たった今削除
👻👻👻
――何、これ。
続きはまた、今日二人で相談しよう、と話していたというのに。
物凄く怖いわけでは、無い。
のに、独特な気味の悪さがある。つい、洗濯竿を確認してしまいたくなるような。
――一体、誰が、何のために?
「あ、もしもし? ゆいちん?」
と、いきなり傍らから声がした。
「あ、まいちん?」
「うん……」
心なしか、相手は見えない何かに怯えているような声色に聞こえた。
「寝てたの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
少し胸糞悪かったが、私は努めて明るい声で言った。
「ところでさぁ、なんか、すんごいホラーなことがあってさ」
「……うん」
「今日さ、小説開いたら、タイトルが変更されてて、しかも続きまで書かれてたの。ねえ、めちゃくちゃ怖くない?」
「あ、それ……」
まいちんは、バツの悪い顔をして言った。
「実は私」
「……え? まいちんが?」
――あの子、小説なんて書けないんじゃなかったっけ?
「うん……そうなの」
「え、何、いや、良いんだけど別に、どうしたの?」
憤りや驚きを通り越して、私の頭は酔っぱらったみたいにクルクルと混乱していた。
「ちょっと、LINEのメッセージ、気にならなかった?」
「え、何が?」
私はすぐに、パソコンからまいちんとのトーク画面を出した。
「……あ、えっと……」
彼女は昨日の夜九時頃に何かを私に訴えようとしていた。
『まいまいがメッセージの送信を取り消しました』
『まいまいがメッセージの送信を取り消しました』
『まいまいがメッセージの送信を取り消しました』
『まいまいがメッセージの送信を取り消しました』
『まいまいがメッセージの送信を取り消しました』
『まいまいがメッセージの送信を取り消しました』
『まいまいがメッセージの送信を取り消しました』
『まいまいがメッセージの送信を取り消しました』
『まいまいがメッセージの送信を取り消しました』
『まいまいがメッセージの送信を取り消しました』
『まいまいがメッセージの送信を取り消しました』
『まいまいがメッセージの送信を取り消しました』
『まいまいがメッセージの送信を取り消しました』
「え、何……どうしたの? 何かあった?」
「実はさ……昨日」
彼女はグスリ、と涙ぐんだ。
「夏祭りのお化け屋敷に、彼氏と行ったの」
「……うん」
「小説の取材的なことも、兼ねて。で、ちょっと、自分の興味というか、出来心というか、そんなので……」
テレビ電話に映る私の目が、ガッと見開かれた。
「もしかしてもしかして、ひょっとしてまさか、着てったの?」
「……うん」
彼女は一連の出来事を赤裸々に明かした。
テーマパークに行ったときに、二人で買ったお揃いの、ガイコツがデザインされたTシャツを、夏祭りに着ていったこと。
気づけば、暗くて一切何も見えず、どちらが前で上で後ろで下なのかも分からないような空間に放り出されたこと。
そこで座り込んでいると、いきなりべちゃべちゃした、腐った粥のようなものが覆いかぶさってきて、逃げ出すと、露店の前に気付けばいたこと。
そして、お化け屋敷の存在を忘れた彼氏に別れを切り出されてしまったこと。
帰った時から、いくらかの衣類が無くなり、べちゃべちゃしたものの痕跡がベランダに残っていたこと。
「で、なんか、突発的に続き、書いちゃって……」
私は、言葉を発することが出来なかった。
「そういうわけ。なんか色々あって、もうなんか、無理……無理だよ、疲れちゃった……」
彼女は不規則な荒い呼吸を繰り返して、顔を手で覆い隠していた。
「ごめん、ちょっと、今日はダメだ」
「えっ」
電話を切られてしまった。
三日経って、私はまいちんに何のメッセージも送れずにいた。
――大丈夫かな、病んでいないかな。
そう思いつつも、私じゃどうにもならないような気がした。それ以上に、その「べとべと」の正体がどこか恐ろしいこともあった。
――そもそも、まいちんはどうやって、私のワープロソフトに共同編集者として入ることが出来たんだろう。
その時、ピコピコピコピコと、急にスマホが慌ただしく鳴り出した。
『助けて』
『窓になんか張り付いてる』
『気持ち悪いよ』
『なんか、人のゲロみたいなやつ』
『私の福とかどんどん飲み込んでってる』
『今すぐこっち来て、助けて』
『まdの間からなんかぬちゃぬちゃいいながら入ってきた』
『あしがうごかない』
『ダメ、とんdんこちはいってきてる』
『おnがい、タスケテ』
私は、電源を入れっぱなしにしていたパソコンを取り出し、ワープロソフトを開いた。
『「べとべと」はたった今削除されました。ゴミ箱から、一カ月以内に復元することが可能です』
(終)
たった今更新 DITinoue(上楽竜文) @ditinoue555
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます