4-5. ああいいぞ

 シャリーが立ち去ったのを確認すると、ギル様はにっこりとワタシの方へ向き直る。


「ナナ様、彼はわたしの幼馴染みで親友のアルフィリア・エレファントスです」


 幼馴染みで親友ということは、彼もまた孤児院出身なのだろうか。と考える。


「銀鈴蘭の聖女様、お初にお目にかかります。アルフィリア・エレファントスと申します。わたくしのことは、フィリアとお呼びください」


 壮絶イケメンは、すっと身を屈め、騎士の礼をもってワタシの前に頭を垂れる。

 エレファントス?

 どこかで聞いたことがある響きだ。


「あ……ワタシはナナです。フィリア様、ワタシのことはナナでお願いします。店を修繕してくださってありがとうございます」

「お気になさらずに。突然のことに驚かれているかとは思いますが、雑多なことは、すべてギルとその養父に丸投げして、心穏やかにお過ごしください」


 ちょっと! 正気か? あのヒトたちに丸投げして、心穏やかでいられるはずがない!

 ギル様の人間関係大丈夫か?

 

 沈黙したワタシを、フィリア様はじっと見上げる。

 透き通った蒼色の瞳がとても綺麗だ。

 こんなに綺麗な蒼色はみたことがない。

 見事な銀色の髪と、透き通った蒼色の瞳?

 とある血筋が思い浮かぶ。


「も、も、もしかして、エレファントスって、いえ、エレファントス様といえば……」


 あのエレファントス家のことだろうか。

 いや、そうに決まっている。エレファントスの姓を名乗れる者は、現在この帝国内において四名しかいない。

 聖光剣エレファントスの持ち主のみに与えられる特別な姓だ。


 この辺境の地にも、いや、辺境の地だからこそ、エレファントス家の名声と偉業は伝わっている。


 辺境の地を跋扈する国難級、天災級と呼ばれる魔獣たちをバッサバッサと切り捨てる辺境の守護者だ。


 そのことに思い当たり、ワタシの手がプルプルと震えだす。

 触れるどころか、拝むことすらないと思っていた雲の上のヒトだ。


 『帝国の剣』と呼ばれる、魔法剣士一族の最高峰だ。


 公爵ではなく、その上をいく光爵という唯一の爵位を皇帝から賜り、皇帝騎士団の頂点に立つ一族。


「ご、ご無礼を――っ!」


 辺境民にとっては、皇帝様よりも、身近でありがたい存在だ。


 そのような方に剣じゃなくて、金槌を持たせて、雨戸の修繕をさせるとは!

 ギル様! なにをやっちゃってくれているんですか!


 領主様にこのことがバレたらどうなることかっ!

 領民にバレたら袋叩きにあってしまう!

 ワタシの方が跪く方だ!


 耳をプルプル震わせるアタシに、フィリア様は悪戯っ子のような笑みを浮かべる。


「わたしがナナ様とお呼びするときは、わたしもただのフィリアです。そうしろと、ギルに厳しく言われました。でないと、わたしの昔の恥ずかしい話を、みなにばらすと脅されています」

「な、な、な、なんですってぇっ!」


 ワタシの耳がぴくんと跳ね上がる!

 もう少しでちぎれるかと思ったよ。

 ギル様! 

 聖光剣の継承者を脅迫してどうしようというのですか!

 もしかして、ワタシも共犯者になってしまうのですか!


「わたしの名誉を守るため、と思い……そうですね……」


 と言って、帝国の剣は考え込む。


「ふらりと立ち寄った冒険者の相手をしているとでも思って、気楽に接していただければと思います」

「え…………」


 無理! 無理! 無理! 無理!

 そんなことできるはずがないでしょ!

 

 グラット! 助けて!

 父様! 今すぐ助けにきて!


「よろしくお願いします。ナナ様」


 恭しい仕草でワタシの手を持ち上げ、そこに口づけようとフィリア様が動く。


 と、そのわずかな隙間に、ギル様の手が滑り込む。

 フィリア様による挨拶のキスはギル様の大きな手によって防がれた。


「フィリア、おふざけはそこまでだ。ナナ様が困惑されている」

「ふざけているわけではないんだけどね」

「真剣でもないだろう」


 フィリア様は「ばれてたか」と笑いながら立ち上がる。


「さてと、昼までにはまだ時間がありそうだし、裏口の方からやっていくか」

「ふぃ、フィリア様! 金槌は持たないでください!」

「ん? だったら、ノコギリで木を切るか」

「いえ、ノコギリとか、そういう問題では……」


 帝国の剣にノコギリを持たせるなど、そんな畏れ多い。想像しただけて卒倒しそうだ。


「いつもみたいに、剣で切り刻んだ方がうまくいくんじゃないか?」

「う――ん。そうだな。そっちの方が綺麗に切断加工できるか。今日は帯剣してないんだよな。ギルの剣を貸してくれるか?」

「ああいいぞ」


 ちょ、ちょ、ちょっと!

 筆頭守護騎士様用の聖剣をホイホイ貸し借りするんじゃないわよ!

 おかしい! このふたり、絶対におかしい!


 震えるワタシを無視して、ふたりは店の奥へと消えていく。


「なぁ、昼飯はどっちが作るんだ?」

「そうだな。フィリアのパンピザが久しぶりに食べたいな」

「そうか。だよな。久しぶりに食べたくなってきた。騎士団の携帯食も、屋敷の食事にも飽きてきたところだ。ギルのシチューも食べたいな」

「それは夜のメニューにしよう。昼から煮込むと美味しくなるはずだ」

「後で市場に買い出しにいくか……」


 どこかのカップルみたいな会話が店の奥から聞こえてきた。


 空耳であって欲しい……と願ったのだが、昼のメインは『帝国の剣』が調理したパンピザ。夜のメインは『銀鈴蘭の筆頭守護騎士』のシチューであった。

 シャリーの差し入れた賄いも加わり、夜はとても豪華な食事となった。


 なんということでしょう。

 ワタシは『帝国の剣』に金槌だけでなく、包丁も持たせてしまったのである。

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