花火と花火と、
はるはる
第1話
自動ドアを抜けると肌を刺すような冷気に包まれた。
コートを着ていても、マフラーをしていても二月の夕暮れ時は寒い。
タイツはばっちり履いたものの可愛いからという理由で丈の短いパンツを選んだのは失敗だったかもしれない。
少しばかり反省しながら、花火(はなび)は空気に触れている面積を少しでも減らそうと顔をマフラーに埋(うず)めた。右手に持っているレジ袋がかさりと音を立てる。
(……買っちった)
土曜日のバイトを終えたあと、時間をつぶすためにやって来たホームセンター。そこでつい衝動買いをしてしまった。本当は何も買うつもりはなく、温かい室内で流行りのキャンプ用品を眺めているだけの予定だったのだが思わぬ出費だ。
ちらりとレジ袋に視線を送る。
その中には特売で購入した手持ち花火のセットが入っていた。
冬に手持ち花火。
あまり馴染みのない組み合わせである。打ち上げ花火は空気が澄んでいて夏より綺麗に見えるなどの理由で冬に花火大会を行っている場所もあると聞く。だが、手持ち花火の話はあまり聞かない。花火も友人も家族も冬に花火をしようという話題にはなったことがない。故の特売だろう。
シーズンを半年以上も過ぎても売れ残っている花火セットへの親近感から出た同情と、なんか面白そうという適当な好奇心が半分ずつの気持ちで購入してしまった。もちろん、マッチやロウソクも一緒に買って準備は万全である。
(あとは場所だけど)
大昔の話ならいざ知らず、現代においては花火をできる公共の場所は限られている。
ホームセンターの駐車場などは抜群の条件と言えるのだが、さすがに勝手に花火大会を開催しようものなら怒られて出禁にされるのは想像するに難くない。それだけで済めば御の字で、普通は通報されるだろう。
(とりあえず公園かな)
焦らずとも花火には時間がたっぷりある。
それに、もう少し暗くなった方が花火も映えるだろう。それに伴って寒くなるのは考え物だが仕方がない。俗にいう冬花火のジレンマである。
(……知らんけど)
心の中でつぶやき、花火はホームセンターの駐車場を抜けて右へ曲がった。
街中から少し外れたところにある、何度か行ったことのある公園へ向かう。
時間と寒さのせいもあってか、公園が近づくにつれてすれ違う人の数は段々と少なくなっていく。しばし歩くと暗闇のなかで不気味に佇む木々とそれらに囲まれた間から公園灯のぽわっとした淡い光が見えた。昼間は活発的で爽やかな印象の公園が、夜になるとまったく別の顔を見せていた。
入口に掲げられている看板の前で止まって、花火についての注意を探す。
すぐに花火使用禁止の文字と花火をしている男の子のイラストに赤バツが付けられているのが目に入った。
(ですよねー)
ボール遊びが禁止の公園が増えているこの時代だ。花火だけ許可されているほうが珍しい。
「あ、てかバケツ買うの忘れたわ」
ぼぅっと注意書きの看板を眺めながら花火はガシガシと頭をかく。
いや、これでよかったのかもしれない。
たとえ小さくともバケツを持って移動するのは少々目立つ。それは花火を楽しみにしているようでちょっと恥ずかしい。
しかし、バケツがないとなると、場所選びにもう一つ条件が加えられることになる。水が近くにあるところでするほかないだろう。わざわざホームセンターにもう一度戻って買うのは面倒だ。となると、どこが最適か。
むむ、と花火はあごに手を添えて思案する。
すぐに思いついたのは海や浜辺だったが、ここからは電車に乗らなければならないほどには遠い。
(……河川敷にでも行くかなぁ)
せっかく買ってここまで来たのだから花火はして帰りたい。正確にいうのであれば、家に帰りたくない、という気持ちの方が若干比重としては重たかった。
自分の家のことを考えると思わずため息が出てしまう。
この半年ほど、母と大学生の姉は喧嘩が絶えない。毎日毎日よくも続くな、と最近は感心してきたほどだ。とはいえ、あの空間にいると気が滅入ってしまうから家にいる時間をできるだけ減らしたかった。
高校がある日はまだマシだ。朝から夕方まで学校で、夕方からバイトに行けばそれなりの時間になる。だが、今日のように休みの日はバイトが夕方に終わるので時間の潰し方に困るのだった。
とりあえず温かい飲み物でも買おうと公園内に入って、光に誘われるようにして自動販売機へ向かう。
夏場だとこの光に虫が集まっていて大絶叫することになるのだが、さすがに虫たちもこの寒さの中では出歩いていないらしかった。
財布を取り出して商品を物色する。
微糖コーヒーにするか、はちみつレモンにするか。それともロイヤルミルクティーにするか。花火を買ったしロイヤルな気分? などと考えていると、
「――ッ」
不意に誰かの声がどこからか聞こえた気がした。
遅い時間帯とはいえ、公園なのだから誰かがいてもおかしくはない。だが、先ほどまでは誰もいなかったはずなので、恐る恐る、ゆっくりとそちらへ顔を向ける。
「うわ」
思わず声が零れた。
視線の先のベンチに両手で顔を覆ってすすり泣いている小学生くらいの女の子がいた。
周りを見渡してみるも彼女の両親や保護者らしき人は見当たらない。いや、もし保護者と遊びに来ているのなら一緒にいないはずがない。理由はわからないが女の子は本当に一人ぼっちのようだった。
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