果たすべき悲願
「確かに納品いただきました。それでは、こちらが報酬になります」
禁忌の森の中層で発見された抜け穴での、
ギルド職員となったカイラが座るカウンター席の前には、今日も男の冒険者達による長蛇の列ができていた。
……いや、列には男だけでなく、女性冒険者の姿も。
とはいえ、同性であるにもかかわらず他の男連中と同じようにカイラに下心があるとか、そういったものではない。
ただ単に、今のギルラントの冒険者ギルドには、カイラしか窓口対応できる職員がいないだけなのだ。
何せ。
「んふふー、次はこっちの果物が食べたいです」
「はい……」
ザガンとの死闘により、左腕と右脚を骨折し、他にも全身に怪我を負ったエマ。
当然ながら職員としての業務に従事することができず、食事をするにも介助が必要な状態なのだから。
だというのに、エマはわざわざ松葉杖をついてまで冒険者ギルドに出勤する。
もちろん、ジェフリーにお世話をしてもらうためである。
「それにしても、先生も完全に尻に敷かれてるよな」
「うんうん」
そんなジェフリーを見て、教え子のフィルとエリオットが何故か納得顔。
普段からエマに頭が上がらないジェフリーだけに、教え子達の言葉に反論できずにいた。
(はあ……残念だが、今日は禁忌の森に行くのはお預けだな)
ご満悦のエマに気づかれないように心の中で溜息を吐き、ジェフリーは
だが、中層までに棲息する赤眼の魔獣については、抜け穴の調査とザガン討伐時にジェフリーとエマによってかなりの数を間引くことができた。しばらくは禁忌の森の入り口をはみ出て出没したりはしないだろう。
つまり、このギルラントに危険が及ぶことはない。
「ジェフさんも、私のお世話ができて嬉しいですよね? ね!」
「はい……」
笑顔のエマの強烈な圧に、ジェフリーはただ頷くことしかできない。
それというのも、全ては禁忌の森への同行を求め、カイラを守るように頼んだことによってエマに大怪我を負わせてしまったことへの罪悪感がそうさせていた。
もちろんエマは、ジェフリーに同行することも、身を挺してカイラを守ろうとしたことも、それによってザガンに大怪我を負わされたことも、ジェフリーのせいだと欠片も思っていない。
それどころかジェフリーに
ただ、そのことでジェフリーが甲斐甲斐しく世話をしてくれて、尽くしてくれることが嬉しくて仕方ない。
なのでこの状況を最大限に利用し、これでもかというほど甘えているわけである。
だけど。
「あは……こんな怪我さっさと治して、またジェフさんと一緒に禁忌の森に行かなきゃ」
「……そうだな」
彼女が望み求めるのは、こうして世話をしてくれるジェフリー……というのも間違いではないが、何より彼の隣に立ち支えること。
なら、いつまでもこうして休んでいる場合ではない。
一方でジェフリーの心中は、エマをまた同じ目に遭わせたくないという思いと、頼れる
今回討伐したザガンは
だがそれ以上に、エマは可能性を示した。
彼女が放った一撃は、下位とはいえ
このまま経験を重ねれば、彼女は間違いなく
何よりエマは、小心者で女性に免疫のないジェフリーが唯一気を許し、気負わずに接することができるただ一人の信頼する女性。
十年もの間孤独に戦い続けてきたジェフリーにとって、エマはかけがえのない大切な
禁忌の森の赤眼の魔獣……
(……俺は最低だな)
笑顔のエマを見つめ、ジェフリーは嫌気がさす。
エマが自ら望んでいることを分かってはいるが、彼は自身の目的のためにその気持ちを利用していると思っている。
大切な
「……目障りですので、職場でそのようなことをなさらないでください」
「っ!?」
忙しく働くカイラにジト目で睨まれ、ジェフリーは思わず息を呑む。
怪我を負わせた負い目から世話をしているだけではあるが、確かに周囲から見れば
反対にエマはといえば素知らぬ顔でそっぽを向く。
そもそも最初からエマは、『ジェフリーは絶対に渡さない』のだと、カイラをはじめ女性達に見せつけるために狙ってやっている部分もあるのだ。
「とにかく、このことはクローディア殿下にご報告いたしますので」
「っ!? ちょ、ちょっと待ってくれ!」
ふい、と顔を背け仕事に戻るカイラに、ジェフリーは慌てて駆け寄る。
ザガン討伐の後、カイラはジェフリーとエマに対し、自身の目的を話した。
第一軍団長の命により、ジェフリーを監視するためにギルラントにやって来たこと。クローディアから、定期的に彼の近況報告を求められていることを。
身を挺して助けてくれたエマに、
「ややこしくなるから、お願いだからクローディアにはどうか内密に」
平伏すジェフリーを見て、滅多に表情を変えないカイラがほくそ笑む。
このことで彼に貸しを作る絶好の機会。それを逃すつもりはない。
カイラの真の目的は、自分を捨てたリンドグレーン家を見返し、自分を『バケモノの子』と罵った墓に眠る母に唾を吐きかけ、まだ見ぬ父に逢うこと。
そのためなら、どんなことでもやり遂げると誓ったのだから。
「仕方ありませんね。では、今回のことは
「ありがとうございます。ありがとうございます」
何度も地面に頭を
その姿を見たギルドにいる冒険者達は、『ジェフリーは相変わらず女に弱いな』と苦笑した。
◇
「ふう……」
何体もの赤眼の魔獣の屍の山に腰かけ、ジェフリーは息を吐く。
上層の魔獣、そして下位の
果たして彼は、あとどれほどの経験を積めば、あとどれだけの月日を重ねれば、悲願を成し遂げることができるのか。
……いや、ひょっとしたら、彼の生があるうちに果たすことができないかもしれない。
それでも。
「これで、十七……残る
ジェフリー=アリンガムは、赤眼の魔獣を……
――十年前に奪われた、二人の大切な人の復讐のために。
--------------------
お読みいただき、ありがとうございました!
本作はここで一区切りとさせていただきます!
◯作者からのお願い
下にある【☆☆☆】をポチッと押すのと、【フォロー】をしていただけたら嬉しいです!
皆様の評価は、すごく励みになります! 作者の心のプロテインです!
少しでも応援したい! と思っていただけた方は、どうぞよろしくお願いします!
経験済みな辺境ギルドの教官無双〜成長したかつての教え子たちは、誰よりも褒められたい〜 サンボン @sammbon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます