銀杏牢
夜灯見灯夜
銀杏の牢
葉の無い銀杏の枝を辿りながら、公園で煙草を吸う。
美しい樹形だ、柔らかな色に包まれていた針の山みたいな本音。
飾らないものが美しいと思う。
空に向けられた針の筵はまるで樹上の牢獄だ。
清掃員の老人が訝し気な目つきで僕を偶に見る。
煙草を吸う位、いいじゃないか。
公園の外にボールを持った子供達が立ち止まっている。
僕はさして強面ではないけれど どうやら子供達は知らない大人が怖いらしい。
僕もかつて子供だった事はあるから、わからないわけではない。
もう、此処は僕の居場所ではないんだ。
半分まで吸った煙草を灰皿に押し込んで僕は公園を後にする。
子供達は公園で球遊びを始める。
キャッチボールかサッカーなのか、名前の無い遊戯。
子供にも色々といて僕はどちらかというと大人しい子供だった。
ブランコで遠くに靴を飛ばす事や、エアガンの打ち合いで勝つ事より
エアガンの仕組みや、シロツメクサとクローバーは同じ植物だ
という知識の方が僕には重要だった。
木登りよりも、木の上から見る眺めが好きだった
公園でスケッチをする事は、他の腕白な子供達の眼が憚られて
ついにする事はなかった。
退屈な時間に、記憶を頼りに描いたりしていた。
今では絵を描くこともしなくなった。
思えば、僕は幼い時から人を気にしてばかりだ。
僕は公園を出て暫く歩く。
昼間は殆ど人影が無くて、 自分だけ取り残されたような感覚になってしまう。
皆何処に行ってしまったのだろう。
歩いていると近所の老人と会ったので挨拶をする。
視線が合うが挨拶は帰ってこない。
会釈をしたように見えたが荷車を押しながら地面を見ていただけだったのだ。
僕はシャッターの多い商店街を歩く。馴染だった店もシャッターを下ろしている。
其れは何処か壮観ですらある。墓地と似ていると思った。
商店街を抜けると刈り終わった田で、枯れ木やゴミ等を燃やす農夫がいた。
違法だがあまり気にもしていない。
錆びたドラム缶と黒煙、燃えないゴミが燃えている。
美しい草花も、ごみくずも。一切の区別なく大地を巡る。
僕は路肩からそれを眺める。
吸い終わった煙草を路上に投げ捨てる。水たまりの中で燻る煙草。
田園の脇でゆらめくコスモス。此処では草花だけが風景に彩りを添える。
日の翳りが花の色を曖昧にしていた。
田畑を潰して作られた郊外のショッピングモール。
広い駐車場に車がまばらに駐車してある。
買いだめした食品を運ぶ老婆。
それはとても重そうで、僕は手伝おうかと考えるが、躊躇する。
歩きながら煙草を吸っていると、中年の警官に声をかけられ、職務質問を受ける。 僕は会社を解雇されて無職であることを告げる。荷物検査を受ける。
荷物は携帯と、煙草、ライター。安っぽい財布。
警官は説教臭い問答を繰り返し此処は喫煙禁止であると言う。
他に何をするって言うんだ。警官だってきっと、職質位しかする事がない。
警官が去り、再び公園のブランコに腰掛けて只呆けていると
後ろから清掃員の老人に声をかけられる。
僕はまたかと思って深いため息をつく。
「ずっと、掃除していたんですね」
「ほかにすることがないんだよ」
僕は頷きながら煙草に火を点ける。
ほかにすることがないから。
「一本、いいかね?」
「たばこ、吸うんですか...?」
「たまにはね、最近はお廻りがうるさくて仕方ない」
「どうぞ、安煙草ですけれども。」
「僕の吸ってたのはもっと安いよ」
僕は老人に煙草を渡し火を点ける。
もう公園に子供たちはいない。
夕方五時のサイレンはとっくに鳴っていた。
「毎日、掃除しているんですか?」
「ああ、そうさ」
「どうしてまた」
「毎日葉っぱが落ちるから仕方がないな」
「放っておいてもそのうち風が運んでくれますよ」
「しっているよ」
「なら、どうしてまた?」
「ああ、なぜだろうか。」
翌日もまた昼過ぎに起きて公園をうろつく。
清掃員の姿はなかった。
僕はなんとなく足で葉っぱをかき集めてみる。
銀杏の咽せ返るような香りと、腐葉土の匂い。
煙草は少し乾燥していて昨日よりやや辛い。
かつて僕らを包んだ黄金色は今や牢獄の貌を呈している。
銀杏牢 夜灯見灯夜 @8103TY
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます