理解頂けると思いますが?」

「口の減らん奴め。ならば公爵家のため、ひいてはこの国のために、ヴィルマーが次期公爵となれるよう、今後はしっかり協力してもらうぞ。まずはヴィルマーの御披露目会に其方も出て、ヴィルマーを援護するのだ」

 あらまぁ、さっきのアタシの発言を利用されちゃったら、対応が難しいわね。

「でもアタシは一介の修道院長よ? 貴族のお歴々が集まる場に出る資格なんて──」

「其方はゲーレン伯爵の異母兄で後見人だろうが。伯爵の代理として出席しろ。ゲーレン伯爵家には既に話を通してある」

「あらあら、いつの間にそんな事を」

 そこまでされたら逃げ場が無いじゃないのよ。まあ、現伯爵である弟はまだ成人前の子供だから、こういう集まりに出るには幼過ぎるし、さりとて伯爵家ともあれば欠席ともいかないから、誰かが代理として出なくちゃいけないのも事実なのよね。

 あ~あ~、厄介な事になったものだわ──




 ──という経緯で、ヴィルマーちゃんの御披露目会に出る羽目になった訳だけど、ハァ~ッ、周りの視線がチクチク刺さって痛いわ。

 それは聖職者が貴族の集まりに出る場違いを咎めるものじゃなくて、

「やれやれ、グリュンバウムを擁護していたのが、風向きが変わってあっさり鞍替えとは、節操のない奴め」

「いやはや全く。風見鶏にも劣る薄っぺらさですな」

「所詮は去勢された奴ですからね。男じゃなくなると、あそこまで厚顔無恥になるのですかな?」

 聞こえよがしに好き勝手言ってくれるわね。まあこの手の陰口は今に始まった事じゃないけど、コソコソ人の悪口を言う悪い子は、後でミルス様の神罰が当たっても知らないわよ。

 そういう訳で、悪い子達の顔と名前を心の中のメモ帳に書き留めていたら、

「これはこれは、御披露目会が始まる前から随分と盛り上がっておられるようですね」

「ノ、ノイマン前男爵夫人──」

 アタシの悪口に花を咲かせていた連中が、ヒルダ様が一声掛けた途端に押し黙っちゃったわ。爵位は連中の方が上でも、魑魅魍魎ひしめく中央で長年生き抜いてきた『鉄血』のヒルダが相手では分が悪いみたいね。

「ところで皆様、男でないと厚顔無恥になるとお話しのようでしたがそれは、女性が全て厚顔無恥であると理解いたしますが?」

 そう尋ねながら、ヒルダ様が貴族達に詰め寄ってるわ。ヒルダ様、口元は微笑んでるけど、目は全然笑ってなくて、下手な怒りの形相よりも怖いったらありゃしないわ。

「いやいやいや、少々酒が過ぎて口が滑ってしまったようだ」

「全くですな」

「それはまた、ヴィルマー様の御披露目会はまだ始まってないと言うのに、口が滑る程酔うとはいかがなものでしょうね?」

 タジタジになって言い訳する貴族達だけど、ヒルダ様相手じゃ余計泥沼ね。

「た、確かにいけませんな。少し外の風に当たって酔いを醒まして参ります」

 蜘蛛の子を散らすように、陰口貴族達が去って行ったわ。いい年をした貴族ともあろう者が、無様ったらありゃしないわね。

「やれやれ、揚げ足を取られてあっさり退散するくらいなら、初めから陰口なんて言わなければいいのに」

 呆れた口調でそうヒルダ様は呟くと、いきなりアタシの方へ振り向いてきたわ。

「そういう訳ですから、これで収めて貰えますか?」

「あらあら、何の事かしら?」

「とぼけないで貰えますか? ゲーレン修道院長はこの国の裏社会でかなり顔が利くと伺っております。幾ら他人の陰口を言うような者達とは言え、れっきとしたこの国の貴族ですから、彼らにもしもの事があっては一大事というもの」

「あらあらあら、それじゃまるでアタシが後で連中に仕返しするみたいじゃないの。アタシはミルス様に仕える神官として、彼らにミルス様の神罰が当たりませんようにとお祈りするだけよ」

 首から下げたミルス様の聖印を掲げながら言うと、ヒルダ様は「では、そのようにお願いします」と去って行ったわ。本当、油断のできない人ね。


 そうこうしているうちに、公爵様が会場の奥に現れたわ。

「本日は我が孫ヴィルマーの御披露目会に足を運んで貰い、感謝に堪えない。この会に先立つヴィルマーのスキル適性鑑定の儀式の結果こそ闇魔法と出たが、直後にヴィルマーは風の上位精霊から加護を受け、その後も水、火、土の上位精霊からも加護を受け、その過程でアーヴマンの大神殿を破壊して、アーヴマンの神敵の称号を得るに至った。これもひとえにミルス様の恩寵によるものであろう──」

 初めに公爵様の挨拶だけど、ヴィルマーちゃんのスキル適性が闇魔法だったことはサラッと触れただけで、その後精霊の加護やアーヴマンの神敵の称号を受けた事を強調するように言ってるわ。まあ状況を考えたら、それが最善手よね。

 続いてヴィルマーちゃんが出て来ると、公爵様が近寄って何か言ってるわ。小声だからこちらには聞こえないけど、「いいか、余計な事は言わずに自己紹介と挨拶だけして手短に終わらせろ」と言ってるのは容易に想像が付くわね。

 で、ヴィルマーちゃんを見た参列者の皆さんの反応はと言うと、

「何だあの黒ずくめの服は?」

「あれでは自分のスキル適性が闇魔法だと声高に宣伝しているようなものではないか」

「正気か公爵様は!?」

 口々に不安マシマシな感想を言って来るけど、予想通りの感想って所ね。公爵様も額を押さえてるわ。

 一方対照的に当人はと言うと、上がって来る声に満足げに頷くと、一呼吸置いて挨拶を始めるわ。

「こんにちは。ヴィルマー・フォン・ノルドベルクです」

 まずはアタシ達参列者に一礼して自己紹介。

「本日はスキル適性が闇魔法と出た僕なんかの御披露目会に貴重な時間を浪費させてしまい、お詫びの言葉もありません。そもそもこんな御披露目会を開催する事自体がお金と人手の無駄遣いと申しますか、ドブに捨てた方が遥かにマシというべきで、罪の深さに涙も出ない有様で──」

 あらあらあらあら、ヴィルマーちゃん、初っ端からまあ飛ばすじゃないのよ。参列者の皆さんも唖然としちゃってるわ。

「あれ程言ったのに! 早くヴィルマーを止めろ!」

 公爵様は絶叫して、この御披露目会に給仕等で出ている使用人達がヴィルマーちゃんを制止しようとするけど、人だかりのおかげで思うように近付けなくて、ヴィルマーちゃんのとってもユニークな挨拶は止まらないわ。

「ですが御安心下さい。今僕が着ているこの服は、どれだけ精霊の加護が付いても、アーヴマンの神敵の称号が付いても、自分が闇魔法のスキル適性を持った、この世界に生きていてはいけない人間なんだという事を忘れないためのリマインダーであり、僕の死装束です!」

 そこまでぶちまけると、ヴィルマーちゃんは懐からナイフを取り出して、刃を自分の喉に向けるわ。

「あ、喉を刺す方が貴族的かな? でも勢いを付けないと十分に刺さらないし、外れたら恰好悪いし、やっぱり頸動脈を切った方が確実かな?」

 ヴィルマーちゃんが自殺の仕方で迷っている隙に、公爵様が自ら近付いて、ヴィルマーちゃんからナイフをもぎ取っちゃったわ。

「馬鹿者! これは挨拶が終わった後の食事に使うナイフか? ミナが用意したのか?」

「はい、銀製だから邪悪なものを浄化する作用も期待できるとミナが言ってました」

「自分で邪悪と言うか!? 何のためにこの御披露目会を開いて、国の重鎮達を大勢招いたか分かっているのか!?」

「もちろん分かってます。公開処刑があるのですから、公開自殺だってあっていいでしょう?」

「いいわけあるかぁぁっ!!」

 ヴィルマーちゃんの飛びまくった発言に、周りに大勢人が集まっているのも忘れて、公爵様が声を荒げちゃってるわ。

「あれは本気で自殺するつもりだったのか?」

「挨拶であれほど常軌を逸した事を言ったのですから、演技にしてはやり過ぎでしょう」

「そもそも精霊の加護や、アーヴマンの大神殿を破壊すると言う功績を上げて、それでもなお自殺を図る、まともな理由がありませんな」

「闇魔法のスキル適性が出た後に受けた虐待のせいで頭がおかしくなったという噂は、やはり本当だったか……」

 参列者の皆さんが口々に不安や呆れを漏らしているわ。まあヴィルマーちゃんがあそこまで常軌を逸した行動をするようになった原因が闇魔法のスキル適性にあるのは間違いないみたいだけど。

「え~と、あの……」

 そこへ部屋の外に控えていた使用人が入って来ると、会場に漂う雰囲気に、何か言いたそうだけど言い辛そうに周りを見回しているわ。それに気付いた家令殿が近付いて、ヒソヒソと言葉を交わして頷くと、会場中に知らせるように踵を鳴らして直立不動の姿勢を取り、高らかに告げたわ。


「コンラート王子殿下が、お成りでございます!」

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自殺志願令息の英雄譚~転生したら未来の魔王だった たかいわ勇樹 @y_takaiwa

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