死なないよね?

十坂真黑

第1話

 私の母は自称『三回、命を救われたことがある』と言います。


 一つ目は母が二歳か三歳くらいの頃。

 親類の家を訪れていたようで、そこは見渡す限り田んぼの田舎町だったそうです。

 その家のトイレは家屋から離れたところにあって、所謂ボットン便所だったそうです。

 私は実物を見たことがないのでイメージがわかないのですが、便所内にけっこう大きな穴が開いていて、そこに用を足すのだそう。子供だと落ちてしまう可能性があるくらい、大きい穴らしいです。

 その便所に一人で入った母は、穴に落ちてしまいました。

 その時の状況は、母曰く「穴の中の壁に手と足をかけて、かろうじて持ちこたえていた」とのこと。

 初め訊いた時、そんなSASUKEみたいなことできるの!? と半信半疑だったのですが……とにかく『地獄の底へ続くような穴に、あわや落下』という状況です。

 絶対嫌ですよね。落ちたら底に何があるのか、子供でも分かります。

 しかも一人です。下手したらそのまま発見されない、なんてことも……。

 

 しかしその直後、知らないおじさんが通りがかって、母を助け出してくれたそうです。 

 物心つくかどうかも微妙な年齢なのですが、この出来事は覚えているのだそう。


 初めてその話を聞いた時、「そんな怖いトイレがあるんだ……」と別の意味で怖くなりました。


 二つ目は母が二十歳前後の時。

 友人と海へ行った際、夢中で泳いでいるうちにどんどん沖に流されてしまったそうです。

 気付いた時には陸は遥か遠く。母と友人はパニックになりながら大声で叫びますが、陸はあまりにも遠く、声は届きません。

 そこへ、偶然岩場で釣りをしていた若者に救い出されました。


 助けてくれた人も母たちも、お互い「なんでこんなところに人が?」という反応だったようです。


 この二つは運がよかったね、で済む話なのですが最後の一つはちょっと毛色が違います。


 それは数年前の出来事。

 ある朝目覚めてくると、次男(私の兄です)がこんなことを言うのだそうです。


「お母さんは死なないよね?」


 しかもにこにこしながら。

 なんだか不気味ですよね。

 小さな子供が言うなら分かるものの、当時兄は成人を超えてます。

 ちょっと幼稚すぎる発言というか……。

 でもまあ、その時はあまり気にしなかったようです。

 しかし翌日、また翌日と朝起きるなり「お母さんは死なないよね?」

 連日になるとさすがに不気味に思えてきます。

 さらに霊感のある知人から病院に行くよう勧められ、母は健診に行くことにしました。


 初期の癌だったそうです。


 幸い発見が早かったこともあり、今では治療を終えて元気に過ごしています。


 後日談として、病気の発見に一役買った兄ですが、この出来事は全く覚えていないそうです。

 あの時兄は、何か人智を超えた存在に言わされていたのかなあ、と私は思っています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死なないよね? 十坂真黑 @marakon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ