第3話
「ふうもしたい」
「はぁ?」
思わず反射的に声が零れてしまった。
花火を見せた反応から、薄々はこうなるのではないかと感じていた。
だが、さすがにこれは断らなくてはならない。これから花火をするとなると終わるのは本当に夜になってしまう。そんな遅い時間帯に知らない家の子であるふうを連れ回すわけにはいかない。
「いやいや、家帰れって」
「やだ」
「やだって……別に家出してるわけじゃないんでしょ?」
こくん、と小さくふうが頷く。
「そだけど、帰りたくない」
「なんで?」
「なんででもダメなの」
「お母さんたち心配してるよ」
「そう、かもだけど……」
弱弱しくうつむきながら、ふうは続ける。
「帰ってもそうなる、から」
ふうの言葉の真意がイマイチと読み取れず、花火は眉を寄せる。
今帰っても、花火をしてから帰っても心配されるのは同じだから、という意味だろうか。とはいえ、少しでも早く帰った方がいいのではないか、と花火は思う。
ふうの心情を測りかねていると、ふうが「それに」と花火をじっと見て言う。
「そんなこと言ったら花火だって」
「アタシ?」
「うん。お母さん、心配してないの?」
「アタシはいいの」
「なんで? ギャルだから?」
「いや、ギャルは関係ないけど……もうそれでいいや。そ、ギャルだから」
「じゃあ、ふうもギャル」
「いやいや。ふうちゃんギャルじゃないでしょ」
「ギャルだもん」
どこをどう見てもふうはギャルには見えない。いや、だからといって花火も自身がギャルであるつもりはないのだが。最近インナーカラーを染め直して派手な青色にしたから、ふうにはそう見えたのかもしれない。
ギャルとは見た目ではなくマインドであるとテレビでよく見るギャルタレントが言っていた。が、今はギャルかギャルでないかは関係ない。ふうがギャルであろうとなかろうと花火に連れて行くわけにはいかない。
「お願い」
「お願いされても」
「ふうも花火したい」
「だから」
「ダメなの?」
「ダメ」
「好きなことしていいって花火が言ったのに」
痛いところを突かれてしまい、即答はできずに返答に困ってしまう。ふうはいじけたように視線を下げてポツリとつぶやく。
「……花火もふうに嘘つくの」
「いやいや、嘘ってわけじゃないけど」
花火も、というところに若干の引っ掛かりを覚えつつ、ふうの言葉を否定する。嘘を吐いたつもりは当然ない。だが、わがままを通すために言ったつもりもない。
「だったらふうもしたい」
「だからね、ふうちゃん」
「……する」
花火から目を反らし、ふうは俯いたまま宣言する。
「するもん。ふうも花火するもん」
「…………」
「したい」という希望的な表現から「する」という断言に変わってしまった。
まるでスーパーのお菓子売り場で母親にお菓子を買ってもらえなくて駄々をこねる子供だ。もう一度「するもん」と自分に言い聞かせるようにつぶやいて、
「……一人は寂しいよ」
小さく、消え入りそうな哀しい声色で言って、ふうは顔を下げたまま黙り込んでしまった。
寂しいのなら家に帰ればいいのに、と花火は思う。
家出ではないのなら、ふうには帰りを待ってくれている家族がいるはずだ。
(でも、帰れないんだよな。わかんないけど)
理由はわからないが、家に帰れない、帰りたくない事情があるらしい。
「……わかったよ」
お手上げとばかりにため息交じりに頷く。
ここまで食い下がられてしまっては根負けである。
「ほんと?」
「花火が終わったら絶対お家に帰ること。それが条件」
「うん」
「絶対、絶対の約束だかんね?」
「うん」
透き通った青色の瞳を輝かせて大きくふうが頷く。
それじゃ、と花火はベンチから立ち上がり、ふうのリュックサックを持つ。
(おっも!)
小学生の荷物と侮るなかれ。想像していた重量の倍は重たい。本当に家出ではないのなら何の荷物なのだろうか。数日は暮らせそうな荷物の量である。
「い、いいよ。自分で持つから」
「いいって。ふうちゃんはこっち持ってよ」
「うん」
花火がレジ袋を差し出すと、こくんとふうが素直にうなずいて受け取った。先ほども見たはずの中身をもう一度覗いて、少しだけ笑みを浮かべて花火へ顔を向ける。
「ありがと」
「ん。行こうか」
花火をするために訪れたはずの公園では花火はできず、その代わりに何故か花火をする人間がもう一人増えた。
(ま、こうなったら仕方ないか)
花火が折れなければ、いつまでもふうと押し問答をする羽目になっていただろう。あのままでは花火の帰る時間も遅くなってしまうし、花火ができるかも怪しくなるところだった。
右側をゆっくりとついてくるふうをちらと見て公園を出、花火がやって来たホームセンターのある方向とは逆の道へ歩き出す。
公園に沿って少し歩くと、やがて川沿いの土手道に出てくる。その道を五分も歩くと河川敷が広がっている場所が見えてきた。
このあたりは朝方や夕暮れ時にはランニングをしている人や犬の散歩をしている人が多くみられるところだが、すっかり日も暮れて夜が始まり、すれ違う人は誰もない。傾斜を下って河川敷に二人で降りる。もちろん、河川敷にも人の姿は一人としていない。川のせせらぐ流れの音と虫の声が聞こえるばかりである。
「あんまり奥に行かないで、川が流れてて危ないから」
「わかった」
スマホのライトを頼りに花火に適している場所を探す。
問題を起こすのは勘弁だから少しでも枯れ草あったりや燃えそうなごみが落ちたりしているところは避けたい。それでいて水が近くて、でもふうにとって危なくない場所。
大小様々な石がゴロゴロと転がっていて気を付けないと躓きそうになるし、足をひねりそうにもなる。ふうの速度に合わせてゆっくり進んでいると、
「花火、ここは?」
「んー、いいかも。ここにしよっか」
ふうが見つけたのは、砂が多くを占めておりすぐ傍を緩やかに浅瀬が流れているところだった。地面は湿っているので直接腰を下ろすことはできないが、川に落ちる心配もないし、転んでも多少泥んこになるだけで済むだろう。
近くから平らな石の上を探してきて、その上にロウソクを置いてマッチで火をつける。ぽっと小さな明かりが照らした。レジ袋から花火を取り出して封を開ける。
「はい、好きなの選んで」
「いいの?」
「もち」
ふうは数種類の花火を見て「うーん」と少し悩んでから一つをそっと手に取った。
「自分で火、点(つ)けれる?」
「たぶん、大丈夫」
「そっか。気を付けて」
「うん」
ゆっくりとふうが花火のひらひらとした先端を火に近づける。数秒ののちにシューと音を出して青色の綺麗な火が咲いた。真っ暗な足元をうっすらと照らす。
「わ、すごい」
控えめではあるもののふうの歓声に思わず口元が緩んでしまう。
ふうに続いて花火も一本別の花火を手に取って火をつける。パチパチと音を立ててまるで雪の結晶のような火花がまんまるに散った。
「そういうのもあるんだ」
「いっぱいあるから、どんどんやってこ」
「うん!」
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