第19話 馬車の中で

「延期か中止になるかもと思っていたが、予定通りヴィルマーの御披露目会は開催か──」

 馬車の窓からの景色を眺めながら、コンラートは呟く。

「殿下もご臨席されるとなれば、そのような事はできますまい」

 コンラートの呟きに、ヨーナスが言葉を返す。

「天災か、国を揺るがす程の事件でも起きない限りは、ね──それらが起きなかった事こそ、ミルス神が殿下を祝福している証でございましょう」

 ハインリが続けて言うと、コンラートは口の端を少し上げる。

「私と、お前をだろう?」

 ハインリヒを指さして、コンラートが言うと、指さされた本人は、激しくかぶりを振る。

「そのような、殿下と私ごときを一緒になど!」

「謙遜するな。そもそもお前が次期公爵の座を決定的なものにするため、私が出向くのではないか。その総仕上げとして、これを持って来たのだぞ」

 コンラートは、脇に置いてあった鞘付きの剣を手に取る。

「この聖剣デメルングで、お前達を私の騎士に任命する。つまり、お前達を未来の国の重臣にする事を、参列者達に見せ付けるのだ」

「ははっ、殿下の御心遣い、我ら一同感謝に堪えませぬ!」

 深々と頭を下げるハインリヒ達。

 本来ならば聖剣デメルングはブロッケン国王以外持ち歩く事は許されていないのだが、当の国王フリードリヒ二世は国政にも家族にも無関心で、王妃も息子に甘かったから、コンラートが『名案』で聖剣を持ち出す事を誰も止められなかったのだった。

 唯一人、宰相だけは強く諫めたそうだが、ブロッケン王国建国前から続く名家ながら、中央の主流からは遠ざかっており、いずれ国の衰退の責任を取らされる生贄の羊スケープゴートにされるために、親帝国派によって宰相の椅子に座らされているに過ぎなかったため、周囲から冷笑を浴びせられるだけだったという。

「この日のため、準備は一切抜かりは無く、後は御披露目会でそれらが始動するのを待つばかりです」

 ヨーナスの言葉に、コンラートと、ハインリヒ達は笑いを漏らす。

 まず冒険者崩れを雇って仕立屋の馬車を襲わせ、ヴィルマーの御披露目会用の衣装を台無しにする。その際、実行犯達をアーヴマンの信徒に偽装させ、事が済んだ後自分達の手で始末して口を封じておく。これでヴィルマーは言うに及ばず祖父のグレゴールも御披露目会で大恥をかき、やはりヴィルマーはノルドベルク公爵家の跡継ぎとして不適格という烙印を押すだけでなく、グレゴールも引退すべきという流れに貴族社会を誘導する。無論、公爵家を継ぐのは、コンラートの覚えめでたいハインリヒだ。

 更にコンラートが御披露目会に出る事は、御披露目会を中止・延期できないようにするのもあるが、実は他にも目的があった。

「それで、例の薬は用意できているか?」

「はっ、こちらに」

 コンラートの問いに、薬を包んだ紙を取り出して、パウルが答える。

「この薬を飲んだ者は、日頃押さえている妬み、憎しみと言った、他人に対する負の感情が増幅され、その相手を殺さずにはいられなくなるのです。これを御披露目会でジュリア公女の飲み物に混ぜ、そこにエリーザ様を目にしたら──」

 御披露目会に出席する大勢の賓客の目の前で、『聖女』エリーザに暴行を働く──そうなれば、コンラートとジュリアの婚約を破棄する理由として十分だ。それも一〇〇パーセント、ジュリアの責任として。

「流石は代々宮廷薬師を務めてきた、オーレンドルフ伯爵家の跡継ぎだけのことはあるな」

「お褒めに与り光栄──と言いたい所ですが、実はこちら、家の薬品庫の奥に封印されていた物でして」

 本来持ち出すどころか、調合する事さえ許されない禁薬を使用するという事がどういう意味か、お分かりになりますか──そう含みを持たせてパウルは言ったのだが、

「ああ、早くエリーザを私の婚約者──行く行くは妃として、私の馬車に同乗させたいものだ──今回は内密の話し合いもあったので、ジュリアと一緒に別の馬車に乗せなくてはならなかったが、あんな女と一緒にして、エリーザが穢れやしないか、不安でならない──」

 本人の中では既に話が終わったらしく、コンラートは自分の世界に入り始める。

 何か言いたげに口を開きかけるパウルだったが、身を乗り出して無言でパウルの肩に手を置くハインリヒと、言いたい事は分かると言うように頷くヨーナスとゲオルクを見ると、口を結んで沈黙するのだった。

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