4-4. 誠心誠意、真心をこめて

「ということで……」


 ちょっと待ってください。

 クルサス様! どういうことですか!


「アルフィリア様、わたくしたちは帝都に戻ります」

「そうか。道中、気をつけて帰られよ」

「アルフィリア様はどうなさるので?」

「わたしはこの後、手すりと、そこの階段、二階の雨戸、屋根裏部屋の扉……ええと」

「あと、踏板だ」

「そうそう。踏板の修繕が残っている」

「そうでございますか。愚息のためにそこまで……ありがとうございます。では、そのついででよろしいのですが」


 壮絶イケメンが不機嫌になり、眉を顰める姿はとても美しい。

 シャリーの口から「ひいっ」とかいう小さな悲鳴が漏れ聞こえた。


「わたしは忙しい」

「一瞬でございますでしょ?」

「時間の問題ではない。わたしは辻馬車ではないのだぞ。わたしの能力をアテにしてもらっては困る」

「そこまで理解されているのでしたら、説明は不要でございますね。わたくしたちを帝都の大神殿まで送り届けていただきたいのですが」

「理由がどこにもみあたらん。勝手に『そういうこと』をすると、父と祖父に怒られる」

「アルフィリア様、本日は非番なのですよね?」


 その言葉に、アルフィリア様こと壮絶イケメンが息を詰まらせる。


「ふむ。そういえば、先日、アルフィリア様の弟君が、演習場の結界を木っ端みじんにされたとか」

「…………」

「その修復作業、わたくしが無料で責任をもって、大至急行いましょう」

「誠心誠意、真心をこめてお送りさせてください!」


 即答だ。

 義理とはいえ、さすが親子だ。腹の中は黒い。


 その後、クルサス様と守護騎士様たちは、アルフィリア様の【移動】魔法で帝都へと戻られた。


 シャリーはまだ夢の世界に浸っているようで、反応がない。

 しばらくそのままにしておくことにした。


「すごいですね。【移動】魔法、初めてみました。しかも、無詠唱でしたよね?」


 先ほどの出来事を思い出す。


 アルフィリア様の足元に魔法陣が出現して光の柱になった、と思った次の瞬間には、接客スペースにいたクルサス様と守護騎士様たちも一緒に消えていなくなっていたのだ。


「はい。フィリアは移動系の魔法も得意ですからね。用事を片づけたらすぐに戻ってきますよ」


 ギル様は自分のことのように自慢気に話す。


 移動系魔法には色々と種類があり、また術者本人の熟練度によっても結果が違ってくる。


 移動距離が得意な者、大勢の人を運ぶのが得意な者、物資を運ぶのに特化した者といった具合だ。


 ワタシも取得しようとしたのだが、やっぱり失敗した。

 簡単な物体移動から初めてみたのだが、目的地に届いた物体は、元のモノがなんだったのかわからないくらいに、ぐちゃぐちゃに粉砕されていた。

 何回やっても同じ結果だった。

 それをみたら、一気にやる気が萎えた。


「ギルは移動系の魔法は使えるのですか?」

「【帰還】魔法は辛うじてです。あとは……筆頭守護騎士同士のやりとりに限られていますが、小物程度の【転送】魔法ですね」


 なるほど。

 【帰還】魔法とは、自分の慣れ親しんだ場所に戻ることができる魔法だ。

 自分の寝室に戻ることができるという、緊急の脱出用ともいえる魔法だ。

 冒険者経験のあるギル様なら、取得していても不思議ではない。


 【転送】魔法は、物体を送る魔法だ。

 移動系魔法の基本、ワタシが取得しようとして挫折した魔法だ。


 口ぶりからして、ギル様も移動系の魔法は苦手のようだ。


「ところで、その、アルフィリア様という御方は……」


 部屋の空気がぐにゃりと動き、アルフィリア様が唐突に出現する。


「ひやあっ!」


 びっくりした。

 本当に、すぐに戻ってきちゃったよ!

 ここから帝都まではかなり距離がある。

 普通なら何回かに分けて、休息をはさみながらの【移動】魔法になるはずなのだが、往復なのに疲れた様子もなくケロッとしている。

 ギル様も平然としている。

 驚いているのはワタシだけだ。


「フィリア、お帰り。てっきり、茶を飲んでから戻ってくるのかと思っていたけど、早かったな」

「ああ。聖女様たちに見つかる前に戻ってきた。あの人たち、話し始めると延々と退屈な話が続くから嫌だ。あの人たちはそんなに暇なのか?」


 そんな、聖女様を『あの人たち』呼ばわりして、近所のおばちゃんたちに捕まったみたいな風に言うのはどうかと……。


「邪魔が入ったが、さっさと作業をおわらせるぞ」


 といって、裏口に向かおうとするアルフィリア様をギル様が呼び止める。


「ナナ様にご挨拶をしてからだ」

「ああ。そうか。到着早々いきなり大工仕事をさせられたから、忘れていた。ところで、こちらで硬直しているレディはどうするのだ? 消すのなら手伝うぞ」


 ここではじめて、ギル様の目がシャリーに向く。


「ナナ様、このレディはどなたですか?」

「ああ、えっと……シャリーっていう名前で。近所の食事処でウェイトレスをやって……って、シャリー! いつまでここにいるつもり? そろそろ開店準備をはじめる時間じゃない!」


 ワタシがゆさゆさとシャリーをゆさぶると、ようやく魂が戻ってきた。


 目をパチクリして、シャリーはワタシの顔をじとっと見る。


「さっきまでイケメンの園にいたんだけど? なんで、いきなり現実に引き戻すのよ!」

「いや、そろそろお店の時間がはじまる」


 ワタシの言葉にシャリーは飛び跳ねる。


「しまったわ! 足りない食材の買い出しを頼まれていたのよ! 早く買いに行かないと……。ナナ! 閉店まであのふたりの足止めをお願いね。いえ、ウチの店に食事をしに連れてきてもいいわよ!」

「いや、それは難しい……」


 あきらかに、高位貴族の方を庶民の食堂に連れ込むのはよくない。

 そもそも人混みがワタシは苦手だ。


 シャリーはまだなにか言いたそうな顔をしていたが、買い出しの時間が、とか言いながら慌てて店をでていった。

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