第4話 泣いた分だけ甘いもの
「はぁ?付き合ってる女がいたぁ?」
屋上に続く人がいない階段に移動して、羽川にさっきあった出来事を投げやりに話した。
「それ本当なの?」
「私だって目を疑ったけど、良とその子キスしてたのよ!?バッチリ!この目で!私は見たの!唇同士がくっついてるのを!」
「ちょっと、近い近い近いっ」
「良は、今まで見たことない顔してたし、女子はうっとりした顔だったし!」
「おうおう、そっかそっか」
「他人事みたいな態度してるけど、羽川にも責任あるからね!?期待させるようなこと言っといて責任ないなんて言わせないから!」
「うわぁ、めんどくさぁ…」
「めんどくさくないもん!」
「もんって…」
子供の癇癪みたいな怒り方の私に羽川は昨日と同じように戸惑っていた。周りに人がいないことや、この状態を見られたのが二度目であることが私に我慢をしない理由を与えてくれた。
こうなったらとことん愚痴に付き合ってもらうつもりでいたら私のスマホが鳴った。電話がかかってきており、スマホに表示された名前は良だった。今、一番会いたくない相手だ。
唇を引き結んで、深呼吸をひとつ。
意を決して電話に出る。
「もしもし…」
『もしもし、絢香?お前どこにいるんだ?俺はいつまで待ってればいい?』
「ごめん、ちょっと、用事ができて行けなくなっちゃって…」
『そうなのか?なら、しかたないな』
嫌味がない、さっぱりした言い方だった。
良はいい人だから、電話の向こうできっと笑っているのだろう。此方に負いめを感じさせないような声のトーンや話し方で、会話が進む。最後に「またな」「またね」と言い合って電話を切った。
電話を切ってから数秒後、深い、深いため息をこぼす。
「…また泣く?」
「泣かないし。泣いてなんかなかったし」
「強情だねぇ。ほんと可愛げのない女」
「…悪かったわねぇ。可愛げがなくて」
可愛げがないのは百も承知だ。中学の頃、陰で同級生の男子たちが私のことを『顔はいいけど、少し近寄り難い』だとか『顔は可愛いけど、守ってあげたくなるような可愛さじゃない』だとか、好き勝手言っていたのを聞いた。
だって、ある程度のことは人の手を借りなくても自分一人で、できてしまうのだから、しかたないじゃないか。他人に迷惑をかけていないのだからいいじゃないか。
だけど今になって思う。
男子は、というより良は、守ってあげたくなるような、可愛げのある女子の方が好きだったんじゃないか、と。
「へー、意外。そんなこと言うんだ。いつもだったら突っかかってくるのに」
だって良とキスをしていたあの子は可愛い子だった。守ってあげたくなるような、ふわふわした雰囲気を纏った子だったから。
私には到底出せない雰囲気を纏っていたから。
良のタイプはああ言う雰囲気を纏った子なんだとわかって、私には無理だと思った。
私は良のタイプではないとわかってしまった。
黙りこくっていると羽川が片手で自分の頭を無造作にかいて、ため息をこぼした。
「…あー、なんていうか」
「…何よ」
「まあ、うん。あんたは可愛げないけど、わたしが今まで出会った女の中で一番可愛い、とは思う」
「はあ?」
眉を寄せて、羽川らしくない言葉に懐疑の目を向ける。羽川が私を褒めるなんて、今日は雨が降るんじゃないだろうか。
「急に何。頭でも打った?」
「傷心中の女子を慰めようと思って」
「慰めなんていらないし」
「昨日はもっと優しくしろだとか言ってたくせに…」
「本気で思ってもないようなこと言わないでよね。だいたい…」
「え、思ってるけど」
「え」
羽川の顔を見る。羽川は照れてもいないし、平然としていた。当たり前のことを当たり前のように言っている。そんな感じだった。
数秒固まった後、一気に顔に熱が集まった。
「お、照れてる」
「照れてない!」
意外な言葉を意外な人から言われたから驚いただけだ。
私の反応が面白かったのか、羽川の口元には嫌らしい笑みが浮かんでいた。
「うん、やっぱり顔は今まで出会ってきた女の中で一番可愛い 。髪はサラサラだし、肌も綺麗だし、目はバッチリ二重で、鼻筋整ってて綺麗」
「うっ…」
「あんたと関わったことがない奴らはあんたのこと完璧なお嬢様か何かだと思ってるけど、全然そんなことないし、割とドジだし、ポンコツだし」
「な、何よ。貶してるの?」
「まっさかぁ。褒めてんの。ちょっとくらい隙がある方が絡みやすいじゃん。それにギャップがあっていいと思うよ。ただ…」
そこで言葉を止められる。続きが気になって羽川に顔を向けた。
「恋愛に対して悠長に構えすぎ。奥手すぎ。自意識過剰すぎ」
「ぐふっ」
「早い者勝ちなのにトロトロしてたらそりゃ他の奴に取られるでしょ」
「うっ」
「寧ろ今までよく取られなかったね。あいつ、昔から人気あったのに」
「そ、それはほら。私が許嫁だったから…」
「書類も通してない、親同士の口約束だけの関係ね。そんな口約束でよく自信持てたね」
「うぐっ」
羽川の言葉が矢となって心臓を貫く。なまじ全て事実なのが痛い。
許嫁だから大丈夫、と心のどこかで思ってしまっていた。それに良も私と同じように私のことを想ってくれているとさえ考えていた。
「で、これからどうすんの」
「え?」
「あいつを奪い返す?それともきっぱり諦める?」
良を、諦める。
そんなこと考えたことなかった。でも、良が誰かと付き合っているなら、今はそれも選択肢の一つだ。
だけど…。
「諦めるのは…むり、かも……」
「それじゃあ、奪い返す?」
「そ、それはダメでしょ…そんな最低なこと…」
「別にいいんじゃない?まあ、奪い返せるような男なんて、わたしならいらないけど」
「良はそんな男じゃないし!」
「じゃあ、どうすんの?」
諦めるのは無理。
でも、奪い返すなんてそんなことできないし、そもそも良は付き合ってる人がいるのに迫られたからって他の人になびいたりする人じゃない。
というかそんな人だと私は思いたくない。
「……現状維持」
「つっまんないなぁ」
「うっさい…」
「でも、あんたらしいね」
羽川は立ち上がり、伸びをし、私が着ているパーカーを指さした。
「それとハンカチ、貸したげる。洗って返してね。そんじゃ、わたしは教室戻るわ」
「え、あ、ちょっと待って…!」
咄嗟に呼び止めてしまう。
羽川は私の言葉通り足を止めてくれた。しかし、特に用もなく呼び止めてしまったので次の言葉が咄嗟に出てこない。思考をフル回転して、何か言わないと、と焦る。
「き、今日…放課後っ…あいてたり、する…?」
「放課後?んー、別に特に予定はなかったと思うけど」
「なら、私に付き合って」
「付き合ってって…どこに?」
「…カラオケ」
「カラオケぇ?わたしとあんたが?二人で?」
訝しげに首を傾げながらの羽川の言葉に私も心の中で同意する。小中高と一緒だった羽川とは一度もカラオケなんて行ったことないし、なんなら放課後に遊びに行くことさえなかった。そういう関係を築いてこなかったからだ。
「…別にいいけど」
「え、ほんと?」
「何、嫌なの?あんたが誘ってきたんでしょ」
「いや、羽川が私の誘いにのってくれると思わなくて…」
「別に、面白そうだったらわたしは、誰の誘いでも行くけど。傷心中のあんたがどんな曲歌うのか興味あるしね」
余計な一言に頬をひきつらせる。
「はい、これあげる」
「えっ」
羽川が何かを投げてきて、私は慌ててそれをキャッチする。羽川が投げたのはマスカット味の飴だった。
「弱ってるときには甘いものが一番だから泣いた分だけ糖分とりなよ。あと、目冷やした方がいいよ。その顔で教室戻るのはおすすめしない。そんじゃ、また放課後にね」
言いたいことを言い終えると、羽川は軽やかに階段を降りていった。残された私は羽川から貰った飴を口に放り込み、口内でころがす。
「…ちょっと酸っぱい」
嫌いだった人に好きになってもらいたい 春内 @hanava098
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