ギルド長の溜息

「うへえ……疲れたなあ……」


 禁忌の森の入り口にて、シャベルでせっせと土を掘り返しては、何かを入れてまた土を被せる。

 そんな作業を丸一日繰り返し、ギルド長のヘンリー=オブライエンは汗をぬぐい変な声を漏らした。


 何をしているのかといえば、ヘンリーはジェフリーからの面倒事……いや、依頼を一人こなしていたのだ。


「まさか彼が、エマ君を連れて行くなんて思いもよらなかった。おかげで僕は大変だよ……」


 ジェフリーが禁忌の森に入る時は、常に一人。同行者などいた試しがない。

 クロム=クルアハ山へ赴く際にはエマに森の入り口の魔獣対策を依頼するため、ヘンリーは基本的に森にはノータッチなのだ。


 といっても、エマがギルド職員になるまでは留守番はヘンリーの役目だったのだが。


「まあ僕は、精々冒険者達を森の中に入らせないようにするだけなんだけどね」


 禁忌の森に足を踏み入れてはならないと、ギルドの掟を作ったのはジェフリー……ではなく、実はヘンリー。

 彼はジェフリーが教官となる前から、冒険者達にこの掟の遵守を徹底させていた。


 森の入り口まで足繁く通い、足を踏み入れる者がいないか監視をしてまで。


 実際、禁忌の森は足を踏み入れれば、二度と帰ってこれない危険地帯。これまでも数多くの行方不明者を出し、捜索に向かった者までも同じく行方不明になるという、いわくつきの場所だった。


 なので古くからギルラントに住む者は絶対に森の中に入ることはなかったが、冒険者は違う。

 危険を冒し、未開の地へ地位と名誉、それに金を求めるのは冒険者のさがなのだ。


 だが、ヘンリーが気づかぬうちに、掟を率先して破る者がいた。

 それが、当時新米冒険者だったジェフリー=アリンガムだった。


 ◇


 ヘンリーとジェフリーの出会いは十三年前。

 十五年前に王都からギルラントに移り住んでギルドに就職し、ようやく職員として板についてきたヘンリーは、冒険者の講習を受けたばかりのジェフリーに新人の証である青銅等級のプレートを授けたのが最初。


 それからは。


「……薬草だ」


 仏頂面でカウンターに依頼品の薬草が入った頭陀ずだ袋を無造作に置くジェフリー。

 そんな彼を、ヘンリーは前職の癖でじろり、と値踏みするように睨む。


 今では考えられないが、冒険者時代のジェフリーは人付き合いが悪く誰とも関わろうとしない。

 請け負った依頼も、一人で黙々とこなしていた。


 つまりジェフリーは、言ってしまえば協調性は皆無に等しい。

 ……まあ、今から思えば、ただ単にジェフリーが小心者なだけで、ヘンリーを含め全員が勘違いしていただけだったのだが。


 ただ、その仕事ぶりは確かで、黒鉄等級への昇格もギルラントに限らず王都のギルドの冒険者と比較してもかなり早かった。

 いずれギルラントを代表する冒険者になる。そんな予感をさせるほどに。


 そんなジェフリーにギルドが目をかけるのは当然のことで、面倒なことにヘンリーが専任担当としてジェフリーの面倒を見るように任命されてしまう。


 本来の仕事・・・・・があるため辞退しようとするヘンリーだが、関係をこじらせるわけにはいかないとの命令を受けてしまい、渋々引き受けることになった。


 それからヘンリーは日々の業務をこなしつつ、ジェフリーに目をかけ続けて一年。

 黒鉄等級へはすぐに昇級したにもかかわらず、次の銀等級に上がることができないジェフリー。


 だが、それも当然だ。

 何せジェフリーがこなす依頼は薬草収集ばかり。銀等級に昇格するためには、魔獣討伐を含めある程度の成果が必要だというのに。


 ヘンリーは事あるごとにジェフリーに助言し、発破をかけたりするのだが、彼は『自分は薬草採取が性に合っている』と言って、聞く耳を持たない。


 結局、あれほど期待されていたジェフリーにギルド側も興味を失い、いつしか目をかけるものは一人もいなくなってしまった。

 ただし、ヘンリーを除いて。


 何故なのか、その理由は分からない。

 ただヘンリーは、ジェフリーを放っておけなかった。


 その後もヘンリーはジェフリーに少しでもやる気を出させようと薬草採取以外の依頼を勧めるなど、あの手この手と働きかけるが、彼の態度が変わることは一度もなかった。


 そして、さらに一年が過ぎた。


 ジェフリーはギルドに顔を見せることがなくなり、ごくまれに街で見かけると、彼はいつも傷だらけになっていた。

 その濁った灰色の瞳に、憎しみを宿して。


 心配したヘンリーは尋ねる。「一体何があったのか」と。

 だがジェフリーは、答えようとしない。


 これまで僅かながら言葉を交わしていた二人だったが、それすらもなくなってしまい、ジェフリーはヘンリーを押し退け、怪我をした足を引きずってどこかへと行ってしまった。


 あまりにも様子がおかし過ぎる。

 不審に思ったヘンリーは街を歩くジェフリーを再び見かけると、彼を尾行した。


 すると。


「っ!?」


 ジェフリーは剣を握りしめ、禁忌の森へと入っていった。

 その顔を、怒りと憎悪で塗り固めて。


(止めるべきか……?)


 ギルドの掟を作ったのも、足繁く森の入り口に通っていたのも、全ては禁忌の森に人間が立ち入ることを阻止するため。

 下手な真似をして、森の中の怪物・・を刺激しないようにするために。


 だが、既にジェフリーは森の中に消え、その姿を追うことはできない。

 こうなると、ヘンリーではもうどうしようもなかった。


「ふう……もう、二度と会えないのか」


 一度足を踏み入れたら、二度と戻れない禁忌の森。

 大きく息を吐き、かぶりを振るヘンリー。


 有望な若者を止めることができなかった自分を恥じつつ、ヘンリーはいつもの仕事・・を終えてギルドへと戻った。


 ところが。


「ど、どうして……」


 次の日の朝、ヘンリーは目撃する。

 ギルラントの大通りを怪我で足を引きずる、ジェフリーの姿を。


 そう……彼は生還したのだ。

 あの戻ることのない、禁忌の森から。



「……彼との付き合いも、大分長くなったねえ」


 ギルラントの冒険者ギルドに来てから欠かさず行っている仕事……森への侵入者向けの罠と、赤眼の魔獣対策の罠を設置し、ヘンリーは感慨深げにつぶやく。


「それにしても、クリフの奴も勘弁してほしいものだよ。自分の部下を僕に押しつけるなんてさ。いくら元同僚とはいえ、少々強引過ぎる」


 そう言って、ヘンリーが肩をすくめる。

 カイラから手渡された書状は、彼女の上司である王国軍第一軍団長クリフ=リチャードソン。


 内容は、『彼女を徹底的に指導し、真実・・を見せてやってほしい』というもの。

 どうやらリチャードソンは、カイラに並々ならぬ期待を寄せているようだ。


 そう……ヘンリーは、王命を受け禁忌の森を監視し続ける者。

 いずれ王国に仇名すであろう、赤眼の魔獣を……眷属・・を禁忌の森の中へ閉じ込めておくために。


 もちろんヘンリーが作った罠など、通用するのは下層の魔獣のみ。中層より上の魔獣には意味がない。

 それでも、ジェフリーの助言を受けて改良に改良を重ねた罠の数々。下層の魔獣を食い止めているだけでも、罠としては規格外なのだ。


「ジェフ君もエマ君も、早く戻ってきてくれよ。僕一人じゃ、不安で不安で仕方ないよ」


 元アルグレア連合王国軍第三軍団長であり、かつてクロヴィス王国二万の軍から僅か三千の兵で城を守り抜いた『堅忍不抜』の異名を持つ男……ヘンリー=オブライエンは、禁忌の森を見つめ溜息を吐いた。


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