5-2. これが例のアレか?
「アハハハ……なにこれ。面白い小芝居だなぁ。アハハ」
突然、フードを目深に被った男が笑いだした。
ゆっくりとした仕草でフードを外すと、銀色に輝く髪がはらりと揺れ動く。外套の隙間からのぞくのは、豪華な騎士用の制服だった。
「フィリア様……」
「ご無沙汰しておりました。ナナ様。お元気そうでなによりです」
ゴチンという音が聞こえた。
グラットが床に頭をぶつけた音だ。
「キミは確か……ゲルプージュ辺境伯の……」
「は、はい。道案内を務めさせていただきました、狩人のグラットです。エレファントス様には……」
「ああ、そうか。いつも道案内ご苦労。わたしたちの討伐が滞りなく終了するのは、キミたちのおかげだよ。ええと、グラットだったよね。そういう堅苦しいのはいいよ。いいよ」
ヒラヒラと手を振りながら、フィリア様はフレンドリーな口調でグラットに語りかける。
そして、平伏したままのグラットに立つようつけ加える。
グラットって、そんな副業もしていたのか。
フィリア様の口調からして、辺境地の案内は一度や二度ではなさそうだ。
こいつは一生、このままでもいいだろ……とぼそりと呟いたギル様の不機嫌な声は、とりあえず聞こえなかったことにする。
「エレファントス様、辺境伯には……」
「これは非公式だから、内緒にしてくれるかな? みんなには黙ってこっそりきちゃってるから」
「…………」
青い顔をしたグラットが頭を抱える。
「エレファントス様……」
「フィリアだ」
「はい?」
「ここでは、フィリアと呼んでくれ」
「え、えええっ?」
グラットの顔色が青から白色になったが、その気持ちはよくわかる。ワタシも最初はどんな嫌がらせかと思ったからね。
「フィリア様、お久しぶりです。今日は、一体、どのようなご用件で?」
「もちろん、ギルとナナ様の新生活が順調なのか見物にきたんだよ」
それは嘘か冗談だろう。
「……というのは冗談で、ギルに頼まれていたものを届けに来たんだ」
と言うと、フィリア様は呪文を唱え、なにもない空間から梱包された荷物をとりだしはじめる。
「ええと、これは……肉類だな。菓子類、飴類、燻製食品はこれ。こっちの包みは、裁縫道具一式か。こっちのは、基礎化粧セットだな。で、これは調味料一式……」
どれもが大きな包だ。
ドスドスという重たい音をたてて、カウンターの上に並べられていく。
「ギル、前にも言ったが、欲しいものがあるのなら、具体的に指示をしてくれ。『一式』とか『セット』だと、エレファントス家の威信をかけて全種制覇、とかわけのわからないことになるから」
「わかった。つぎからは『別の表現』を考える」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
さらに包がカウンターに積み上げられていく。
「おい! ナナ!」
「なあに? グラット?」
「ま、ま、まさか、オマエ『エレファントス家』も知らないってことないよな?」
小さな、すごく小さな声でグラットがワタシに囁いてくる。声は今にも消えそうで、語尾は情けなく震えている。
赤熊を絞め殺し、狼に怖れられるグラットにも怖いものはあったようだ。
「失礼な。いくらワタシが世間知らずだからって……それくらい、知っているわ!」
「だったらなんで、帝国の剣に買い物代行のような真似をさせるんだ!」
「ワタシじゃないわよ! ギル様がさせているのよ!」
「ギル様って、何者なんだ? 只者じゃないぞ、あれは……」
料理も作ってくれたし、この建物の修繕も、そして、【洗浄】魔法で室内をピカピカにしてくれたのもフィリアこと、帝国の剣アルフィリア・エレファントス様なのだが、これは黙っていた方がいいだろう。
「それから……コレな!」
本日最大級となる大きさの包がカウンターの上ではなく、接客エリアの床上に置かれる。
「おおっ! これが例のアレか?」
「そうだ。これが、例のアレだ!」
ふたりは楽しそうに笑っている。
「ナナ様。これは、青小竜の肝臓です!」
ギル様は嬉しそうに宣言する。
「ええ? 青小竜の肝臓!」
ワタシとフィリア様の声が重なる。
「ギルが欲しいのは、青竜の肝臓じゃなかったのか?」
「いや。青小竜の肝臓だ。緑鱗トカゲの腎臓の代替品として使用するんだ」
いや、本当は、青小竜の肝臓が手に入らないから緑鱗トカゲの腎臓を代わりに使用しているのだ。
「すまない。間違えた。青竜の方を捕獲してしまった」
「なんだって? フィリアは青小竜と青竜の区別もつかないのか? あかぎれの薬が作れないじゃないか」
ギル様に責められ、フィリア様はしゅんとうなだれる。
ちょ、ちょっと! ギル様! 帝国の剣の心を折ってどうする!
ワタシは慌ててフォローにはいる。
「たしかに、青竜の肝臓ではあかぎれ……痛み止めとしては使用できませんが、こちらもとても貴重な薬素材です」
そう、ものすごく入手困難で、貴重で、めちゃくちゃ高価な素材だ。
それこそ、王侯貴族に処方される素材だ。
「そうなのですか? だったらフィリアが採取した素材を遠慮なくお使いください」
「あ、ありがたく頂戴いたします」
ギル様はもっとフィリア様に遠慮した方がいいと思います。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます