4-3. あなたをひとりにはできない

「雨戸は終わった」

「流石だな。完璧だ」


 雨戸の開閉を確かめ終えたギル様が呟く。


「次は、裏口か? 案内しろ」

「わかった。こっちだ」


 ふたりは大工道具を抱えて、通りを歩いていく。


「ね、ね、ね? 超絶イケメンと壮絶イケメンがいたでしょ?」


 興奮しきったシャリーにバシバシと肩を叩かれる。


 ……超絶イケメンが金髪のギル様で、壮絶イケメンが銀髪のフィリア……とかいう青年だろう。

 通りすがりの無関係な通行人ではなく、ふたりは知り合い以上の関係みたいだ。


 そうか、ギル様はイケメンではなく、超絶イケメンなのか。


「ねえ、シャリー……」

「なに?」

「壮絶イケメンよりも上をいくイケメンって、なんて言うの?」


 シャリーのイケメン判定基準がユルユルな気もしないではないが、銀髪の人が壮絶イケメンなら、父様や弟はもっとその上をいく。

 そこは、ちゃんと区別しておかないといけない。


「え……」


 ワタシの質問に、シャリーは眉間に皺を寄せて考え込む。


「そ、そうね……神イケメンかしら?」


 なるほど。

 ワタシの父様と兄弟たちは、神の領域に達していたのだなと納得する。


 しばらくすると、店の奥から金槌の音が聞こえてきた。


「さ、行くわよ」


 シャリーが立ち上がる。


「行くって?」

「決まっているわよ。裏口よ」

「ちょ、ちょっと、やめて。この先は従業員しか入れないから」

「アタシとナナの仲じゃない」

「親しき仲にも礼儀ありって、ワタシの父様が言ってたよ!」


 カウンターの前で言い争っていると、店の扉が開いた。


「おや、店主殿、お取込み中でしたかな?」


 白百合の筆頭守護騎士クルサス・スルトレイト様と……背後には昨日と全く同じな守護騎士様たちがいる。

 さらにイケメン追加だ。


「いえ! 全然、取り込み中ではないですぅ! ど、どうぞ! 守護騎士様!」


 シャリーがワタシをひっぱって、カウンターの向こう側に行く。


「店主殿、失礼します。ギルバードはどこに?」

「ええと……その……店の裏側で、扉の修繕を」

「そうですか。そうですか。それはよかった、よかったです」


 クルサス様はワタシを眺め、店内をぐるりと見渡し、ニコニコと満足そうに頷く。


「そちらのレディが、今日の立会人ですかな?」

「そうです! アタ……わたしが、ナナの立会人です。姉みたいなものです!」


 いや、いつから、シャリーがワタシの姉になったんだ?

 というか、シャリーは立会人という言葉の意味を知っているのだろうか?


「シャリー……これからちょっと大事な話があるから……」

「だめよ。ナナ。あなたをひとりにはできない」


 いきなりシャリーが真面目なことを言いだした。

 そして、顔を近づけ、ワタシの耳元で囁く。


「アタシも一緒にイケメンを鑑賞させて! お願い! こんなイケメン密度の高い空間から、アタシを追い出そうっていうの? そんなことをしたら、末代まで祟ってやるわ!」

「シャリー……でも、ちょっと他人に聞かれたら困る話なの」

「大丈夫! イケメン鑑賞のためなら、秘密厳守は貫くわ! 任せて! こう見えても、アタシは口が硬いのよ!」


 噂好きの口が、なにやらわけのわからないことを口走っているよ。


「食事処の賄いを分けてあげる!」

「……同席を許してあげる。でも、絶対に他言はしないでよ」

「わかっているわ。イケメンのためですもの! イケメンに誓って、今日のこのことはひとり占め……いえ、絶対に口外しない」


 不信と不安しかないが、とりあえずワタシの食生活を豊かに保つためにも、ここはシャリーを信じるしかない。


 ギル様を呼びに行こうとしたら、ギル様の方が銀髪壮絶イケメンを連れて、こちらにやってきた。


 間近で見ると、銀髪の青年の美しさに震えが走る。

 シャリーが今にも気を失いそうだ。

 気絶するなら立ったままでお願い。

 

「養父上……」

「ギルバード、それからアルフィリア様」

「ああ。クルサス殿、そのままで。今日は非番なので。楽にいきましょう」


 壮絶イケメンが片手をあげて、礼をとろうとした守護騎士様たちをやんわりと制止する。


 やっぱり、この壮絶イケメンはとても身分が高いヒトだった。


「帝都に戻る前に、店主殿にご挨拶をと思いまして」

「あ、その件ですが……」

「ご心配にはおよびません。経緯についてはギルバードより書簡を受け取っております。帝都ではなく、この店に留まること、委細承知いたしました。諸々の件は、わたくしにお任せください」


 クルサス様が懐の辺りを押さえながら、恭しく頭を下げる。


「ということは……ワタシは店を離れなくてもよいのですか?」

「はい。店主殿のお望みのままに。神殿の者たちにも事情を説明し、納得させました。神殿の方に移動用の魔法陣を設置する準備をはじめましたので、設置が終了すれば、わたしたちの行き来も容易になるでしょう」

「そ、そうですか……」


 こんな辺境の小さな田舎街に移動用の魔法陣を設置するなんて……なんて、贅沢な展開なんだろう。


「ということで、わたくしたちはこのまま帝都に戻ります」


 ということは、ギル様も帝都に戻るのか。

 お昼ごはんはワタシがひとりで食べるのか。


 胸がチクリと傷んだが、これは我慢しないといけない痛みだ。


「ギルバードひとりではなにかとご不便を感じるかもしれませんが、守護騎士たちが集うしばしの間、ご辛抱ください。この者はとても優秀で、努力してきた者です。必ずや店主殿のお役にたちます」

「はい?」

「たまに暴走するときがあるかもしれませんが、そのときは高圧的に叱っていただければ従うように躾けておりますので、ご安心ください」

「????」


 にこやかな笑みを浮かべるクルサス様。


「あの……ギルは、あ、ギルバード様はもしかして、ここに?」

「ありがたくも店主殿より屋根裏部屋を下賜されたと伺っております。愚息のためにそこまで心を砕いていただき、感謝の念しかございません」

「…………」


 おかしい。ワタシがぐうぐう寝ていた間に、色々と決まってしまったようだ。

 昨日の夜になにがあったのだ?

 というか、こういうときこそ、立会人の出番だろう。


 シャリーに助けを求めるべく彼女の方へと視線を向けるが……だめだ。彼女は今、妄想の世界に羽ばたいていて、魂がどっかにいってしまっている。

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