第5話
「手、つなぎたい」
「手?」
「ごめん、やだったら」
ひっこめようとする手を引き留めるように花火は左手を差し出した。
「いーよ。はい」
ぎゅ、と握られる。手袋越しに感じられる小さくて細い、少しでも力加減を間違えたら折れてしまいそうなほど華奢な指。
「……ありがと」
「ん」
ゆっくりと歩き出す。
「花火、楽しかったな」
「そうだね」
ふうの言葉に自然と同意していた。
花火一人でしていても、同じ気持ちになっていただろうか。いや、なっていなかっただろう。ふうがいたから、こうして満たされているのだ。つながれている左手のみならず、心の裡にもふうの温かさが未だに熱を帯びているようだった。
これらは一人では得られなかったものに違いない。
はっとして思わず足を止める。
(そっか、アタシも寂しかったのかな……)
……一人は寂しいよ。小さく、消え入りそうな哀しいふうの声色が反芻された。
ふうの言っていた通りだ。
一人は寂しい。
ふうを抱きしめていた時、花火も温かく感じたのは花火もふうと同じだったからだ。寒くて、寂しかったのだ。
突然歩くのをやめて止まった花火を心配するようにふうが顔を覗き込んでくる。
「花火?」
ふうの髪の毛をわしゃわしゃと撫でた。
「わっ、何? 花火」
「ん~? ありがとってことかな」
「意味わかんないよ……」
もう、と髪を整えているふうに、花火はにししと笑いながら息を吐く。
「アタシもさ、たぶん寂しかったんだよね」
「花火も?」
うん、と首肯して苦笑混じりに言葉を紡ぐ。
「アタシの家さ。ママとお姉ちゃんがずっと喧嘩してて」
「仲が悪いの?」
「今はね。昔はそうじゃなかったんだけど、それで家にいるのが嫌でアタシはこうして帰らないようにしてるの」
「そうなんだ……」
「でも、それじゃダメだって気づいた。ふうちゃんのおかげ」
「え? ふ、ふうは何も」
「ううん、ふうちゃんのおかげ」
もう一度ふうの髪の毛をくしゃくしゃと撫でる。ふうは「うぅ」と不服そうな声を零しながらも花火の手を払いのけるような真似はせず、少し照れ臭そうに受け入れてくれていた。
「ありがとね」
今の花火は寂しいからといって母親と姉を避けて、二人から離れている。離れようとしている。それはおかしなことだった。単純な、簡単なことなのに、それがわからないでいた。寂しいからと言ってさらに離れてしまえば、寂しさがより増長されるだけだとどうしてわからなかったのか。
寂しいのなら、歩み寄りたいのなら。
「そうだ、さっきの線香花火の約束だけど」
「う、うん」
突然、話題が変わったことでふうが少し身構える。
線香花火の対決は、結局花火が大きく勝ち越して決着していた。
「ふうちゃんさ」
「うん?」
「アタシと友達にならない?」
「友達?」
「うん」
「花火と?」
「うん。嫌?」
「や、やじゃない。ふうもなりたい」
「よし、決定ね」
早速メッセージアプリを開いて、お互いを友達登録する。
花火が試しに「よろしく!」と犬のイラストスタンプを送ると、しばらく悩んでいたふうから「失礼つかまつる」と侍風のカッパ巻きがしゃべっている意味不明なスタンプが返ってきた。
それは置いておくとして。
「だからさ。もう、こんな時間に外に出ちゃダメだよ」
「うん」
「アタシが心配だからさ」
「……うん」
素直にうなずいてくれたふうと川沿いの道をしばし歩いて、橋を渡ると住宅地にやって来た。ふうによるとこの一角にふうの家があるらしい。
「あ、ふうのおうち、あそこだよ」
「そっか」
無事に送り届けられて、ほっと胸を撫でおろす。
「花火っ」
「ん?」
「ありがと」
えへへ、とはにかんで、
「バイバイっ」
手を振って元気に駆け出していくふうを見送る。もう一度ふうがこちらに振り返って手を振ってくれたので、花火も胸の前で小さく手をちらちらを振る。
ふうの姿が見えなくなり、花火は踵を返して帰路に就いた。
母親と姉は今頃何をしているのだろうか。また飽きることなく喧嘩をしているのだろうか。それぞれの部屋で勝手気ままに過ごしているのだろうか。
これまでに溜まりに溜まっていたものを全部、息とともに吐き出す。白い息が夜空に溶けてなくなる。その遥か先には、花火とふうと二人を結んだ花火を示すような冬の大三角が煌めいていた。
※冬の花火は乾燥や静電気などの理由で危険です。やらないほうがおすすめですが、もしもするときは気を付けてください。
花火と花火と、 はるはる @haru-haru77
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