4-2. 今すぐあの金槌になりたい!
……というような具合で、朝の目覚めから完全にギル様のペースだ。
ワタシは手の上でコロコロと転がされているだけの存在だ。
店内もギル様の魔法と手によって綺麗に掃除され、今は外回りの掃除をしてもらっている。
可愛く結い上げられた髪が、なんとも落ち着かない。
こんなにお世話をされるのは、産まれて初めての経験だ。
病気で寝込んだときだって、こんなにお世話をされたことがない。
ちょっと驚いたし、すごく恥ずかしかったけど、不思議と不快感はなかった。
すごく嬉しそうに動き回っているギル様を眺めていると、なんだかワタシまで嬉しくなってくる。
美味しかった朝ご飯。
ふわトロなオムレツに、柔らかなモチモチパン。コンソメスープの中には、グラットが薬草と間違えて採取した『食べても問題ない草』が入っていた。
渋みがあって食べるのに苦労する草が、とっても風味豊かな食材になっていて驚いた。
でも……。
それって、ワタシが聖女様だからだ。
オムレツも、スープも、パンも、この家にある素材を使用したとはいえ、それは『聖女様のために』ギル様が用意したものである。
心の中にモヤモヤがどんどん溜まっていく。
ギル様はいつまでココにいるつもりなのだろうか。
お昼ご飯は作ると言っていた。
夜ご飯は……。
昨日ぐらいの時刻に、クルサス様たちがまたココに来るかもしれない。
そうしたら、ギル様はクルサス様たちと神殿に戻るかもしれない。
いや、連れ帰ってほしい。
二日連続で屋根裏部屋に泊まらせるというのは……。
そんなことをぐるぐると考えていると、いきなり店の扉が開き、ワタシよりも少し年上の女性が店内に転がり込んできた。
「ナナ! ナナ! どういうことぉっ!」
近所の食事処で住み込みのウェイトレスをやっているシャリーだ。
「ナナ! アンタの店の表に……超絶イケメンと壮絶イケメンが、雨戸の修繕をしているんですけどぉつ!」
「はい? 超絶イケメンと壮絶イケメンって?」
ゼハゼハと喘ぎながら、シャリーは店の外を指さす。顔が真っ赤だ。
「……って、あれ? ナナ。アンタちょっと、今日はどうしちゃったのよ?」
「ん?」
「すごく、可愛くなってるじゃない! え! その髪型! ナニコレ! すごい。カワイイ! いや、めちゃくちゃ似合っているじゃない。肌艶もいいし、服も……いつもの服だけど、なんか、生まれ変わったみたい?」
鋭すぎるよシャリー……。
「あら? 店の雰囲気もなんか、綺麗になったというか、洗練されているというか? どうしちゃったのよ! アタシの知っているナナじゃないわっ! アタシのナナはどこに隠れちゃったの!」
朝からどうしたこのハイテンション。
ワタシはゆっくりと店の奥へと消えていこうとしたのだが、ガシっと両肩を捕まれる。
「そんなことより、あのイケメンズをアタシに紹介しなさいよっ!」
「イケメンズ?」
シャリーに引っ張られて、店の入り口の隙間から外を観察する羽目になる。
店の外では……。
「おい、ギル! なぜ、わたしがこのような大工の助手みたいなことをしないといけないんだ! 今日は久々の非番で、予定があると言っているだろ! わたしの貴重な休日をなんだと思っている!」
「すぐに終わるから。フィリアは雨戸を支えていてくれ。あ、ちょっと斜めになった」
「くそっ……」
「そうそう。ストップ! フィリアはこのまま支えていてくれ」
というような会話を交わしながら、赤みを帯びた金髪の青年と、長い銀色の髪を一つに束ねた青年が、ウチの店の雨戸を修繕していた。
銀色の髪の青年も守護騎士様なのだろうか?
シンプルな外出着に身を包んでいる。
控え目な服装なのだが、なにしろ着ている人物がものすごく綺麗なヒトなので、存在自体が豪華絢爛だ。
気配を抑えているようだが、おそらく、いや、絶対に銀髪のヒトは高位貴族だ。物凄い魔力を感じる。
そんなヒトを顎でこき使っているギル様って……。筆頭守護騎士は、高位貴族よりも偉いのだろうか。
カンカンカンという、釘を打つ金槌の音が響く。
ふたりが修繕してくれている雨戸だが、金具が壊れていて閉まらない。他の雨戸も似たような状態なのだが、どうやらその金具を交換してくれているようだ。
どうやら、外回りの掃除には、雨戸の修繕も含まれているようだ。
というか、あの銀髪の青年は何者?
ふたりは場所を移動し、別の雨戸の修繕をはじめていた。
ワタシたちがこっそりと見ているのには気づいていない。
「おい、ギル。雨戸は一体、いくつあるんだ?」
「四つだ」
「ということは、これで最後だな?」
「いや、裏口の戸も建てつけが悪くなっている。手すりと、踏板もかなり傷んでいる。それに、部屋の中の階段も……。できれば、二階の雨戸に屋根裏部屋の扉も……」
「おい! すぐ終わるんじゃなかったのか! わたしの休みはどうなる!」
「この借りは必ず返す。そうだな……フィリアがぶっ壊した鍛錬場の結界修復なんてどうだ?」
「……誠心誠意、真心をこめてお手伝いさせていただきます」
ギル様……してやったり、という笑みが黒くて怖いです。
フィリア様は、ばさりと上着を脱ぎ捨てる。
隣でシャリーが黄色い悲鳴をあげた。
フィリア様はシャツの袖口ボタンを外し、手早く腕まくりすると、ギル様に向かって手を差しだしていた。
「金槌をよこせ」
「嫌だ! ナナ様のお住まいの修繕は、わたしがするんだ!」
ぎゅっと金槌を己の胸の中で抱きしめるギル様。
「アタシ、今すぐあの金槌になりたい!」
シャリーがおかしなことを言っている。
「そんなにチンタラしてたら、今日中に終わらないぞ! 手伝わなくていいのか?」
「うう……」
ギル様はしぶしぶ金槌をフィリア様に渡す。
と、フィリア様は手慣れた様子で金具に釘を打ち始め、あっという間に雨戸の修繕を終えてしまった。
プロも驚く手早さだ。
シャリーも目を見開いて驚いている。
フィリア様は……大工なのか?
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