やたらうるさい金縛り

無月兄

第1話

 それは、一週間の仕事を終え、布団に入った時の出来事でした。

 明日は休みなので、いつもより起きるのが遅くても大丈夫。一週間の疲れをとるべく、ぐっすり眠るつもりでいました。


 しかしセットしていた目覚ましが鳴るよりずっと早い、まだ外が真っ暗な頃、どういうわけか目を覚ましてしまったのです。


 まあ、目が覚めたと言ってもすぐに眠れば問題ありません。

 けどその時、自分の寝ている部屋に誰かが入ってくるのがわかりました。


 誰……?


 最初は、一緒に暮らしている弟が夜勤から帰って来たのかと思いました。

 ですがそれならわざわざ自分が寝ているところにやってくるはずがありませんし、だいたいこんな真っ暗な時間となると、帰ってくるのにはまだ早いです。


 もっとよく相手を見よう。そう思ったその時です。自らの体が、全く動かないことに気づきました。それだけでなく、声も出せません。


 金縛りです。

 今までホラーもので読んだり人から話を聞いたりするだけだった金縛りが、ついに我が身にも起こったのです。

 しかもオバケ的なものまでいます。


 目だけはなんとか動かすことが出来たのですが、入ってきた何者かを見ても、不思議とその実態はさっぱりわかりません。まるで全身が影で覆われているように黒っぽくて、顔も表情もよく見えませんでした。


 不可解な現象はそれだけではありません。金縛りと気づいたくらいから、何やら音が聞こえてきたのです。

 きちんとしたメロディになっていたので、音と言うより音楽と表現した方がいいかもしれません。それは、こんなホラーな現場には似つかわしくない、なんとも陽気な雰囲気の音楽でした。


 有名な曲で例えるなら、マツ○ンサンバみたいな音楽です。





 ……もう一度言います。

 誰も彼も浮かれ騒ぐ、あのマツケンサ○バです。


 いえ、もちろんマツケン○ンバと言うのは例えで、自分がそんな雰囲気だと勝手に思っただけです。

 しかし、とにかくそんな感じの明るい音楽が、ずっと聞こえてきているのです。

 なんだかちょっとだけ怖さが薄れました。


 そんなことを思っていると、部屋に入ってきた人影が近づいてきて、寝ている自分のそばに座ります。

 そして、何やら話をはじめました。


「▃▅▆▇▆▅▃▂▂▃▅▆▇▆▅」


 何か話をしているのはわかります。しかし、残念なことにその内容を聞き取ることはできませんでした。

 その理由はハッキリしています。さっきから聞こえてきているマ○ケンサンバみたいな曲の音が大きすぎで、奴の声がかき消されているからです。


 あの、よく聞き取れないのですが……


 そう言おうと思いましたが、残念なことに自分は金縛りにあっていて、声を出すことができません。

 そうしている間にも、奴の話は続きます。


「▃▅▆▇▆▅▃▂▂▃▅▆▇▆▅してくれ。▃▅▆▇▆▅▃▂▂▃▅▆▇▆▅頼む」


 だ・か・ら! マツケ○サンバっぽい音楽のせいで全然聞こえないんだって!

 なんとか、自分に何か頼みがあるっぽいということまではわかったのですが、肝心の頼みというのが全くわかりません。


 ねえ、この音ってあなたが出してるんですよね? 話を聞いてほしかったら、ミュートにするかボリュームを下げるかしてくれませんか!?


 思わずツッコんでしまいましたが、それも心の中の話です。相変わらず声を出すことはできないので、奴には全く伝わりません。


 このくらいになると、いつの間にか恐怖はほとんど無くなってしまいました。

 おかしいな。心霊現象って、もっと怖いものだと思っていたのに。


 さすがは、眠りさえ忘れて踊り明かすマツケン○ンバ。どうやら怖さすらも忘れさせてくれるみたいです。


 問題は、これからどうするか。怖くはないと言っても、いつまでも金縛りにあったままというのは嫌です。さて、どうしたものか。


 そういえば、ホラーもので金縛りにあった時は、あまりの恐怖に「うわぁーっ!」とか叫んだらその瞬間に金縛りが解けたというパターンをよく聞きます。叫ばなくても、必死になって跳ね起きたというパターンもあります。


 どうやらとにかく頑張れば金縛りは解けるようです。要は気合いです。気合いさえあればなんとかなるのです。多分。


 そうと決まれば早速実践です。神経を集中させ、全身にソイヤと気合いを込め、一気に体を動かそうとしました。

 するとどうでしょう。これまで動かなかったはずの体が、見事に起き上がったのです。気合い、バンザイ!


 そうして起き上がったところで、そばにいた奴を見ようとします。

 しかし不思議なことに、いつの間にか奴は消えていました。また、ずっと流れていた○ツケンサンバも聞こえなくなっていました。


 まあ、これもある意味定番ですね。金縛りが解けたのにオバケ的なものだけいつまでも残っているという話はあまり聞きませんし、だいいち残られても迷惑です。

 きっと、自分が金縛りを振り切ったのを見て退散したのでしょう。


 こうして、自分の人生初の金縛りは終わりました。

 あの時そばにいた奴が何者か、自分に何を伝えようとしていたかは、未だにわかりません。もしかしたら、今もどこかをさまよっていて、同じように誰かを金縛りにかけているのかもしれません。


 ただ一つ言いたい。

 話を聞いてほしいなら、マツケンサン○の音量は下げておけ!

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やたらうるさい金縛り 無月兄 @tukuyomimutuki

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