瑠璃玉

@3mt7k

瑠璃玉 1話

日記はお守りのようなものだ。物心がついた時からずっと書き続けている。

誰にも話せない悩みをここに書き留めてきた。これは、自分と対話する、貴重な時間だ。夜、物音のない、この静かな空間で、ただ思いを書き留める。

たったそれだけのことなのに、それだけのことが無くなると考えると、もうやっていけない気がする。怖い。自分が、いわゆる普通になれればいいなと思う。



私達は生まれた時に瑠璃玉を与えられる。生まれたばかりの身体と魂は分離している。この間に魂はこの瑠璃玉に入れられるのだ。それを勾玉のように、首輪にする。


この世界では瑠璃玉が全てだ。魔法使いにとって魔法が全てなように。

瑠璃玉の色・形・模様まで、個々を表すのにこれは勝手が良い。

その者の全てが詰まっているからだ。そして、首輪として身につけることによって他者に伝わり、見られる。


前置きが長くなったが、私はそう、模様が少し皆と違う。模様は超能力を表す。

模様にはいくつか種類があるが、大抵は皆同じだ。だが私は引いてしまった。

テレパシーが主流なこの世界で、私は時空間操作ができる数少ない中の一人だ。

普通、模様の違いに気づくことは無い。これは非常にありがたい。色や形が違うとすぐ分かってしまうから。だが、これを隠し通すのは本当に大変だ。

時空操作をする者は伝説に留まっていた。今では一定数いるが、その計り知れない可能性と支配力を有することから、タブーになっている。






「あゝ生まれてしまったよ、どうしたものか。このまま捨てるというのも一つの手だよ。よく考えな。」

「お願いです。せめて、せめて28まで…」

           


遠い過去のことだろうか。脳内で再生されるこの会話。特に最近は毎日だ。

妙だな、何か引っかかる。まあいい、もう寝よう。静かに日記を閉じる。また明日ー





「警報、警報。直ちに避難をしてください。」

ピピピ、ビー ピピピ、ビー ピピピ、ビー ピピピ、ビー……ギイ


あたりは真っ暗になった。


何が起きているの?


「こっちよ。早く。」

「警報鳴ったってよ。」

「この抜け道を通れ、まだ間に合う。」


誰か...


「あなた、急いで。皆待ってるよ。」

「待って、まだ子供たちが。お願いします、助けてください。」

「逃げろ、急げ。」

「大丈夫だ、おとりがいる。」


ああ、沢山聞こえる。どこからだろう。

皆、置いて行かないで。





瞬間、吹き飛ばされた。





気づくと辺りには、ちらほら人影が見えた。それらの先に、何者かの影が…




「皆さん、ここ数年間お疲れ様でした。実は去年から兆候があって、あなた方の魂を支配していました。首輪が時折光るのも、胸騒ぎも、ここ毎晩感じたことでしょう。お気の毒に。この時が来たのです。」


目の前には、いくつかの黒い箱が置いてあった。その箱に近づくと、、、声が聞こえた。避難していった人々の声だ。おとりと言って、置いていった、人々の悲鳴だ。


すぐさまその箱から離れる。人々が、閉じ込められているのか?ともすれば、私は巨人になったということか?理解ができない。ありえない。何が起きている...


突如、閃光がすさまじい音を立てて一つの箱を貫通した。箱から沢山の悲鳴が聞こえる。悲痛な叫び声も。同時に、一つの人影も消えてしまった。

ほどなくして、今度は私の近くにいた人影が別の黒い箱に入っていった。


辺りは静まり返った。


私はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


すると目の前に、ぬっと亡霊が現れた。少女だろうか。

白装束を身にまとい、長い黒髪をたらし、化け物のようだ。悪寒がする。


「どうするか、選びなさい。」



その言葉が全てを表していた。ああ、そういうことか。

またここに来てしまった。私はその場に崩れ落ちる。



記憶が蘇えってきた。



私達、時空を操作する者の魂は、身体から分離できる。

私達は、この世界が危機に脅かされた時ー人々が避難せざるを得ない状況に陥った時ーある選択をする運命だった。私達にはその選択権があった。


伝説は事実だ。時空操作をする者は、犠牲を出すことができる。



時空を動かさない選択をした時、犠牲は出ない。今生きている世界に戻るだけだ。人々を助けられる反面、この能力を隠し、苦悩を誰にも理解されず、誰にも話せずに過ごさなければいけない。



一方、時空を動かす選択をした時、必ず犠牲が出る。それは、家族や友人、大切な人かもしれない。その代償に、私の魂はまた別の世界へ放り出される。私という存在が無い世界で、私を知る人が誰もいない世界で、一から生きていくのだ。



...ということは、あの人影はこの能力を持つ、数少ない仲間だったのか。一人は別の世界で再び過ごすことを選び、もう一人は今の世界に留まることにしたということか。だから片方はパッと消え、もう片方は黒い箱へ引きずり込まれていった。


少しずつ状況を理解してきた。

同時に、私はこれを何回経験しただろうかと、ふと思う。



「おまえ、歳はいくつだ」

亡霊が言った。



「17です」



亡霊は何やら感極まっている様子だった。どうしたのだろうか。


「あいつが言った通りになったよ。運が良かったな。」

そっと亡霊は言った。


あいつ…?運が良いとはどういうことだろうか。

私の気持ちを感じ取ったのか、亡霊は話し始めた。










「この世界には掟がある。我々の立場からおまえに話せるもののうち、一つ教えてやろう。この世界では完全数が非常に重視されている。人間は何も知らないだろうが、完全数の歳というものがあるんだ。」


完全数ーその数自身を除いた約数の和が、その数に等しい数ー

この世界で、とても珍しく美しい数。潜在的に私は、完全数の歳には何かが起こる。そんな予感がしていた。


「おまえの産みの親は、おまえがこの力を持っていると知っても、捨てようとはしなかった。珍しいよ。私は止めたんだ。捨てる道もあるとな。だが、あいつは何度もお願いをしてきた。28までとな」


28…あの会話だ。ここ最近ずっと脳内でリピートされていた、あの会話。

でも、なぜ運が良いのか。そもそも、人間は完全数の歳など知らないはず...




「まさか、そんな」




実親もこの力を持っていたのか。一度も会ったことはなく、生まれた時から親というものは無かった。


だが、たった一つ



ー28で帰らぬ人となったー



これだけが実親について知っていることだった。




「お前たち時空操作の力を持つ者は、完全数の歳に願いを叶えることができる。

誰かのために。だが代償に、全ての記憶が消えてしまう。一言で言えば、魂の変身だ。全く別の魂に、自分の意思で変えるんだ。」





私の瑠璃玉は皆と少し模様が違う。だが本来なら、時空操作をする者は、色が違うのだと少女は話す。色の違いは一目で分かるため、すぐに周りに気づかれ、ひどい仕打ちを受ける。殺される可能性もあるらしい。

実親の願いは、私の超能力の印を、色から模様に変えることだった。




言葉が出なかった。胸が締め付けられる。気づくと涙が止まらなかった。

あの会話は、確かにあった。本当のことだったのだ。

この話を教えてくれた少女に、感謝の気持ちが溢れる。

もっと知りたい。好奇心が湧いてきた。





「完全数の歳ということは、6歳の頃にも何かあったのですか?」








辺りは急に真っ暗になった。闇のようだ。

ふと見ると、少女はうつむいている。嗚咽が聞こえてきた。






「何も無い。もうこのことは聞くな。」

かすかな、か弱いとても小さな声だった。幼さがまだ残っている。





聞いてはいけないことを聞いてしまった...私はその場にいられなくなった。

この少女にも何か恐ろしいことがあったのだろうか。




「さあもうすぐ時間だ。早く選択しなさい。」

暗闇から声がした。少女の長い黒髪が揺れている。恐ろしい亡霊の気配がする。

急がなくては。早く、この場から立ち去りたい一心だった。



ぞくぞくと恐怖心が湧いてきた。もし、時空を動かさない選択をしたら?この箱の中に入ることになるのか?この亡霊に、ここからじろりと見られながら、存在を天に感じながら過ごすのか?震えが止まらない。

一体この世界は何に支配されているのか...


では、時空を動かす選択をしたら?犠牲が出てしまう。今まではこの選択をする時に何とも思っていなかった。犠牲など、考えたこともない。



だが今は違う。この箱の中に、私を助けてくれた実親がいるかもしれない。

私が時空を動かすことで、死んでしまうかもしれない。






少女がゆっくり迫ってくる。

「早くしろ」




早く逃げたい。必死に犠牲を払うことを肯定する理由を探す。

    


私がなぜ日記を書き続けてきたのかー自分という存在を証明するためだ。

日記を手放せなくなってしまった理由だ。この日記は時空を彷徨わない。

思い返せば、私がどこの世界へ行っても、常に私は日記を持っていた。

日記に書かれたことを辿り、過去にどんな世界にいたのか、どうやって乗り越えてきたのか、私は日記の情報を頼りに自分の生い立ちを知り、再び生きてこられた。



私が時空を動かす理由。人々を助けるためではない。

偽りの自分で生きることが耐えられないからだ。

だが、別の世界へ行っても、何年か過ごせば周囲との違いを痛感する。

テレパシーで意思疎通をする人々についていけなくなる。


私達の能力はタブーになっているから、必死に隠さなければいけない。





「いつもので」



瑠璃玉を握る。人影がはっきり見えた束の間、吹き飛ばされた。

この浮遊感、たまらない。

私の魂は今年も時空を彷徨う。いつか、現実世界で仲間に出会えるまで。

いつか、周囲に自分が認められるまで。














「ごめんなさい、こんなやり方で選択させてしまって。またお呼びするまで、苦しい思いを抱えて生きてほしくなかったの。私のような経験を、あの子にもさせたくなかった...」


少女は一人泣き崩れた。






「大丈夫よ。これが正解なの。あの子はまた新しい世界で上手くやっていくわ。

だって、私もそうやって生きてきたのだから」


声の主は微笑んだ。

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