第5章 薬の素材

5-1. ね、いいでしょ?

「ナナ、あの表の行列はなんなんだ?」


 久々にグラットが『雪雫の薬鋪』にやってきた。


 店内に入った第一声がこれか……。

 ワタシはこめかみを抑えながら、その質問に答える。


 今から約十日前。

 帝都の大神殿に行くのを免除してもらったかわりに、ギル様が屋根裏部屋に棲みついて、ワタシの護衛をはじめたこと。


 近所のヒトには、ギル様のことを新しい住み込みの従業員、チンピラ三人組を追い払う用心棒みたいなものだと説明した。


 ギル様が銀鈴蘭の聖女に仕える筆頭守護騎士で、その銀鈴蘭の聖女がワタシだということは、周囲には秘密にしていることもしっかりと伝えておく。


「そうか。帝都に行かずにすんだんだな。ナナの希望が通ってよかったな」


 グラットはそう言うが、ワタシにベッタリで、色々なことに関して世話をやきたがるギル様との生活がよいものなのか、疑問が残る。

 ワタシはものすごくギル様に甘やかされている。

 そして、それがものすごく心地よいのだ。

 このままズルズルと甘えてしまうのには抵抗があるし、なによりも、ギル様がお世話したいのは銀鈴蘭の聖女様だ。


 ギル様の甘々度が増せば増すほど、ワタシの中のモヤモヤも強くなっていく。


 だが、この感覚をどうグラットに伝えてよいのかわからず、ワタシはその部分をバッサリ省略して説明した。


 こうしてふたりの奇妙な同居生活が始まったのだが、『雪雫の薬鋪』の超絶イケメン従業員の噂は、あっという間に街中に広がり、ギル様を一目みようと、女性陣が連日詰めかけたのである。


 ギル様は「いらっしゃいませ。どのようなお薬をお求めでしょうか? ごようのない方は、お薬を求めるお客様のご迷惑になりますので、このまますぐにお帰りください」と対応した。


 すると、女性陣はあかぎれの薬を買いに来たのである。

 しかも一番、小さな携帯用サイズだ。


 それを毎日、毎日、買いに来る。


 一日一個だが、毎日欠かさず購入するので、一生分を買い占めるかのような勢いだった。


「へぇ。繁盛してなによりじゃないか」

「それがね……困ったことに、緑鱗トカゲの腎臓がなくなったのよ!」

「あ……」


 グラットがワタシから視線をそらす。


「ちょっと、グラット! 緑鱗トカゲ! 緑鱗トカゲの納品はまだ? この調子だと、一匹じゃなくて、十匹は必要よ!」


 ワタシはグラットに詰め寄る。


「売れるものがなくなって、あかぎれの薬を買いに来たヒトには『売り切れ中だから再販するまでおまちください』ってことで、帰ってもらっているんだけど、そしたら、毎日、あかぎれの薬はまだですかって、みんな聞きにくるんだよ!」

「そ、それは……大変だな」

「もう、店に入ってもらうのもあれだから、店の外でギル様に追い返してもらっているの!」

「…………」


 あかぎれの薬をもとめに来たヒトたちは、別にあかぎれには困っていない。

 ギル様を眺めて、ギル様と会話ができたら満足なのだ。

 むしろ、無意味にあかぎれの薬を購入せずにすんでよかったと思っているだろう。


 それにもちょっとイラッとくる。

 ワタシがギル様に『街のヒトとのトラブルは極力さけたい』と言ったものだから、ギル様目当てだけで集まったお客様にも、ギル様は丁寧に接している。

 イライラするっ!


「すまん。流行病の対応で、素材採取まではできなかった」

「そうだよね。ごめん。流行病の方は大丈夫だった?」

「ああ。薬を処方したのが早かったので、みんな重症化せずにすんだ。周辺の村も確認したが、感染はみられなかったし、余分に持たせてくれた薬の方も、村が残らず買い取ってくれた」


 と言いながら、グラットは懐の中から小さな革袋をとりだし、ワタシの手に載せる。


「これが今回の薬の売上げ代金だ」

「ありがとう、グラット。みんな助かってよかったわ」

「オレは礼を言われるほどのことはやっていないよ。ただの荷物運びだ。村長や子どもたちの親が、ナナに感謝していたぞ」


 グラットはいつもの麻袋をとりだし、干し肉やら乾燥チーズ、川魚の干物、ジャムや干したキノコなどをカウンターの上に並べはじめる。

 村人たちからのお礼の品だ。

 ワタシはありがたくそれを受け取る。


「グラット、今日はゆっくりできるんでしょ?」

「ああ……まあ、ちょっと休憩もかねて、数日間は街に滞在するつもりだ」

「だったら、晩ごはん、ウチで食べていく?」

「え?」

「ギル様のお料理、とっても美味しいんだよ? そろそろ閉店の時間だし、お茶も飲んでいって」

「ギル様にグラットのことをちゃんと紹介したいし。ね、いいでしょ?」

「いや、いいでしょって……」


 扉がガチャリと開き、平民姿のギル様と、フードつきの外套をまとった人物が店の中に入ってくる。

 外套で全体をすっぽりと隠し、フードを深々と被っている。


 ギル様の背後にいる男をみたとたん、グラットは意味不明な悲鳴をあげて、その場にひれ伏した。


「ぐ、グラット? いきなりどうしたの?」


 ワタシの言葉が聞こえないのか、グラットは床に額をこすりつけ、ガタガタと震えている。


「ナナ様、表のお客様にはお帰りになっていただきました。薬の売上金を納めにきた狩人はどちらに?」


 ギル様の足元で縮こまっていますが?

 ワタシが指し示した指先を追い、ギル様は初めて気がついたような態度をとる。


「ああ、こちらにいらっしゃいましたか。御用がおすみなら、とっとと帰れ!」


 今まで聞いたことがないギル様の冷たい声に、グラットだけでなく、ワタシも驚く。

 どうしちゃったのギル様!


「は、はい。おれ、いや、わたくしは、これにて失礼……」

「ちょ、ちょっと待って! グラットも一緒に晩ごはんを食べようって言ってたんだけど。ダメ?」

「…………」

「……わかりました。ナナ様がお望みでしたら、そこの狩人の同席を認めましょう」

「…………」


 グラットがこの世の終わりみたいな顔でワタシを見上げた。

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