その14 特別な女の子
深い眠りについている梨花ちゃんを起こさないようにそっと寝かせて振り向けば、瀬川くんとウサちゃんがまじまじとわたしを見つめていた。
「あの。わたしはただ、梨花ちゃんと心の中で会話をしていただけなんですが。もしかして……、すごいことをしたんですか?」
立ちあがりながら、どうにも実感がわかずに首をかしげれば。
わたしの目の前で、瀬川くんが急に片膝をつきはじめた。
へ……⁉
「浄化の姫。やっぱりきみは、僕の運命のひとでもあったんだ。姫さま、ずっとお会いしてみたかったです」
「え? い、いやいや! そんなタイソーなことは……って、ちょっと!?」
そのまま、そっと手の甲にキスをされて……って、ななななななななっ⁉
お、推しにキスされちゃったんですが!?
手の甲に、なまめかしい感触! ドキドキしすぎて爆発しそうっ!
「え、え、えええと、エト……エト……アノ、これは、タマタマの奇跡かもしれなくてデスね」
「理人っ。姫がウサみたいな喋り方になってるピョン! なに不敬なことしてるぴょん!」
「えっ! わわっ、ごめんね⁉ 気持ちがたかぶってつい! でも、武器を使わずに悪魔化を解除しちゃうなんて、まさに伝説通りだったからっ」
「……わたし、梨花ちゃんの大事な記憶を、ちゃんと守れたんですかね?」
不安になって、さわいでいる二人に問えば。
「もちろん!」
「きっとそうだピョン! 二人がぱああっと白い光に包まれて、きれいだったピョン!」
「そっか。……こんなわたしにも、できることがあったんですね。良かったなぁ」
ホッとして、心の底から安堵の息がもれてくる。
そんなわたしを見つめる瀬川くんの瞳は、なんだか、いつになくやさしくて。
「ねえ、黒野さん。さっきの戦いの最中で、加藤さんとの過去を僕に打ち明けてくれてありがとう。きみが僕のことを信頼してくれて、本当にうれしかった」
「……い、いえ。一度は逃げてしまって、すみませんでした」
「ううん、言えなかったきみの気持ちもわかるような気がするから。あのさ……、きみは、普通の女の子になりたいってちょっと前に言っていたよね?」
そういえば。
音楽室の前で、そんな泣き言も言った気がする。
泣き顔を目撃された。思い返すと恥ずかしい。
「そういえば……。そんなこともありましたね」
「普通になりたいと言っていたきみにあらためてこんなことを言うのはどうかと思うけど、きみはやっぱり特別な女の子だった」
「……そう、みたいですね」
自分でも、自分がそんな特別な力を持った存在だってことは、いまだに信じられないけど。
起きた出来事だけを考えると、認めないというわけにもいかない。
「僕はね、誰かを助けたいって心の底から願えるやさしいきみが浄化の姫で、本当に良かったと思ってるよ」
「か、買いかぶりすぎでは?」
「ううん、能力だけの話をしてるんじゃないよ。普通じゃないことにずっと苦しんできただろうに、それでも、ひとを想うやさしさを忘れないでいてくれてありがとう。きみが、きみでいてくれて、良かったよ」
瞳から、じわりと涙があふれてきた。
心に染みついていた呪いが、彼の光そのもののような言葉で剥がれおちていく。
そっか。
わたしはずっと、ひととは違う自分が嫌いで、自信が持てていなかった。
でも……瀬川くんは、そんなわたしだから良いと、そう言ってくれるんだね。
胸が、あたたかくやさしい気持ちでいっぱいに満たされる。
「僕は……、そんなきみのことが……」
「良いフンイキのところ悪いけど、そろそろ結界の効力がもたない上に、悪魔化していた女の子も目を覚ましそうだぴょん! 解除するピョン!」
「う、うわっ! わかったよっ」
ウサちゃんが叫んだ瞬間。
まばゆい光が辺り一面を照らして、気がつけば、フードコートに元通りの喧騒が戻ってきた。
ひとも、机と椅子も、ぜーんぶ元通り。
どんなマジックショーよりもすごいんだよなぁ。二回目だけど、何度見てもぜんぜん慣れる気がしない。
「んん……。あ、れ? なんだか長い間、夢を見ていたような……」
首をかしげるさゆちゃんの腕を、梨花ちゃんがぐいぐいと引っぱった。
「さゆ。二人のデートの邪魔をしすぎないように、もう行くよ」
「えーっ⁉ もっと話、聞きたいじゃんー」
「ベツに。それに……さゆとあたしも、一応、デート中でしょ?」
あっ。
思わぬ梨花ちゃんの返しに目をぱちくりとさせたさゆちゃんはといえば――
「ふふっ。そーだよねー! じゃ、真白ちゃんたちまたね~~」
――恥ずかしそうに顔をそむけてしまった梨花ちゃんの腕に抱きつきかえして、満面の笑みで去っていったのだった。
去っていく梨花ちゃんの背中からは、もう黒い霧が出ていない。
「はぁ……。どうなることかと思ったけど、なんとかなって良かったぁ」
「姫の力添えがなかったら、危うく、悪魔に負けそうだったピョン。理人はまだまだ修行が足りないピョンね」
「……悔しいけど言い返せないなぁ」
「そ、そんなことはないです! 瀬川くんが炎に立ち向かう姿、最高にかっこよかったですし!!」
「そ、そうかな?」
「姫はやさしいピョンねー。でも、あんまり理人を甘やかさないでほしいぴょん」
「黒野さん。僕一回家に帰って、このうるさいロボットをいったん家に置いてくるね」
「な、ナニするぴょん!」
だんだん見慣れてきたしまった瀬川くんとウサちゃんの攻防に、自然と笑みが漏れてきた。
「ふふっ」
今日は、わたしの人生でも、一生忘れられない特別な一日だ。
なんといっても、このわたしが自分のことを好きかもしれないと思えた、初めての日だからね!
*
そんな、とんでもなくいろいろなことが起きた、次の登校日の朝のこと。
「おはよー。……あっ」
いつもどおり、一人静かに自分の机でボンヤリとしていたら、教室に入ってきた梨花ちゃんが真っ先にわたしの席をめがけて歩いてきた。
「えっ? 加藤さんが、自ら疫病神と関わりに?」
「あの二人、仲悪かったんじゃないの?」
ヒソヒソと囁きあう女の子たちに、梨花ちゃんは堂々とした態度で言ってのける。
「それ、ぜんぶ撤回させて。真白は悪くない。疫病神の噂を広めたのも、完全にあたしの八つ当たりだから」
わたし含めみんながポカンとしていたら、梨花ちゃんは、わたしに向きなおって思いっきり頭を下げた。
「真白。その……疫病神だなんてひどいことを言いつづけてきて、ほんとにごめん! ぜんっっぶあたしが悪かった!! みんなにも、そう弁解して回るから」
梨花ちゃん……。
誠実に頭を下げてくれている姿に胸を打たれて。
朝から、また泣いてしまいそうだ。
「あやまっても、真白を傷つけた事実は変わらない。……あやまったから、ゆるしてほしいなんて、あたしは言いたくない。ゆるさないで良い。でも、ちゃんと伝えたかったから」
言うだけいって、足早に立ち去ろうとした梨花ちゃんの腕を、とっさにつかんだ。
「ねえ、梨花ちゃん」
「……なに?」
梨花ちゃんと話したいことは、まだまだたくさんある。
いつか、あんな状態じゃない普通のときに、梨花ちゃん本人の口からさゆちゃんとの話を聞かせてもらえたら良いなぁとも。
だけどわたしは、あえて、この話題を選ぶんだ。
「『花姫戦争』って、まだ読んでる? 最近、最新刊が出たよね。読んでたら、また梨花ちゃんと語りたいなぁって思ったんだけど」
わたしの返事があまりにも予想外だったのか、梨花ちゃんはきょとんとして固まったあと、思いっきり笑った。
「あははっ! 真白って、お人よしすぎ。心配になるよ」
「えっ、そう?」
「うん、それも相当のね。最新刊、実は、今日買って読む予定だったの。あの……、良かったら、明日感想を語りにきてもいい?」
夢みたいだ。
「もちろん!」
またこうして、梨花ちゃんと笑顔で、マンガの話を語れそうだなんて!
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