台風を喜ぶ男
だからこそ、私はとにかく自分のテリトリーを守るだけで手一杯だ。
災害? 自分に影響がなければ、他がどうなろうとどうでもいい。
ここまで利己的になったというよりかは、利己的にならざるを得ないほどに、農家農業の現状が厳しいのだ。
農家を助けるための法整備が、遅々として進んでないからだ。
以前、農機メーカーの人に、「全自動のトラクターとかはできないのか?」と問いかけた事があった。
答えは、無理、である。
なぜか、と更に問いかけると、納得の憤りの言葉が返って来た。
「全自動の車両を公道が走るような法整備が成されていない」
当然と言えば当然だ。
GPS、AIの発達により、自動運転の精度も上がって来ている。
しかし、法律が追い付いていないがための、足踏みという状況だ。
もし、トラクターでの耕運や、あるいはドローンによる農薬散布が完全自動化されれば、それだけでかなりの省力化ができる。
農村におけるマンパワーの不足も補いうるのだが、法律の壁がそれを阻む。
さっさとやれと言いたいが、議員先生は動かない。
農村の実情を知らない“都会の議員”ばかりになった弊害である。
自分が都会から田舎に移り住むようになり、“一票の格差”がどれほど空虚なものかを思い知っているのが現状だ。
“一票の格差”よりも、“中央への影響力の格差”の方が深刻ではなかろうか。
結局のところ、田舎にちゃんとリソース配分ができるような、大局的に物事を見れる議員が減ってきているためかもしれない。
地方からの食料に依存していながら、その地方への認識が甘々な都会の人間。
かく言う自分も、かつてはその都会の人間だった。
今は地方に行って地方の実情を知り、開き直っているところだ。
「他のところに気を配っている余裕はない。自分が儲ける事だけを考えろ」
この発想が染み付いてしまった。
台風の動きに一喜一憂するのも、まさにこの発想のためだ。
自分のところ以外の競合産地なんぞ、どうなっても構わない。
その方が自分の白ねぎが高値が付くんだし、である。
実に近視眼的発想だ。
今回の台風でも、おそらくは離農する人も出てくるだろう。
ビニールハウスが吹き飛ばされた。農機が修理不能な損傷を受けた。
修繕費も馬鹿にならないし、もう辞めるか、という具合に。
しかし、こちらとしてもどうしようもない。
なにしろ、自分の儲けを疎かにしては、その瞬間に農家としては潰れるのが実状なのだから。
気の毒には思いつつも、こちらもこちらで手一杯なのだ。
台風一過、という言葉がある様に、台風の前と後では大きく状況が変わって来る。
籠った空気を吹き飛ばし、爽やかな風を残す。
温まった海水も深層水と
空気の流れが変わったからこそ、今日、自分の畑に雨が降った。
梅雨明けから実に4週間近くぶりの、まともな雨を体に感じた。
直撃しない台風は、恵みをもたらす。
直撃すれば、全てを失う。
自然とは、何と理不尽な事だろうか。
しかし、澱んだ社会の空気だけは、むしろより濃縮されていくような気がしてならない。
人の心と欲望だけは、台風一過とはならないのか。
そうではないと人の善意を信じたいが、欲望に打ち勝つのは容易ではない。
私もまた、その欲望に、自己利益に陶酔する者の一人だからだ。
台風を喜ぶ男はここにいる。
“直撃しなければ”という但し書きを添えて。
~ 終 ~
台風を喜ぶ男 夢神 蒼茫 @neginegigunsou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます