終章 ギルバード・スルトレイトという男

ギルバード・スルトレイト(4)

 ナナが自室に入ったのを確認すると、彼女の筆頭守護騎士は、屋根裏部屋へと続く階段を登っていく。


 緑鱗トカゲを独占しようとしていた不届き者には制裁を加えた。

 すこし手加減しすぎたかと思うが、フィリアが部下を呼び寄せ、連行したので、今頃は死ぬほど恐ろしい目にあっているだろう。


 その後のことはしらない。

 フィリアが首謀者をつきとめる、とか、販売経路がどうだとか、組織的な犯行だとかなにやら言っていたが、銀鈴蘭の筆頭守護騎士であるギルにとっては、どうでもいいことであった。


 聖女様が欲しがっていた緑鱗トカゲが手に入ってたのだから大満足だ。

 それが全てであり、それ以上のことは望まない。


 聖女様はとてもお優しい方で、チンピラたちが罠で捕まえていた緑鱗トカゲのほとんどを逃がしてしまわれた。

 全てを狩りつくしてしまうと、次の世代が育たないから、とおっしゃっていた。

 さすがは聖女様である。


 聖女様にまとわりついている狩人も、フィリアが証拠収集のために必要だとか言って、連れていってくれた。


 というようなことがあったので、少し遅くはなってしまったが、今晩も聖女様とふたりきりの夕食を楽しむことができ、ギルはとてもご機嫌だった。


 部屋の小さな扉を開け、頭を梁にぶつけないよう注意しながら屋根裏部屋に入る。


 ギルは腰に差していた聖剣を外し、鞘ごとのまま床に立てる。

 コンコンと床を叩きながら、結界を強化するコトバを奏上する。


 結界は万全ではない。

 そして、永遠でもない。

 ほころびを確認し、脆いところは再び力を注いで補修する。


 今日の祈りを終了し、ギルは軽くため息を吐く。

 ギルの負担は大きい。

 本来なら、聖女様を見つけた時点で、ギルを支える守護騎士を選出しなければならない。

 だが、今はまだ聖女様をひとり占めしたい気持ちの方が勝っており、守護騎士の存在を受け入れることができないでいた。


 ナナとの毎日はとても楽しく、充実している。


 孤児で冒険者だったギルには、神殿暮らしよりも、こうして市井にまぎれて暮らす方が性にあっていた。


 ふと、背後に気配を感じ、ギルは剣の束に手を置いたまま、後ろを振り返る。


 ぽとり、と音をたてて梁の上から、なにかが落ちてきた。


 ギルは反射的にそれを拾い上げる。


 手のひらサイズの木の板だった。

 表面には見事な彫刻がほどこされている。


「御守りか?」


 それはとても丁寧につくられており、今はもう力が消えかけているが、かなり強力な御守りだったというのがわかる。


 これによく似たものをギルは知っている。

 聖女様たちがつくる御守りだ。


 木の面に彫られた文様には、祈りの文字が隠されている。

 神聖文字だ。

 文様の意味と文字の内容を、ギルは慎重に読み解いていく。


「ああ、なるほど。そういうことか……」


 これは、エルフの聖者様が、三年前にこの店の先代店主に贈った御守りだ。


 ――友人であるこの店の店主と、そこで暮らし始める己の愛しい娘が、幾多の災厄から護られるように――


 という意味の文様だ。


 銀鈴蘭の聖女ナナは、エルフの聖者様の養い子だったのだ。

 ナナがエルフの聖者様から独立した後は、この御守りが彼女を護っていたのである。


 その効力が切れかけたから、白百合の聖女様は、ナナの存在を感じ取ることができたのだ。


「聖者様が今までナナ様を護ってくださっていたのですね。これからは――」


 御守りに向かってギルは誓いのコトバを述べる。


 役目を終えた聖者様の御守りは、淡い光を放ちながらギルの手の中でゆっくりと消えてなくなっていった。



<完>

あと、五千文字欲しかった……

お読みいただきありがとうございました

後書きを近況ノートに掲載しました

https://kakuyomu.jp/users/morikurenorikure/news/16818093083978451478

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薬屋の聖女と屋根裏部屋の守護騎士様~騎士様が捧げる無償の愛と忠誠が……~ のりのりの @morikurenorikure

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