ラスト これからも
「加藤さんは、今にも悪魔化寸前なほどの負の思いを抱えていたピョン。これはウサの予想になるけど、それでもずっと悪魔化しなかったのは、浄化の姫である真白と関わりがあったからなのかもしれないぴょん」
「ねえ、ウサ。なんで当たり前のように、僕らの会話に加わってくるの?」
「残念だったぴょんね、理人。そう簡単に姫と二人きりにはさせないぴょん。ウサも姫にキョーミシンシン!」
「もおおお、黙って!」
「あ、あはは……」
その放課後、わたしと瀬川くんとは、再び例の河川敷にやってきていた。
ゆっくりと、ひみつの話を落ちついてするためだったんだけど……、当たり前のように瀬川くんのポケットから出てきたウサちゃんもわたしたちの会話に加わっている。
「幸人も、真白のことを知ったら、きっとびっくりするピョン」
「うわ。……面倒なことになりそうだし、ゆき兄には知られないようにしたいなぁ」
「そういえば、瀬川くんのお兄さんも、元々は退魔師だったんですよね?」
「えっ。ゆき兄、そんなことまで黒野さんに話したの?」
「はい。あの、聞いておきたかったんですけど、瀬川くんが悪魔退治の使命に没頭しているのは、お兄さんの分まで頑張ろうって思っているからなんですか?」
名前が出たので、気にかかっていたことを、聞いてみれば。
瀬川くんは首をかしげながら、それほど深刻な感じもなくさらっと答えた。
「んーー……。まあ、それもあるけど、どっちかっていうと僕はゆき兄に証明したいって感じなのかもしれない」
「証明……? ええと、なにを?」
「ゆき兄は、『退魔師の家なんかに生まれたから幸せになれない』って言ってた。でも、僕はそうは思っていない。それはゆき兄のフォーカシング・イリュージョンだって、僕は証明したいんだよ」
「フォーカシング・イリュージョン……?」
聞いたこともない横文字に、きょとんとしてしまう。
間抜けにも首をかしげるわたしに、瀬川くんはうれしそうにパッと表情を輝かせた。
「それはねぇ……あっ! あの、また、認知バイアスの話になっちゃうんだけど……、もうしばらくお腹いっぱいだったりする?」
かと思えば、なにか思い出したのか、眉尻を下げてしゅんとしてしまう。
『いきなりあれこれオタク知識を披露しまくっても、呆れられるか、つまらなかったて思われるのが大方のオチだピョン』
もしかして、ウサちゃんの毒舌発言を地味にまだ気にしている……とか?
それなら、安心してもらなわなければ!
「お腹いっぱいなんてことないです! わたし、認知バイアスについても興味を持ちましたから!」
「そう? よかった~~~!」
無邪気な笑顔を浮かべる推し、尊いっ!! この笑顔を見られると思うだけでも、いくらでも語っていてほしいですっ。
「あのね、フォーカシングイリュージョンっていうのは、ひとがなにかを判断するときに、自分が注目している要因が持つ影響を、実際以上に重要視する傾向のことをいうんだよ。これも、ひとの認知の歪みの一種」
「ふむ……。なるほど?」
つまり、どういうことだ?
やっぱりついていけずに首をかしげていたら、瀬川くんは続けて説明してくれた。
「これについては、例え話を聞いたほうがイメージしやすいと思う。例えばだけど、別の学校に通っていたらもっと幸せになれたかもしれないとか、恋人ができないから幸せになれないとか、そーゆー風に考えてしまうこと。幸せって、よく考えたら、たった一つの要因だけで決まるものじゃないでしょ? それなのに、ひとは自分が着目している要因が全てだと思いこんで、他の重要なことを見落としがちなんだ」
「なるほど……。言われてみれば、そうかもしれないです」
「僕はね、瀬川家に生まれて、退魔師として生きることを誇りに思っている。ゆき兄の言う、退魔師の家なんかに生まれたから幸せになれないって言葉も、フォーカシングイリュージョンが生み出したものだと思っているんだ。たしかに、特別な家に生まれたことで、普通のひとはたどらない道を歩いているのは事実だよ。でも、ひととは違う風に生まれてきたからこそ出会える幸せもあると思っている」
そう晴れ晴れとした表情で宣言した瀬川くんに、またしても見惚れてしまった。
ひととは違う風に生まれてきたからこそ出会える幸せもある、か。
「僕は退魔師としての使命を全うしきったうえで、ゆき兄に『退魔師になって良かった』って言ってやるんだ。というか、今でもベツに不幸になってるなんて思ってないしね。それに、なによりも……、黒野さんと出会えた」
「瀬川くん。わたしも、同じように思えますかね?」
「えっ?」
「わたしには、ひとの黒い霧が見えます。普通になりたい、こんなおかしな能力持って生まれなきゃ良かったのにって何度も思ってきました。でも……、今の話を聞いていて思ったんです。もしかしたらそれも、フォーカシングイリュージョンだったのかもしれないって」
それは、黒い霧さえ見えなくなれば幸せになれる、という狭い思いこみだ。
でも、今は、全くそうは思っていない。
「今は、この能力を持って生まれてきた自分に感謝してます。だって、わたしがわたしだったおかげで、梨花ちゃんの大切な恋の記憶を守ることができたんですよね?」
「うん。それは、ぜったいに間違いないよ」
「瀬川くんに見つけてもらえたことにも、とっても感謝しています。ありがとう、瀬川くん」
にっこりと、自然と笑みがこぼれてくる。
口元をほころばせたら、瀬川くんはなぜか頬を赤らめてしまった。
「……かわいい」
「はい?」
「えっ? あ、いや。ええと……! あのね、黒野さん。きみはすごいひとだったってわかったわけだけど、無理をして、僕たちの使命に付き添う必要はないんだよ? やっぱり、危険に巻きこむことにはなっちゃうし」
「ありがとうございます。でも、わたしで良かったら、これからも瀬川くんの使命を隣で見届けさせてもらえませんか?」
「本当にいいの?」
「はい! 足手まといにはならないように、頑張ります!」
ぎゅっと拳をにぎる。
たしかに、悪魔退治はとっても危険だ。
命がけと言っても過言じゃない。
だけど……、この特別な能力を授かったのは、きっと逃げるためじゃないよね。
ネガティブな思いこみに囚われて苦しんでいるひとに、寄り添うためなんだと思うから。
「ありがとう。そう言ってくれるなら、きみのことは僕が絶対に守るよ。きみは、僕のお姫さまだからね」
「そ、その呼び方、やめてもらえませんか⁉ 恥ずかしいですっ!」
「ふふっ。あとさ、良かったら、そろそろタメ語を使ってくれてもいいんだよ?」
「わ、わかりました! あっ……」
推しにいきなりタメ語を使ってくれなんて言われても無理だよ~~!
「むー……残念。まぁ、これから慣れてもらえばいっか」
「ええっ⁉」
「よろしくね、黒野さん。ううん、真白」
初めての、推しからの名前呼びは、心臓が飛び出そうなほどときめいた。
わたしは顔を赤らめながら、「はい、理人くん」って心からの笑顔で返したんだ。【完】
ネガティブ悪魔退治! 久里 @mikanmomo1123
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