5-3. 聖女様の大事な緑鱗トカゲになにをするぅ――っ!
「……なるほど。そういう理由で、ナナ様は青小竜の肝臓や緑鱗トカゲの腎臓が欲しいのですね」
「そうなのです。フィリア様まで巻き込んでしまって、申し訳ございません」
説明を聞いたフィリア様が、ようやく納得できたと頷く。
場所を二階に移し、ワタシたち四人は、ギル様が用意したお茶を飲んでいた。
いつもはワタシが淹れているのだが、今日はダメだそうだ。
グラットはものすごく逃げ出したいような素振りをみせたが、おもしろがったフィリア様の一声で居残りが決定した。
「緑鱗トカゲの腎臓が、青小竜の肝臓の代替品になるのか。おもしろいな。緑鱗トカゲのその他の部位は、なにか他の竜の代替品になるのかな?」
「いえ。無理です。緑鱗トカゲの他の部位はとても毒素が強すぎて、服用すると、激しい幻覚作用が発生するのです。なので、使用禁止になっています」
「なに……?」
フィリア様の顔がみるみる険しくなっていく。
「グラット、辺境地の地図をだせ」
グラットは嫌そうな顔をしながらも、懐から取り出した地図を広げる。
ゲルプージュ辺境領の詳細地図だ。とても精密で高価そうな地形図だった。
そこにグラットが色々と情報を書き込んでいる。
「ここがアスグルスの街でございます」
グラットが小さな点を指先でコンコンと叩く。
「緑鱗トカゲの生息地はどこだ?」
「この辺りになります」
意外とアスグルスの街から近い場所にあった。徒歩なら二、三日といったところか。
「よし。座標は把握した。今からココに緑鱗トカゲを探しに行く。グラットはついてこい」
「え? 強制ですか?」
「当然だ。わたしは緑鱗トカゲというものが、どういうトカゲなのか知らない。ギルはどうする?」
「わたしはナナ様のおそばに……」
「はい! はい! ワタシも薬素材探しに同行させてください!」
「ええええっ! ナナ様! 素材探しはフィリアとその狩人に任せましょう」
「嫌です。ワタシも同行します!」
フィリア様のことだ。移動系の魔法を使って、一瞬で現地に到着するつもりなのだろう。店を閉めることなく、素材探しができるのだ。
この機会を逃してはいけない。
便乗するんだ!
久々の山だ! 森だ! 素材採取だ!
ワタシは素材採取の道具をひっぱりだすと、フィリア様の【転移】魔法で、緑鱗トカゲの生息地へと向かった。
日が沈み、辺りは薄暗くなりはじめている。
「待て。ギル。明かりは灯さないでくれ」
呪文を唱えようとしたギル様を止める。
「だめだ。ナナ様が暗がりで躓かれたら大変だ」
「ハーフエルフはヒトよりも夜目がきく」
「ギル、フィリア様のおっしゃるとおりですよ。ワタシなら大丈夫です。それよりも、ギルは明かりがないとダメなのですか?」
「いえ、わたしも暗闇での活動に支障はございません」
売り言葉に買い言葉ではないようだ。
そういうスキルを所持しているのだろう。
グラットの案内で生息地を探索する。
ワタシも緑鱗トカゲの生態を思い浮かべながら怪しそうな場所を重点的に探してみるが、なかなかみつからない。
と、フィリア様が「これはトカゲのようだが?」といって、小さなトカゲをつまみ上げた。
首の辺りを掴まれた緑色のトカゲが、じたばたと暴れている。
「フィリア様、それは確かに、緑鱗トカゲなのですが、まだ子どもです。残念ながら、子どもの腎臓は未成熟で、薬にはなりません」
「そうなのですか。このサイズで子どもとは……。意外と想像していたものよりも大きいようですね。つまり、この個体の親を探し出せばよいということですね」
「そうです。子豚くらいの大きさになります」
「子豚サイズのトカゲですか」
ワタシの説明にフィリア様もギル様も驚いている。
「魔法はあまり使いたくはないが……」
と言いながら、フィリア様は目を閉じ、ひとこと、ふたこと小さな声で呟く。
魔力が動く気配がし、フィリア様の全身がほんのりと銀色の輝きにつつまれた。
「いた! あっちだ! 逃げられても困る。急げ!」
そう言うと、フィリア様は剣を抜き払い、薮の中へと飛び込んでいく。
フィリア様、ギル様、ワタシ、グラットの順番で歩いていく。
フィリア様とギル様は剣を薙ぎ払いながら、邪魔な枝や草を刈りつつ先を進む。
しばらくすると、薮が途切れ、広場のようなところにでた。
きゅいきゅいという複数のトカゲの鳴き声が聞こえた。
そして、ニンゲンの話し声も聞こえる。
広場のあちこちには罠のようなものが仕掛けられていて、甘い香りが充満していた。
この香りは、緑鱗トカゲがだすフェロモンに似ている。
「あれだ!」
広場に出ようとしたワタシたちを制し、フィリア様が指差す。そこには三人の大男がいた。
「モッブゥの兄貴! 今回も大漁っすね!」
「さすが、モッブゥの兄貴! トカゲを捕まえるのも上手っすね!
「そうだろう。そうだろう。ザッコー、カスウ、コイツラをさっさと袋の中に詰めて、街に戻るぞ」
「へい!」
「コレ、ただのトカゲのくせに、すげ――いい値段で売れるから驚きやした」
「だな。なんでも、『いい夢』をみることができる『クスリ』の原材料になるらしいぜ。帝都で大流行しているそうだ」
「すげ――な。さすが、アークトックの親分は目の付け所がちがいますねぇ」
な、なんですって!
コイツラ、緑鱗トカゲを罠で根こそぎ捕獲して、幻覚剤の材料として売買していたのか!
許せない!
と思ったつぎの瞬間。
「聖女様の大事な緑鱗トカゲになにをするぅ――っ!」
雄たけびをあげながら、ギル様が広場に躍りでる。
「な、な、なんだぁぁぁつ!」
「あ! オマエはあの薬屋の守護騎士じゃねえか!」
「なんで、アイツがこんなところに……ぐはっつ!」
ギル様! ご乱心!
「ギル! そいつらは下っ端だ! 殺すなよ!」
ギル様は軽く頷いてみせると、緑鱗トカゲを捕まえようとしていたチンピラ三人組をバッキバッキのボッコボコにしたのである。
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